第二十五話 光の王女
——魔法学院 中庭 昼休み
エルミラ・カルヴァーンが魔法学院に来たのは、二学期の初日だった。
朝のホームルームで担任が紹介した。
「カルヴァーン王国からの留学生です。皆さん、よろしく。」
教室が一瞬静まった。次の瞬間、ざわめいた。
——カルヴァーン王国。ラエティア王国の隣国。外交的には友好関係にある。第一王女の留学は、両国の関係を象徴する出来事として扱われる。
エルミラが立ち上がった。
栗色の髪。緑色の瞳。背筋が伸びている。表情は穏やかだが、物怖じしていない。
「エルミラ・カルヴァーンです。ラエティア王国の魔法をここで学べることを、嬉しく思います。どうぞよろしく。」
礼儀正しかった。でも——威圧感がなかった。
王女としての格を持ちながら、それを押しつけない。
拍手が起きた。
私はノートに書き留めた。
「エルミラ・カルヴァーン。カルヴァーン王国第一王女。光属性と推定。所作から高い教育を受けている。表情の制御が上手い。」
◆ ◆ ◆
昼休み、中庭のベンチに三人が座っていた。
エルヴィンが最初に口を開いた。
「……カルヴァーン王国の第一王女が留学してきた。」
「見ていた。」
私は言った。
「政治的な意味がある。ラエティアとカルヴァーンの関係強化のためだろう。父の商会も影響を受ける可能性がある。」
「観察を続ける必要がある。」
セインが黙って中庭を見ていた。
「何を考えている。」私は聞いた。
「……光属性か、と思っていた。」
セインが言った。
「カルヴァーンの王族は光属性が多いと聞く。」
「エルネスト・ヴァンドール=クロイツも光属性だ。」
エルヴィンが静かに言った。
「光属性の王族——この国では特別な意味を持つ。」
——「光が闇を支配する」という神話。エルミラの存在は、その神話の文脈の中に置かれる。
◆ ◆ ◆
「グラウさん。」
声をかけられた。
振り向くと、エルミラが立っていた。一人だった。
「少し、お話しできますか。」
——私に声をかけてきた。
なぜ。クラスの中で最初に話しかける相手として、私を選んだ理由を計算する。
「構いません。」
エルミラがベンチの端に座った。
エルヴィンとセインを一度見た。
「……お邪魔でしたか。」
「いいえ。」
エルヴィンが答えた。
「どうぞ。」
◆ ◆ ◆
「検査の日に、見ていました。」
エルミラが言った。
「水晶球がほとんど光らなかった時。でもグラウさんは表情一つ変えなかった。」
「そうですか。」
「どうして、そんなに落ち着いていられるのですか。」
直接的な問いだった。
好奇心が素直に出ていた。
計算のない目だ。
——答え方を選ぶ必要がある。
「落ち着いていた理由」を正確に説明しようとすれば、第四公理の誤りから始めなければならない。今はその場ではない。
「間違った基準で測られても、動揺する理由がないからです。」
エルミラが少し考えた。
「間違った基準——というのは。」
「水晶球の測定は、既存の属性分類を前提にしています。その前提自体が検証不足だと思っています。」
エルミラが私を見た。
今度は先ほどと違う目だった。
——好奇心から、何か別のものに変わった。驚き、ではない。認識、に近い。
「……あなたは、魔法の理論を疑っているのですか。」
「検証していない命題を、疑わずに受け入れる理由がありません。」
◆ ◆ ◆
短い沈黙があった。
エルミラが少し笑った。
「カルヴァーンでも、無属性は欠陥とされています。でも——あなたを見ていると、そう思えない。」
「欠陥かどうかは、正確な定義と検証なしに決められません。」
「そうですね。」
エルミラが頷いた。あっさりと。反論しなかった。
——この同意は、礼儀ではない。本当に納得している。
「私の国でも、魔法は力の象徴です。光属性が最も高貴とされている。でも——」
エルミラが少し止まった。
「私はそれが正しいとは思っていません。力の種類が優劣を決めるなら、魔法とは何のためにあるのでしょう。」
エルヴィンが少し動いた。セインも。
「魔法理論書の冒頭の格言があります。」
私は言った。
「『魔法とは論理と知性の牙城である』。」
「知っています。」
エルミラが言った。
「カルヴァーンでも学びました。でも——実際にその格言通りに行動している人に、初めて会った気がします。」
◆ ◆ ◆
鐘が鳴った。
エルミラが立ち上がった。
「またお話しできますか。」
「構いません。」
「ありがとうございます。」
エルミラが丁寧に頭を下げた。
エルヴィンとセインにも。
歩き出す前に、一度振り返った。
「セインさん——でしたね。闇属性の。」
セインが少し固まった。
「カルヴァーンでも闇属性は危険視されています。でも、私はそれも正しいと思っていません。もし良ければ、お話しできたら嬉しいです。」
セインが何も言えなかった。
エルミラが歩き出した。中庭の光の中に消えていった。
◆ ◆ ◆
三人が残った。
しばらく、誰も話さなかった。
「……何だったんだ。」
セインが言った。
「カルヴァーン王国の第一王女だ。」
エルヴィンが言った。
声が少し固かった。
「警戒を解かない方がいい。」
「なぜ。」
セインが聞いた。
「隣国の王女が、なぜ最初に無属性の生徒に話しかけるのか。理由がある。」
——エルヴィンの警戒は正しい。でも——
私はノートを開いた。今の会話を記録した。
「エルミラ・カルヴァーン:初接触。好奇心は本物に見える。「光属性が最も高貴」という自国の価値観に疑問を持っている。セインへの言葉は計算ではなく感情から来ていた可能性が高い。」
一行追加した。
「ただし——彼女の善意と、彼女の背後にあるものは別の問題だ。」
——エルミラは純粋かもしれない。でも純粋な人間が、最も危険な場所に置かれることがある。
ノートを閉じた。
中庭に光が満ちていた。




