第二十九話 二枚目の記録
——王都 王立魔法協会 公証受付窓口 午後
馬車が王都に入った時、空は曇っていた。
前回と同じ馬車だ。
エルヴィンの父の商会の馬車。
窓から王都の石畳が見えた。
前回と同じ景色。
でも——前回は二人だった。
今日は三人だ。
「緊張しているか。」
エルヴィンがセインに聞いた。
「してない。」
セインが窓の外を見たまま言った。
「……そうか。」
短い沈黙。
「少しだけ。」
セインが付け加えた。
エルヴィンが何も言わなかった。
でも少し、表情が緩んだ。
◆ ◆ ◆
協会本部の東側、公証受付窓口。
一般市民向けの入口だ。
以前と同じ場所。
受付には三つの窓口があった。
今日は全部埋まっていた。
順番を待った。
二番窓口が空いた。
担当者を見た。
以前とは別の人物だった。
三十代の女性。
書類を手際よく整理している。
三人で窓口に向かった。
「公証の申請をしたい。」
私は言った。
担当者が顔を上げた。
三人を見た。
子ども三人という組み合わせに、わずかに眉が動いた。
「申請者はどちらですか。」
「私です。グラウ・ルナ。魔法学院一年。」
「……グラウ・ルナ。」
担当者がノートに視線を落とした。
何かを確認した。
顔を上げた時、表情が変わっていた。
名前を確認した。
以前の申請者として記録されている。
◆ ◆ ◆
「以前の申請者ですね。」
担当者が言った。
「そうです。」
「今回は——どのような申請ですか。」
「以前の公証と連結する形で、新たな証拠書類の公証を申請したい。」
「内容は。」
「王立魔法協会特別研究部門から特定の個人に送付された書状の原本です。申請者の身元保護のため、書状の提供者名は記載しません。書状の内容と日付、および差出人の署名を公証記録として残したい。」
担当者がペンを持った。
「書状を。」
セインが——ゆっくりと、書状を差し出した。
◆ ◆ ◆
担当者が書状を読んだ。
静かだった。
窓口の周囲の音だけが聞こえた。
別の窓口での会話。
紙をめくる音。
担当者が最後の行まで読んだ。
クロイツの署名を見た。
少し間があった。
「……特別研究部門の主任名義ですね。」
「そうです。」
「以前の申請も、同じ部門に関連する内容でしたね。」
「そうです。一連の記録として残してほしい。」
担当者が私を見た。
先ほどとは違う目だった。
担当者として見るのではなく——何かを計算している目だった。
十歳の学生が、二度目の申請を持ってきた。
内容が一貫している。
「保証人の署名を。」
担当者が静かに言った。
エルヴィンが書類を受け取った。
署名した。
以前より、迷いが短かった。
◆ ◆ ◆
「受理しました。」
担当者が言った。
「公証番号〇〇五二です。以前の番号との連結記録として処理します。」
「ありがとうございます。」
「一つだけ。」
担当者が少し声を低くした。
「この申請は——記録として残ります。関係者が後で照会する可能性があります。それは承知の上でしょうか。」
「承知しています。それが目的の一部です。」
担当者が少し止まった。
それから、静かに頷いた。
「分かりました。以上です。」
◆ ◆ ◆
協会の建物を出た。
王都の空はまだ曇っていた。
でも少し明るくなっていた。
三人が並んで石畳の上に立った。
「終わった。」
セインが言った。
「終わった。」
私は答えた。
エルヴィンが空を見上げた。
「以前より——速かったな。」
「慣れた。」
「お前が慣れたのか、私たちが慣れたのか。」
「両方だ。」
セインが小さく笑った。
珍しい笑い方だった。
◆ ◆ ◆
馬車に向かって歩いた。
セインが歩きながら言った。
「ロイに、今日伝える。」
「そうしてくれ。」
「ロイは——番号を聞きたがると思う。」
「〇〇五二だ。伝えていい。」
「……数字があると、実感が湧くらしい。俺もそうだった。」
「以前の公証番号を見た時のことか。」
私は聞いた。
「ああ。あの数字が、協会の金庫にある。それだけで——何かが変わった気がした。」
馬車が見えた。
御者が待っていた。
「変わったのか。」
エルヴィンが聞いた。
「変わった、と思いたかった。」
セインが言った。
「でも——今日、二枚目が増えた。それは確かに変わったことだ。」
◆ ◆ ◆
馬車に乗り込んだ。
帰り道、三人とも少し黙っていた。
以前の帰り道、エルヴィンと二人で黙っていた。
今日は三人で黙っている。
沈黙の質が違う。
ノートを開いた。
「公証番号〇〇五二。受理日:本日。内容:クロイツ名義の書状原本。以前の公証との連結記録として処理。保証人:エルヴィン・アストラ。」
一行追加した。
「盾が二枚になった。担当者は内容を把握している。協会内部で別の動きが起きている可能性がある。」
もう一行。
「セインは数字で何かが変わった気がしたと言った。私は——変わったかどうか、まだ分からない。でも、手が動いている。それで十分だ。」
ノートを閉じた。
王都の石畳が、馬車の窓の外を流れていった。




