第二話 夢の中の数学者
——魔法学院 寮 ルナの自室 夜明け前
夢の中では、私は大人だった。
白い壁、積み上がった本の塔、窓の外は灰色の東京の空。
前世の研究室だ。
机の上に問題が並んでいた。
フェルマーの最終定理の別証明。
素数の無限性をユークリッド以外の手法で示すこと。
誰かに頼まれたわけでも、論文にするわけでもない、ただの遊びだ。
別の道を歩くと、景色が変わる。
同じ山でも、北から登るのと南から登るのでは見えるものが違う。
夢の中の私は、コーヒーを飲みながら紙に数式を書き、消し、また書いていた。
苦しくなかった。
ただ楽しかった。
誰かに認めてもらうためじゃない。
世界の構造を知りたかった。それだけだった。
◆ ◆ ◆
夢が揺れた。
場面が変わる。
大学の教室、黒板いっぱいの数式。
最前列の学生が手を挙げた。
緊張した顔で、でも目だけは輝いていた。
「……もしかして、背理法で仮定を崩せますか」
「いい目をしてる。やってみて」
数学の喜びは、解けた瞬間だけじゃない。
問いを立てる瞬間にも、あった。
◆ ◆ ◆
石造りの天井が見えた。
グラウ・ルナ、十歳。
魔力最弱。灰色属性。
窓の外はまだ暗く、夜明けまで一時間はある。
目覚めた瞬間、手が勝手にノートを開いていた。
夢の問題——素数の無限性。この世界の魔法に当てはめると……魔力回路の素因数分解が術式の基底になっているなら——
手が止まった。気づいてしまった。
魔法の術式は——素数構造を持っている。
前世で遊びに解いた問題が、今世の魔法の根幹に繋がっていた。偶然か。必然か。
——どちらでもいい。今は、手を動かす。
夜明けの光が窓から差し込んだ時、ノートは三ページ埋まっていた。前世で楽しんだ数学が、今世で魔法になっていく。
——悪くない。




