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演算の魔女は祈らない 〜The Witch of Calculus Never Prays〜  作者: N


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第二十三話 前例のない証明

——魔法学院 実技審査室 一週間後 午前


再審査の審査室は、通常の実技評価室とは別の部屋だった。


広さは同じだ。

でも審査員の数が違った。


ゼルム教師。

ヴァルム先生。

そして——見たことのない教師が二人。

学院の上級教員の制服を着ていた。


——四人。前回は三人だった。一人増えている。


「着席。」


座った。


ゼルムが口を開く前に、私は四人の顔を順番に読んだ。

ヴァルム先生は前回と同じ——慎重な表情だ。

増えた二人は、私を見ていない。

書類を見ている。

事前に何か渡されているらしい。


——根回しをした。一週間で、数を揃えた。


「再審査を始める。」


ゼルムが言った。


「グラウ・ルナ。前回の審査で『実技の改善を示すこと』を求めた。何を見せられるか。」


「振動術式を展開します。」


「振動術式。」


ゼルムが繰り返した。


「聞いたことがない術式だ。」


「既存の術式体系にない、独自開発の術式です。」


「——独自開発。」


ゼルムの表情が変わった。わずかに、でも確実に。


——ここだ。この反応を待っていた。


◆ ◆ ◆


「実技審査規定を確認する。」


ゼルムがゆっくりと言った。


「審査対象となる術式は、魔法学院が定める術式一覧に記載されたものに限る。独自開発の術式は、審査の対象外だ。」


「その規定の出典を教えてください。」


「実技審査規定、第七条だ。」


私はノートを開いた。

一週間、規定書を読み込んでいた。


「第七条を確認しました。『審査対象術式は学院指定の基礎術式一覧を基本とする。ただし、術者が独自に習得または開発した術式については、審査委員の合議により採否を決定できる』とあります。」


ゼルムが止まった。


「『合議により採否を決定できる』——つまり、対象外と一方的に決めることはできません。合議が必要です。」


増えた二人の教師が、初めて顔を上げた。


◆ ◆ ◆


「合議する。」


ゼルムが四人に向かって言った。


「独自術式の採否について。」


短い沈黙があった。


上級教員の一人が口を開いた。


「……内容を確認してからでないと、判断できない。まず展開してみせてもらうべきでは。」


もう一人が頷いた。


「同意します。見もせずに却下はできない。」


ヴァルム先生が静かに言った。


「規定上も、そうなりますね。」


ゼルムが私を見た。


「では——展開してみせろ。」


「はい。」


◆ ◆ ◆


立ち上がった。


審査室の中央に立つ。根源律変換式を起動するのではない——今日は内部魔力だけで動かす。


消費量は計算済みだ。〇・〇八単位。持っている魔力の二割。


一週間で最適化した。


特定周波数の振動を、局所的な空間に発生させる。目に見える効果が必要だ。

審査台の上に置かれた水の入った小瓶を標的にした。


——周波数を合わせる。精度最大。速度は標準値より一・三倍。


術式を解放した。


小瓶の水面が、細かく震えた。

波紋が同心円を描いた。三秒間、続いた。


消費魔力:〇・〇八単位。計算通り。


◆ ◆ ◆


沈黙があった。


上級教員の二人が、小瓶を見ていた。


「……水面に振動を与えた。」


一人が言った。


「どういう原理だ。」


「特定周波数の波動を術式で生成し、対象の固有振動数に共鳴させます。出力量は小さいですが、精度と速度において高い制御性があります。」


「属性は何だ。」


「無属性です。無属性は特定の自然現象に縛られないため、振動という物理現象全般に干渉できます。」


もう一人の上級教員が、ヴァルム先生と何かを小声で話した。ヴァルム先生が頷いた。


ゼルムだけが、黙っていた。


◆ ◆ ◆


「合議する。」


上級教員の一人が言った。


「この術式の審査採用について。」


「採用に賛成。」


ヴァルム先生が即座に言った。


「同じく賛成。」


もう一人の上級教員が言った。


「私も賛成だ。」


最初の上級教員が言った。


三対一になった。


ゼルムが最後に言った。


「……採用しない。前例がない術式を認めれば、審査の基準が崩れる。」


「基準が崩れるのではありません。」


私は言った。


「基準が更新されます。魔法理論書の格言にあります。『魔法とは論理と知性の牙城である』。前例がないことは、否定の根拠にならない。論理と知性で評価するなら——この術式は評価に値します。」


ゼルムが私を見た。長い沈黙があった。


◆ ◆ ◆


「採用、三対一。」


上級教員の一人が記録した。


「振動術式を審査対象として認める。」


「評価を続ける。」


ヴァルム先生が言った。


「精度:高い。速度:基準値以上。出力量:低い。総合——及第。」


「以上で再審査を終了する。」


上級教員が言った。


「グラウ・ルナ。進級を認める。」


「ありがとうございます。」


「下がれ。」


ゼルムが言った。声に抑揚がなかった。


審査室を出た。


◆ ◆ ◆


廊下に出た瞬間、壁に背を預けた。


感情的な疲労ではない。計算の消耗だ。一週間、規定書を読み込み、予想される手を全て想定した。今日の展開は七割方予想通りだった。残り三割は——格言の引用だ。


「魔法とは論理と知性の牙城である。」


理論書の冒頭の格言を、こういう形で使うとは思っていなかった。でも有効だった。


ゼルムが黙ったのは、その言葉が彼自身の信じる「魔法の権威」から来ているからだ。自分の根拠を使って反論された。反論できなかった。


——間違った物差しは、使い方次第で折れる。


ノートを開いた。記録する。


「再審査:振動術式を展開→無効判定を試みられた→第七条・合議規定を提示→三対一で採用→進級認定。」


一行追加した。


「使用した論拠:規定第三条・第七条・魔法理論書冒頭の格言。最後の格言が決め手になった。——論理と知性の牙城。ゼルムの信念と矛盾する反論は、彼を沈黙させた。」


ペンを止めた。


——これで進級は確定した。でもゼルムは諦めていない。


計算した。


ゼルムが次に使う手は——もう規定の範囲内ではないかもしれない。


灰色の瞳が、廊下の先を静かに見ていた。

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