第十三話 三点が結ぶ平面
——魔法学院 北棟 非常階段 昼休み
エルヴィンが来たのは、予想外だった。
いつも通り踊り場に上がると、セインがいた。
そこまでは想定内だ。最近、ここが二人の昼の場所になっていた。
問題は、その後だった。
階段を上がってくる足音。重い。革靴の音。
エルヴィン・アストラが踊り場に顔を出し、私とセインを交互に見て、一瞬止まった。
「……何をしている。」
「昼食だ。」私は答えた。
エルヴィンの視線がセインに移った。
セインは壁を向いていた。
「グラウ。お前がここを使っているのは知っていた。だが——」
「座るなら座れ。立っているなら用件を言ってから帰れ。」
沈黙。三秒。
エルヴィンは階段に腰を下ろした。
◆ ◆ ◆
最初の五分間、三人とも何も言わなかった。
エルヴィンは弁当を開かずに腕を組んでいた。
セインは窓の外を見ていた。
私はκの改良を続けていた。
——三者の関係を整理する。
エルヴィンはセインを知らない。
セインはエルヴィンを「検査の日に俺を欠陥品と呼んだ側の人間」として認識している。
エルヴィンはセインを「闇属性の危険な同級生」として認識している可能性がある。
地雷原だ。でも今は黙っていい。
「用件があるんだろう。」
私はノートを見たまま言った。
エルヴィンが少し動いた。
「……昨夜、父親の話を聞いた。」
「父親。」
「王都で商会を持っている。魔法協会とも取引がある。」
セインの視線が、初めてエルヴィンに向いた。
「先週、協会の特別研究部門から異例の発注があったと言っていた。大量の魔力増幅素材と、遮蔽術式の材料だ。研究用にしては量が多すぎる、と父は言っていた。」
◆ ◆ ◆
ペンを置いた。
「特別研究部門の主任の名前は聞いたか。」
「オルヴァン・クロイツ。父が一度会ったことがあると言っていた。」エルヴィンが眉を寄せた。「なぜ知っている。」
「仮説を立てていた。」
ノートを開く。第十二話で書き留めた三つの気配のページだ。
「聞いてほしい。」
私はエルヴィンに向けて話した。
でも内容はセインも聞いている。
図書館の閲覧記録。
ゼルムの緊張。
世界の底への干渉。
そして今日、エルヴィンが持ってきた四つ目——魔力増幅素材と遮蔽術式の大量発注。
エルヴィンが静かに聞いていた。
セインも、弁当箱を膝に置いたまま動かなかった。
「整理する。」私はノートに書きながら言った。
「クロイツの行動パターン:①禁忌術式・外部エネルギー論の閲覧。②学院視察の実施。③魔力増幅素材の大量確保。④遮蔽術式材料の発注。⑤世界の底への干渉痕跡。」
「五つ揃った。点が平面になった。」
◆ ◆ ◆
「どういう意味だ。」エルヴィンが言った。
「クロイツは実験段階に入ろうとしている。理論構築は終わっている——だから材料を集めている。遮蔽術式は実験を外部から隠すためだ。魔力増幅素材は、出力が足りない術式を無理に動かすための補助だ。」
「何の実験だ。」
「外部魔力の大量収集と圧縮。第四公理の限界を越える術式の、実証実験だ。」
沈黙が落ちた。
「つまり——クロイツは、魔力の上限を取り払う方法を探している。」エルヴィンが自分なりに整理した。
「そうだ。そして彼の理論は、ある方向を向いている。あと一歩で、実験に踏み込む。」
「なぜそれが分かる。」
「閲覧した資料の順序から推測できる。彼が読んだ資料と、私が読んだ資料の順序が重なっている。同じ道を、少し後ろから歩いている。」
エルヴィンが私を見た。何かを言いかけて、やめた。
◆ ◆ ◆
「セイン。」
私は言った。
「クロイツの闇属性研究の話を、もう一度してくれ。」
セインがエルヴィンをちらりと見た。
警戒の色がある。
「構わない。」
私は続けた。
「エルヴィンは今日ここで聞いたことを、外に出す人間ではない。」
「……なんで分かる。」セインが言った。
「検査の日から観察していた。彼は情報を手元に置く。流さない。」
エルヴィンが微妙な表情をした。
褒められているのか分析されているのか、判断できないらしい。
セインは少し間を置いてから、話した。
闇属性の魔力分解研究。
噂の出所。
サンプルの提供を求められた闇属性術者が、断った後に学院から転出したという話。
エルヴィンの表情が固くなった。
「……それは、本当か。」
「噂だ。でも出所が複数ある。」
◆ ◆ ◆
三つの情報が、一か所に集まった。
エルヴィンの商会情報。
セインの噂。
私の観測記録。
「統合仮説:クロイツは外部魔力収束術式の実証を目指している。その過程で闇属性の魔力を研究素材として使っている可能性がある。学院視察の真の目的は——術式の実現者、または素材となる術者の発掘だ。」
書き終えて、ノートを閉じた。
「二人に確認する。今日ここで話したことは、外に出さないでほしい。」
エルヴィンが頷いた。即答だった。
セインは少し遅れた。「……なぜ俺に話した。」
「あなたが直接関係する情報だからだ。知る権利がある。」
セインが黙った。否定しなかった。それが答えだった。
◆ ◆ ◆
昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。
三人が立ち上がった。
エルヴィンとセインは一瞬、同じ場所に立った。目が合った。どちらも何も言わなかった。
「明日も来るか。」
私はエルヴィンに聞いた。
「……来るかもしれない。」
「来るなら弁当を持ってこい。食べないなら効率が落ちる。」
エルヴィンが少し表情を崩した。
笑ったのか、呆れたのか、判断がつかなかった。
三人が別々の方向へ歩いた。
——観察結果:エルヴィン・アストラは情報を持っている。セイン・ノワールは現場に近い。私は理論を持っている。三つが揃えば、クロイツの次の手が読める。
これは協力関係ではない。まだ、情報の共有だ。
でも——三点が結べば、平面が決まる。
それで今日は十分だ。




