第二十八話 二枚目の盾
——魔法学院 北棟 非常階段 昼休み
「ロイが同意した。」
セインが踊り場に上がってきた瞬間に言った。
弁当を持ってきていない。
それだけで、今日の話の重さが分かった。
「書状も出してくれるか。」
私は聞いた。
「ああ。原本を持ってきている。」
セインがノートから一枚の紙を取り出した。慎重に折りたたまれていた。
受け取って開いた。
「王立魔法協会特別研究部門 オルヴァン・クロイツ主任より ハウザー・ロイ殿へ——魔法属性の多様性に関する学術研究にご協力いただきたく……」
以前セインが書き写してきた内容と一致する。原本だ。クロイツの署名が最後の行に入っている。
「これで申請できる。」
◆ ◆ ◆
エルヴィンが書類を覗き込んだ。「クロイツの署名入りだ。」
「そうだ。これは——」私はノートに書きながら言った。「クロイツが特定の個人に研究協力を求めた事実の証拠になる。加えて、エルヴィンの父の商会記録との照合結果と組み合わせれば——」
「状況証拠の連鎖だ。」
エルヴィンが続けた。
「そうだ。一つ一つは弱い。でも複数が揃えば、否定しにくくなる。」
セインが壁に背を預けたまま言った。「ロイの名前は、本当に出さなくていいのか。」
「出さない方法がある。」
私は答えた。
「申請者はこちら側だ。書状の内容と日付を記録する。提供者の名前は申請書に記載しない。書状そのものが証拠になれば、提供者は不要だ。」
「クロイツが後で調べれば——」
「クロイツが誰に書状を送ったかは、クロイツ自身が知っている。でも、ロイが書状を提出したことは——調べなければ分からない。調べるためには、まずこの公証の存在を知る必要がある。」
セインが少し考えた。「……分かった。」
◆ ◆ ◆
「段取りを決める。」
私は言った。
「三人で協会の公証窓口に行く。申請者はこちら側——前回と同じくエルヴィンの名前を使わせてほしい。」
「分かった。」エルヴィンが即答した。前回のような迷いはなかった。
「書状の原本は申請時に提出する。写しを手元に残す。」
「写しは俺が持つ。」
セインが言った。
「頼む。それから——今回の申請は、以前の公証と関連する申請として記録に残す。単独の書状ではなく、一連の証拠の一部として文脈を作る。」
エルヴィンがノートに書き留めながら聞いた。「文脈を作るとは。」
「孤立した証拠は否定されやすい。でも複数の証拠が一つの文脈に繋がっていれば——全体を否定するには、全てを否定しなければならない。コストが上がる。」
「クロイツへの牽制になる。」
「そうだ。」
◆ ◆ ◆
「一つ確認する。」
セインが言った。
「ロイは——これで安全になるか。」
私は少し考えた。
「完全な保証はできない。でも——書状が公証記録に残れば、クロイツがロイに直接圧力をかけることのコストが上がる。『書状を送った事実が記録されている』という状況で、さらに動けば——クロイツの行動が証拠と矛盾する。」
「それが抑止力になる。」
「なる可能性がある。」
セインが窓の外を見た。
「……ロイは、俺に言っていた。書状が来てから、ずっと一人で怖かったと。誰にも言えなかったと。」
「それは——」
「今は違う、と言っていた。」セインが静かに言った。「俺に話せた時から、違うと。」
——情報として受け取った。でも今回は、それだけでもなかった。
◆ ◆ ◆
「明後日、動く。」
私は言った。
「エルヴィン、馬車の手配を頼めるか。」
「できる。商会の馬車を使う。」
「セインは——」
「ロイに報告する。申請が終わったら、すぐ伝える。」
「そうしてくれ。」
三人が立ち上がった。
エルヴィンが書類を丁寧にたたんだ。「これで二枚目の盾になる。」
「そうだ。」
「一枚目は根源律変換式の公証だった。二枚目はクロイツが誰かに書状を送った証拠だ。」エルヴィンが少し考えながら続けた。「盾が増えるほど——クロイツは動きにくくなる。」
「でも——」
セインが言った。
「盾は攻撃を止めない。遅らせるだけだ。」
「そうだ。」
私は答えた。
「だから——証拠が揃った時に、どう使うかを今から考える。」
「いつ揃うか。」
「分からない。でも——揃う前に動かれる可能性もある。その時の対応も計算しておく。」
踊り場に沈黙が落ちた。
鐘が鳴った。
◆ ◆ ◆
三人が別々の方向へ歩き出した。
セインが階段を下りながら、一度だけ振り返った。
「——ありがとう。」
私とエルヴィンを見て、どちらに向けた言葉かは分からなかった。
でも。
「ロイに伝えてくれ。」
私は言った。
「一人ではない、と。」
セインが頷いた。背を向けて、歩いていった。
ノートを閉じた。
「第二の公証申請:ロイ・ハウザーの書状(原本)。クロイツの署名入り。以前の公証と連結させる。明後日実施。」
一行追加した。
「盾が増えた。次は——盾を剣に変える条件を探す。」




