幕間 完成だけが正義だ
——王都 王立魔法協会 特別研究棟 深夜
研究室に窓はない。
クロイツが設計を指定した時、建築士が「採光が必要では」と言った。
「必要ない」と答えた。光は変数だ。
制御できない変数は排除する。
壁一面の棚に、術式の試作体が並んでいる。
百四十七本。
どれも途中で止まっている。
どれも、同じ場所で止まっている。
外部魔力の収束点。大気中に散在する魔法素を一点に収束させ、制御下に置く術式。二十三年間、ここで詰まり続けた。
収束はできる。
問題は密度だ。
魔法素を圧縮すれば密度が上がる。
密度が臨界を超えた時——この世界のどんな術者の出力も超える、純粋な魔力の爆発が起きる。
それだけでいい。血統など要らない。
収束して、圧縮して、解放する。
それだけで、兄の「光の絶対支配」など塵になる。
◆ ◆ ◆
机の上には術式図が広げられていた。
魔力線を束ねる収束紋。
外側から内側へ、段階的に密度を上げていく構造だ。
第一段階から第七段階まで描いた。
理論上は正しい。
でも実際に試すと、第五段階で魔法素が逃げる。収束紋の隙間から、風のように散る。
第六段階には進めない。
二十三年間、百四十七本の結晶が、すべてここで止まっていた。
——どこかに、別のエネルギー源があるはずだ。大気の魔法素より深い場所。世界そのものに刻まれた、触れたことのない何か。
でも——そこへの道が、見えない。
見えないなら、道を持つ者を使えばいい。
◆ ◆ ◆
学院の視察で確認した。グラウ・ルナ。十歳。
無属性。
第四公理について「正確に検証されていない命題」と答えた。
あの答えは、気づいている者の答えだ。
無属性はどの自然現象にも縛られない——大気の魔法素より深い場所へ届く可能性がある。
机に戻る。新しいノートを開く。
「グラウ・ルナの研究進捗を把握する。接触を継続する。研究室へ誘導する。」
ペンが淡々と動いた。
◆ ◆ ◆
継承の儀の日、兄が固有魔法を発動させた。
「光の絶対支配」——公爵家に代々継承される最上位術式。
大広間が白く染まった。列席者全員が跪いた。
クロイツは跪かなかった。膝が動かなかった。
なぜあれが兄のものなのか。
生まれたからか。
母親が正妻だったからか。
それだけの理由で、あの力が与えられるのか。
隣に立っていた老魔法学者が言った。「固有魔法は血統の結晶ですな。努力では届かない領域がある。」
——その言葉が、二十三年間の燃料になった。
努力では届かない領域。
ならば——努力を超えた何かを作る。
血統によらない、純粋な術式の結晶を。
◆ ◆ ◆
ふと思った。
この術式が完成したとして——何に使うのか。
三秒間、考えた。
……何でもいい。
魔力収束が臨界を超えた時、どれだけの範囲が消えるか。
それを証明できれば、使い道は後から生まれる。王都一つを消せるなら、それが交渉材料になる。国一つを脅せるなら、それが権力になる。
兄の固有魔法が「光で闇を支配する」なら——私の術式は、光ごと消す。
クロイツはそれ以上考えるのをやめて、ノートの続きを書いた。
◆ ◆ ◆
深夜三時。
百四十八本目の結晶を棚に追加した。
同じ壁で止まった。
でも——大気より深い場所へ届く者が、見つかった。
ランプを消した。完全な暗闇の中で少しだけ止まった。
——兄は今夜、何をしているか。
答えは出なかった。考えるのをやめた。
扉を開けて、廊下へ出た。石畳に足音が響いた。
百四十八本の未完成の術式が、暗い棚の上で静かに並んでいた。




