第二十四話 証拠の重さ
——魔法学院 北棟 非常階段 昼休み
セインが来た時、いつもより少し表情が固かった。
弁当を開かずに、階段に背を預けた。
「六件目の件だ。」
「聞く。」
「二年生の名前はロイ・ハウザー。闇属性。今年の春、協会から書状が来た。『学術研究への協力』という名目で、魔力の定期測定への参加を求められている。」
「前回の報告と同じだ。」
「ああ。でも——今回は会って話した。」
私はノートを開いた。「続けてくれ。」
◆ ◆ ◆
「書状を持っていた。」
セインが言った。
「まだ断っていない理由は——断ったら何をされるか分からないからだ、と言っていた。」
「根拠はあるか。」
「一件目の三年生——転出した生徒のことを知っていた。同じ寮だったらしい。断った後から魔力が落ちていくのを、隣で見ていたと。」
——状況証拠が積み重なっている。でも因果関係の証明にはまだ足りない。
「書状の内容を確認したか。」
「した。」
セインがノートを出した。
書き写してきたらしい。
几帳面な字で、書状の文面が記録されていた。
私はノートを受け取った。
「王立魔法協会特別研究部門 オルヴァン・クロイツ主任より ハウザー・ロイ殿へ——魔法属性の多様性に関する学術研究にご協力いただきたく……」
最後の行まで読んだ。
「クロイツの名前が入っている。」
「ああ。」
「これは——物証になる。」
◆ ◆ ◆
「ロイ本人は、どうしたいと言っていたか。」
セインが少し間を置いた。
「……怖い、と言っていた。断りたい。でも断ったら転出した三年生と同じになるんじゃないかと。」
「その恐怖は、論理的な根拠がある。」
「そうだな。」
「ただし——現時点で書状に応じなければ、即座に危険が生じるという証拠もない。クロイツは今、私への接触に注力している。ロイへの圧力が実際に始まるとしたら、もう少し後だ。」
「……お前はいつも、そうやって計算するんだな。」
「計算しないと、判断できない。」
セインが壁を見ていた。
「俺には、計算じゃなくて——怖かった、と言ってたロイの顔の方が先に来る。」
——セインは感情で受け取った。私は情報として受け取った。どちらが正しいというわけではない。でも——今は両方必要だ。
「それは、大事なことだ。」私は言った。
セインが少し動いた。「……どういう意味だ。」
「私が計算できるのは、情報があるからだ。ロイがセインに話してくれたのは——計算ではなく、同じ属性の人間として信頼したからだろう。その信頼がなければ、書状の文面も見せてもらえなかった。」
◆ ◆ ◆
「書状を、提出してもらえるか。」私は聞いた。
「提出——どこに。」
「協会の公証窓口だ。書状の内容を記録として残す。クロイツが発行した文書が、複数の闇属性術者に送られていたという証拠になる。」
「ロイが特定されないか。」
「公証の申請者はこちら側だ。ロイの名前は申請書に出さない方法がある。書状の内容のみを記録する形で申請できる。」
セインがノートを見た。書き写してきた文面を。
「……ロイに確認する必要がある。」
「そうだ。本人の同意が必要だ。強制ではない。」
「分かった。」
セインが少し間を置いた。「ロイは——断ったら守ってもらえるのか、と聞いてきた。」
私はペンを止めた。
——守る。その言葉の意味を、正確に定義する必要がある。
「完全な保証はできない。でも——書状の記録が残れば、クロイツが動きにくくなる。それは、何もないより確実に安全に近い。」
「……それをロイに伝える。」
「そうしてくれ。」
◆ ◆ ◆
昼休みの残り時間、二人は黙っていた。
セインが弁当を開いた。少し食べて、また閉じた。
「一つ聞いていいか。」セインが言った。
「どうぞ。」
「お前は——怖くないのか。クロイツが、ロイだけじゃなく俺にも来るかもしれないのに。」
「怖い。計算した結果、動かない方が危険だと判断した。それだけだ。」
以前、セインに言ったのと同じ言葉だった。
「……また同じことを言う。」
「正しいから言う。」
セインが少し笑った。
今度は以前より、少し違う笑い方だった。
「俺も——動く。ロイに話してくる。」
「分かった。」
「もしロイが同意したら、公証の件はお前に頼む。」
「任せてくれ。」
◆ ◆ ◆
鐘が鳴った。
立ち上がりながら、セインが言った。
「ロイは——俺が話しかけるまで、誰にも言えなかったらしい。同じ属性の奴にしか、言えなかったって。」
「そうか。」
「……闇属性だから、話せた。初めて、それが役に立った気がした。」
背を向けて歩き出した。
——「欠陥属性」と呼ばれてきた属性が、今日一人の二年生を動かした。
ノートに書き留めた。
「六件目:ロイ・ハウザー。二年生・闇属性。書状現物あり・クロイツの署名入り。本人同意次第で公証申請へ。」
一行追加した。
「セイン・ノワールの闇属性は根源律を感知できる。そして同じ属性を持つ者の信頼を得られる。——二つとも、代替できない価値だ。」
ノートを閉じた。踊り場に春の風が通り過ぎた。




