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演算の魔女は祈らない 〜The Witch of Calculus Never Prays〜  作者: N


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幕間 砂になったもの

——王立魔法協会 特別研究棟 実験室 深夜


百四十八本目の結晶を棚に加えた夜から、三ヶ月が経った。


実験室に窓はない。


設計台の上に、今夜の術式が広がっていた。

収束紋ではない。

別の術式だ。

三ヶ月間、誰にも見せなかった術式。


土属性変換式——逆転バージョンだ。


土属性を体内から切り離す。

空いた座に、無属性の適性を生成させる。

理論は完成していた。

検証は——今夜だ。


これで届く。

根源律に。

自分で。


ルナに頼む必要はなくなる。

ルナが何者かに守られていても関係ない。

自分が無属性になれば——全て自分でできる。


クロイツは右手を設計台に置いた。


術式を展開した。


◆ ◆ ◆


最初は、何も起きなかった。


三秒。

五秒。


それから——右腕に、感覚がなくなった。


見た。


右腕が——白くなっていた。

指先から。

白く、乾いた色に。


——砂だ。


計算が止まった。


初めて、クロイツの計算が完全に止まった。


指先から手首へ。

手首から肘へ。

砂が広がっていく。

静かに。

音もなく。


止めろ——


術式を解除しようとした。

でも手がない。

右手が砂になっていた。

術式の解除機構が——消えていた。


右肘まで砂になった瞬間、術式が自壊した。


◆ ◆ ◆


床に砂が落ちた。


かつて右腕だったものが、白い粉になって設計台の周りに広がった。


それから右足だと気づくまで、一秒かかった。


右足も——同じことが起きていた。

膝から下が砂になっていた。


クロイツは倒れた。


設計台に左腕で摑まりながら、床に落ちた。

右腕がないから、受け身が取れない。

床が冷たかった。


——失敗した。


計算ではなく、事実として、そう思った。


砂が白く広がっていた。

実験室の床に。


兄は今夜、何をしているか。


あの問いが、また浮かんだ。


今度も、答えは出なかった。


◆ ◆ ◆


——魔法協会 特別研究棟 一週間後


魔核の調達には、六日かかった。


グラスヴェン辺境王国の国境付近で捕獲された魔人から取り出したものだ。

経路は聞かなかった。

届いた。

それだけでよかった。


移植は自分で行った。


左腕だけで、魔核の術式を組んだ。

右腕の義肢の設計も、右足の補助機構の設計も、全て左腕だけでやった。


魔核は——想像より馴染んだ。


闇属性の魔力が右腕から流れてくる感覚があった。

人間の魔力回路とは違う流れ方だ。

でも機能する。

指が動く。

握れる。


右足も同じだった。

歩ける。


——問題ない。


そう判断した。


◆ ◆ ◆


鏡を、初めて見た。


設計台の前にある小さな鏡だ。

自分の顔を確認するためではなく、術式の精度を測るためだけに置いてあった。


映っていた。


白髪混じりの整えられた髪。

深緑の礼装。

右腕——魔核から生成された暗紫色の魔力が、かすかに滲んでいる。

右足——同じだ。


左腕は変わっていない。

人間の腕のままだ。


——半分は人間だ。

まだ。


そう思った後に——その考えが意味をなさないと気づいた。


人間か魔族かは、関係ない。

完成させることが先だ。


◆ ◆ ◆


設計台に戻った。


百四十九本目の結晶を棚に加えた。


今夜の実験記録を書いた。

失敗の原因。

術式の欠陥。

次のアプローチ。


ペンが動いた。

左手で。

不便だったが、動いた。


「属性変換アプローチ:失敗。土属性と結合した部位が砂化した。身体に属性が刻まれている証明。別のアプローチが必要。」


次のページに書いた。


「グラウ・ルナ。根源律変換式。彼女は——どうやって届いたのか。」


そこで止まった。


三度の接触を試みた。

拒否された。

研究室への誘導も失敗した。


——私が足りないのではない。

方法が足りないのだ。


でも——右腕と右足が砂になった夜から、その確信が少し揺らいでいた。


なぜ十歳の子どもが、私より先にいるのか。


答えを出そうとした。

計算した。


「別のアプローチで考えたから」——彼女はそう言った。

廊下で。


別のアプローチ。


二十三年間、クロイツは同じ方向から掘り続けた。

百四十九本の結晶。

右腕と右足。

全部、同じ方向から。


——別の方向が、あるのか。


その問いが、珍しく、すぐには消えなかった。


◆ ◆ ◆


ランプを消した。


暗闇の中で少し立っていた。

右腕の魔核が、かすかに闇色に光っていた。


兄は今夜、何をしているか。


三度目の問いだった。


今度は——少しだけ、違う感情が混じっていた気がした。


でも、それが何か、クロイツには分からなかった。


扉を開けて、廊下へ出た。

石畳に足音が響いた。


右足の魔核が、闇色に光りながら、歩いた。


百四十九本の未完成の術式が、暗い棚の上で静かに並んでいた。

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