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演算の魔女は祈らない 〜The Witch of Calculus Never Prays〜  作者: N


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第十九話 収奪の記録

——魔法学院 北棟 非常階段 昼休み


セインが来た時、表情が違った。


いつもは先に座って窓を向いている。

今日は踊り場の入口に立ったまま、私とエルヴィンが揃うのを待っていた。


「集まった。」

セインが言った。


「全員いる。話せ。」

私は言った。


セインが座った。

ノートを出した。

几帳面な字で、何ページも書かれていた。


「二週間かけて集めた。六件だ。」


◆ ◆ ◆


「一件目。」

セインがノートを読んだ。


「三年前、この学院を転出した闇属性の三年生。転出の理由は『体調不良による療養』とされている。でも同じ寮にいた生徒によると、転出の一ヶ月前から魔力が急激に落ちていた。術式が使えなくなったと言っていたらしい。」


「クロイツとの接触は。」

私は聞いた。


「転出の二ヶ月前に、協会から『研究協力のお願い』という書状が来た。本人は断ったと言っていた。」


「断った後に魔力が落ちた。」

エルヴィンが言った。


「そうだ。」


エルヴィンの顔が少し固くなった。


「二件目。」

セインが続けた。


「二年前、王都の魔法師組合に所属していた闇属性の術者。三十代の男性。組合の記録では『魔力枯渇による廃業』とされている。廃業の半年前、協会の研究部門から『魔力サンプルの提供』を求められた。報酬付きで。」


「断ったか。」


「断らなかった。一度だけサンプルを提供した。その後から魔力の回復が遅くなり、三ヶ月後に完全に使えなくなった。」


沈黙が落ちた。


◆ ◆ ◆


セインが続けた。

三件目、四件目、五件目。


パターンが見えてきた。


共通点を私はノートに書き留めた。


「被害者の共通点:①全員闇属性。②全員クロイツの研究部門との接触記録がある。③接触後、短期間で魔力が著しく低下している。④公式記録では全員『自然な魔力枯渇』として処理されている。」


「六件目。」

セインが最後のページを開いた。声が少し変わった。


「……これだけ、直接聞いた話だ。」


「誰から。」


「同じ学院の、二年生。闇属性だ。今年の春、協会から書状が来た。『学術研究への協力』という名目で、魔力の定期測定への参加を求められた。」


「今も来ているか。」

エルヴィンが言った。


「まだ断っていない。怖くて、どうすればいいか分からないと言っていた。」


◆ ◆ ◆


踊り場が静かになった。


風が一度通り過ぎた。


「整理する。」

私は言った。


「クロイツの研究は、闇属性術者の魔力を外部から抽出・収集することを目的としている。それを大量に圧縮・解放する術式を完成させようとしている。被験者の魔力は、実験の過程で失われている。」


「実験材料として使っている。」

エルヴィンが低い声で言った。


「そうだ。」


「……証拠になるか。」


「断言するには状況証拠だけだ。でも六件のパターンは一致している。統計的に偶然とは言いにくい。」


エルヴィンがノートを手に取った。

セインの記録を読んだ。

読みながら、ペンを出して余白に何かを書き始めた。


「父の商会の取引記録と照合できる。クロイツが発注した素材の種類と量——時期と被害の時期が重なるか確認する。」


「できるか。」


「父に頼めば。理由は……考える。」


◆ ◆ ◆


「セイン。」

私は言った。


「六件目の二年生——名前は出さなくていい。でも、協会からの書状をまだ持っているか確認できるか。」


「聞いてみる。」


「書状があれば、物証になる。クロイツの名前が入っているなら特に。」


セインが頷いた。


エルヴィンが顔を上げた。


「もう一つ。『廃業した術者』——今もこの王都にいるか。」


「調べていない。」

セインが言った。


「調べてくれ。証言が取れれば、状況証拠から証言証拠になる。」


セインが少し黙った。それからノートに書き加えた。


◆ ◆ ◆


「一つ確認する。」

私は二人に言った。


「今日の話を踏まえて、方針を変える必要があるか検討する。今まで私たちの目的は『クロイツが到達する前に先にいること』だった。でも——」


「被害者がいる。」

エルヴィンが先に言った。


「そうだ。先にいるだけでは、被害は止まらない。」


沈黙。


「……どうする。」

セインが言った。


私は少し考えた。


「今すぐ動く段階ではない。証拠が足りない。でも——目的が変わった。」


「目的の修正:クロイツより先にいることに加えて、被害の連鎖を止める。そのために何が必要か——証拠の確定、証言の確保、そして発表の条件を整えること。」


「発表の条件。」

エルヴィンが繰り返した。


「第四公理の誤りの証明と、根源律の実証——これが表に出れば、クロイツの研究の前提が崩れる。彼が集めた闇属性魔力の『使い道』がなくなる。」


「……それが、一番確実な止め方か。」


「今考えられる中では。」


◆ ◆ ◆


昼休みの鐘が鳴った。


三人が立ち上がった。


セインがノートを閉じた。

「俺が集めた情報——役に立ったか。」


「立った。」

私は答えた。


「六件のパターンは、構造を明確にした。あなたが集めなければ、私たちは『クロイツが危険かもしれない』という仮説のままだった。今は『クロイツは実際に害を与えている』という事実になった。」


セインが少し黙った。


「……被害を受けた人間が、まだいる。」


「いる。」


「止められるか。」


「止める。」


断言した。計算した上での断言ではなかった。

でも——言った後に計算した。止める方法はある。

時間はかかる。でも道はある。


——数学者として言えば:解が存在することは証明できる。解を見つけるのはこれからだ。


セインが何も言わずに階段を下りた。


エルヴィンが最後に立ち上がった。


「お前が『止める』と言ったのを、初めて聞いた。」


「そうか。」


「いつもは『計算する』か『検討する』だ。」


「今回は計算より先に出た。」


エルヴィンが少し止まった。それから歩き出した。


「——悪くない。」


廊下に消えていった。


——「止める」と言った。感情が先だった。でも——計算した結果も、同じ答えだった。


ノートを閉じた。


踊り場に春の風が通り過ぎた。今日は少し、冷たかった。

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