第一話 最弱の称号と、灰色の瞳
——ラエティア王国 魔法学院 新入生適性検査会場
白い石造りの広間に、百人以上の新入生が並んでいた。
全員が正面の水晶球を見つめ、緊張している。
私——グラウ・ルナ——は最後尾から全員の様子を観察していた。
魔力反応の分布が偏っている。
前列ほど貴族の子弟が多い。
魔力そのものが遺産として機能している世界か。
異世界に転生して三ヶ月。
前世の記憶はある。
数学者だった。
宇宙の存在方程式を求めて生き、答えを得た瞬間に死んだ。
この世界の人間には、魔力が見えない。
感じるだけだ。
でも私には見える。
魔法とは世界に記述された構造式の書き換えだ。詠唱は変数の指定。
魔力はエネルギー項。
前世の物理学とほぼ同型の体系だ。
◆ ◆ ◆
この世界の属性は七つある。
火、水、土、風、光、闇、そして無属性。
最初の六つは自然現象か精神現象の一側面を操作する力だ。
光属性は希少で高貴とされ、闇属性は危険視される。
では無属性は? 理論書には一行だけ書いてあった。
『魔法適性なし。欠陥属性』。
◆ ◆ ◆
試験官「次、グラウ・ルナ。」
水晶球に手を触れる。
沈黙。
球はほとんど光らなかった——かすかに、灰色に、一瞬だけ。
無属性を示す色だ。
試験官「……無属性。魔力反応、測定限界以下。」
貴族の少年「無属性? 生まれて初めて見た。火も水も土も風も光も闇も——何もないってことだろ。欠陥品じゃないか。」
別の生徒「なんで入学できたんだろ。顔色一つ変えてないけど、恥ずかしくないのかな。」
笑い声が聞こえた。
侮蔑の視線が刺さった。
どうでもよかった。
火属性は燃焼反応の一側面しか操れない。
水属性は流体現象だけだ。
光属性でさえ電磁波のごく一部に過ぎない。
——ならば無属性は?
世界のどの側面にも縛られない属性は、どこに干渉できる?
手を離す寸前、私は水晶球の内部術式を読んでいた。
変数は八つ。
うち三つは冗長な補正項。
最適化すれば七十四パーセント効率が上がる。
欠陥品、か。
——その定義が間違っている可能性を、誰も検証していないだけだ。
◆ ◆ ◆
その夜、寮の自室でルナは灯りもつけずにいた。暗闇の中、指先だけが動く。
無属性の正確な定義:特定の自然現象に属さない。火でも水でも光でもない。では何に属するのか。
前世の記憶が静かに答えを示していた。自然現象の外側にあるもの——それは、自然現象を記述する構造そのものだ。
無属性とは欠陥ではない。
世界の表層ではなく、世界の根本定理に触れる唯一の属性だ。
魔力がない、と言われた。
違う。私の魔力は、演算にすべて使われている。
前世で解いた存在方程式の最後の一行が、今も頭の片隅で輝いている。宇宙は選択によって分岐する。
——ならば、この世界を選んだのは誰だ? 私をここへ送ったのは、何の意志だ?
答えはまだ、ない。
でも問いがある限り、数学者は前に進む。
灰色の瞳が、暗闇の中で静かに光った。




