第三十話 灰色の糸を辿る者
——魔法学院 屋上 放課後
最初に気づいたのは、根源律変換式を起動した時だった。
世界の底に接続する。
細く糸を引く。
その瞬間——何かが、こちらを向いた。
遠い。
学院の外だ。
でも確実に、向いていた。
術式を閉じた。
——三度目だ。
以前屋上で感じた干渉とは違う。
あの時は王都の方角からだった。
今回は——学院の周囲、複数の方向から。
——包囲、ではない。
でも配置されている。
ノートを開いた。
「根源律接続時に外部からの感知を三度確認。学院周囲・複数方向。王都方面の干渉とは異なるパターン。組織的な配置に近い。」
◆ ◆ ◆
屋上から学院の周辺を観察した。
目に見えるものはない。
でも——魔力の流れが、微かに読める。
訓練された術者が、感知を抑制している。
素人ではない。
でも意図的に隠れている——完全に隠す気がない。
存在を知らせながら、姿を見せない。
——これは威圧ではない。
存在の通知だ。
「ここにいる」と知らせている。
でも害意はない。
少なくとも、今のところは。
「魔力感知を抑制した複数の術者が学院周囲に配置。威圧的な意図なし。存在を通知する形の配置——護衛か監視かは判断できない。」
◆ ◆ ◆
次の問いを計算した。
誰が配置したか。
クロイツではない。
あの男の魔力の流れとは質が違う。
クロイツは接触してくる。
この配置は——静かに待っている。
では——
後見人だ。
根拠は三つ。
第一に、感知の抑制が非常に洗練されている——高度な訓練を受けた組織の動きだ。
第二に、害意がない——敵対的な組織なら、もっと隠すか、もっと圧力をかける。
第三に——
私の根源律接続に反応した。
根源律に接続できる者を感知できるのは——闇属性の深層感知か、根源律そのものに近い場所にいる者だ。
私の後見人である正教会は、根源律を「神の力」と呼んでいる。
その感知能力を持つ組織が存在しても、理に適っている。
「推定:正教会の関係者。根源律接続への反応から判断。配置は最近——ここ数日以内。何かのきっかけで動いた。」
◆ ◆ ◆
何のきっかけか。
計算した。
公証申請が何らかの波紋を起こした可能性がある。
あるいは——
セラフィアへの報告が届いた可能性がある。
クロイツとの接触記録。
エルミラ・カルヴァーンの留学——隣国の第一王女が魔法学院に来た。
この二つが重なった時、正教会が動く判断をしたとしても不自然ではない。
「騎士団配置のトリガー(仮説):公証申請が協会内に波紋を起こした。エルミラ・カルヴァーンの留学——隣国の王女の動向。クロイツとの接触記録が正教会に届いた。いずれかまたは複数。」
◆ ◆ ◆
次の問いを計算した。
私はどう対応するか。
逃げる必要はない。
害意がないなら、今すぐ動く必要もない。
でも——
後見人が私の周囲を囲んでいる。
その事実を、どう受け取るべきか。
正教会は私の後見人だ。
育ててくれた組織だ。
感謝している。
でも——感謝は、囲まれることへの同意ではない。
——正確な意図を確認する必要がある。
今はまだ、手段がない。
直接セラフィアに問い合わせる経路もない。
根源律変換式を、もう一度だけ起動した。
細く。
最小限に。
接続の端だけを出す。
向こうが反応した。
複数の方向から。
でも近づいてこない。
私は接続を閉じた。
——確認完了。
彼らは根源律接続を感知できる。
でも強制的に止めようとはしない。
現時点では観察のみだ。
「正教会関係者の行動方針:根源律接続を感知するが介入しない。観察のみ。」
◆ ◆ ◆
ノートを閉じた。
屋上に夕暮れの風が吹いた。
——後見人が動いた。
私の周囲に、何者かを配置した。
それは——守護か。
監視か。
今はまだ、どちらとも判断できない。
でも——一つだけ、確かなことがある。
私を中心に、複数の力が動き始めている。
感情は動かなかった。
でも、ノートに最後の一行を書いた。
「変数が増えた。計算し直す必要がある。」
それだけ書いて、屋上を後にした。
夕暮れの光の中、灰色の瞳が静かに前を向いていた。




