第十一話 誤った分類
——魔法学院 図書館 放課後
セインを図書館に呼んだのは、私だった。
正確には、廊下で見かけた時に「今日の放課後、図書館に来い」と言った。
理由を聞かれたので「調べたいことがある。
あなたの協力が必要だ」と答えた。
セインは三秒沈黙した後、「……分かった」と言った。
◆ ◆ ◆
図書館の奥、人が来ない棚の前に二人で座った。
私が机に積んだのは四冊だ。
魔族研究の概論書。
人間・魔族関係史。
魔法属性の起源に関する考察。
そして——王立魔法協会が発行した「危険属性術者の管理指針」。
セインが最後の一冊を見て、表情を固めた。
「なんでそれがある。」
「あなたがこれに基づいて管理されているからだ。根拠を調べる。」
「……勝手なことをするな。」
「座れ。邪魔するなら帰っていい。でもあなたが持っていない情報を、私は持つことになる。」
セインは舌打ちをして、椅子を引いた。
◆ ◆ ◆
「危険属性術者の管理指針」を開く。第一条に根拠条文がある。
「闇属性は負のエネルギーを媒介とし、その性質は魔族の魔力体系と同型である。ゆえに闇属性術者は潜在的な魔族親和性を持つと判断し、術式展開に追加許可を要する」
私はその一文に線を引いた。
「管理指針の根拠はここだ。『魔族の魔力体系と同型』——これが差別の根拠になっている。」
「知ってる。」セインが静かに言った。
「生まれた時から言われてきた。」
「この根拠が正しいか検証する。」
魔族研究の概論書を開く。魔族の魔力体系の項を読む。
魔族は全個体が闇属性に適性を持つ。
しかし魔族の闇属性は人間のそれとは異なり、魔族固有の「魔核」と呼ばれる器官から生成される。
人間の魔力が体内の魔力回路から生じるのとは根本的に異なる構造を持つ。
手が止まった。
——生成機構が違う。
◆ ◆ ◆
「セイン。あなたの魔力はどこから来ている。」
「魔力回路だ。他の人間と同じ。」
「魔核はあるか。」
「ない。検査で確認されている。」
私はノートに書いた。
`「魔族の闇属性:魔核由来。人間の闇属性:魔力回路由来。生成機構が異なる。」`
「管理指針の根拠を確認する。『魔族の魔力体系と同型』——これは出力の形が似ているというだけで、生成機構の同一性を主張していない。」
人間・魔族関係史を開く。管理指針の制定年を調べる。百四十年前。
「百四十年前、何があった。」
セインが少し考えた。「……第三次国境紛争。人間と魔族の大規模な戦闘があった。」
「その直後に管理指針が制定されている。」
関係史の該当ページを開く。第三次国境紛争の記述——魔族の闇属性術者による大規模術式攻撃。人間側に甚大な被害。戦後処理として、闇属性術者への管理強化が実施された。
——感情で作られた法律だ。
◆ ◆ ◆
「整理する。」私はノートを見せた。「管理指針の論理はこうだ。魔族は闇属性を持つ。闇属性は危険だった。ゆえに闇属性は危険。」
「……それが百四十年続いている。」
「この論理には致命的な欠陥がある。『魔族が闇属性を持つ』は真だ。でも逆は成立しない。『闇属性を持つ者が魔族』は——」
「偽だ。」セインが先に言った。「俺は人間だ。」
「そうだ。論理学の基本的な誤りだ。AならばB。でもBならばAではない。」
属性の起源に関する考察を開く。各属性の発生頻度の統計ページ。闇属性の人間への発現率——全人口の約〇・八パーセント。
「希少ではあるが、人間に闇属性が発現することは統計的に証明されている。管理指針はこの統計を無視している。」
◆ ◆ ◆
セインが長い沈黙の中で、テーブルを見ていた。
「……分かっていた。頭では。でも証明の仕方が分からなかった。」
「今日調べた内容で、論理的な反証は組める。管理指針の根拠条文は、生成機構の差異を無視した誤った類推に基づいている。統計的にも闇属性の人間への発現は実証されている。」
「それを学院に持っていっても——」
「今は動かないかもしれない。でも証明は証明だ。」
第七話と同じ言葉だった。セインも気づいたようで、少し表情が変わった。
「……お前は何度でも同じことを言うんだな。」
「正しいから言う。回数は関係ない。」
◆ ◆ ◆
本を閉じた。
セインがノートを指さした。「それ、貸してくれるか。」
「写す時間があるなら今写せ。貸すつもりはない。」
「……分かった。」
セインはノートを手元に引き寄せ、自分のノートに書き写し始めた。
几帳面な字だった。少し意外だった。
私は魔族研究の概論書を読み続けた。
魔族の社会構造の章。魔族にも属性の多様性があること——ただし闇属性の比率が人間より圧倒的に高いこと。
光属性の魔族は存在するが極めて稀であること。
光と闇が対立属性だという通念は、どこから来たのか。
次の調査課題が、ノートの隅に書き加えられた。
「終わった。」セインが言った。
「今日の結論を確認する。闇属性と魔族は同一ではない。管理指針の根拠は論理的に誤りだ。ただし覆すには追加の実証データが必要だ。」
「……ああ。」
二人で立ち上がった。本を棚に戻す。
「なぜ調べた。」セインが聞いた。
「間違った公理の上に建っているものは、いつか壊れる。壊れる前に、正しいものを作っておく必要がある。」
「俺のためか。」
少し考えた。
「あなたのためでもあるし、正確さのためでもある。どちらかと言えば——両方だ。」
セインは何も言わなかった。でも廊下に出た時、いつもより少し歩幅が広かった気がした。
——観察結果:セイン・ノワールは論理を受け取る。感情ではなく、証明で動く人間だ。
それは、信頼に値する性質だと思った。




