EP4 失われた14年間
こんにちは、
お読みいただき、まことにありがとうございます。
入学式の後、生徒たちは各クラスで初めてのホームルームに入る。
だが多くの生徒たちは友人と休み明けの再会に、話に花を咲かせている。
なかなか第一講堂から動かない。
辻獅堂は高校からの編入生だ。
知り合いはおらず、誰からも声を掛けられない。
独りぼっちの人間は、さっさと教室に行くしかない。
「6組 36番」の席に向かう。
入学時に指定された席順だ。
教室のいちばん後ろ、窓側。
隣の席に来たのが、セミロングのピンク髪の女子生徒、夏川美穂だった。
彼女に話しかけた獅堂。
彼女から、クラスも席順も成績順に並べられていることを聞かされる。
美穂は獅堂を睨みつけて言う。
「私と友達になりたいなら、期待には沿えない」
「なぜ?」
獅堂が聞く。
美穂が目を伏せて言う。
「私は男の人が大嫌いなの。私には関わらないで」
そのとき、始業開始のチャイムが鳴り響いた。
教壇には女子教師が立っている。
「私は富樫由美。クラスの担任です」
身長165㎝ほどで女性としては大柄。
グレーの落ち着いたスーツを着ているがプロポーションは抜群だ。
豊かなバストにくびれたウェストが服の上からでもわかる。
髪は肩までの茶髪で、ゆるくふわふわなパーマ。
メガネの奥の目は二重ぱっちりで、大人のメイクをしている。
由美が続ける。
「今日は皆さんのご家族もいらっしゃってると思います。オリエンテーションは明日にしましょう。本日はこれで解散です!」
生徒たちから喜びの歓声が上がる。
みな一斉に帰り支度を始める。
いつも間にか隣の美穂もいない。
席に座ったままなのは獅堂だけだ。
彼には今、家族がいない――。
獅堂は中学3年の秋、交通事故にあった。
通学時に3トントラックに接触され、頭を強打。
救急車で搬送された。
気が付いたときは病院のべッド。
最初に見たのは天井でクリーム色に光る照明だった。
幸い命には別状なかった。
しかし後遺症で記憶に問題が発生した。
診断の結果は「長期記憶障害」だった。
日常作業や学習結果などはそのまま身についている。
しかし自分のアイデンティティとなる家族、経歴などが思い出せない。
東京都世田谷区の国立病院。
それが自分の人生に関する最初の記憶となった。
父親はスーツ姿で短い髪をすっきり整え、さわやかな笑顔を浮かべている。
母親は柔らかい笑顔で獅堂の手を握っていてくれた。
しかし獅堂には、どちらにも見覚えがない。
これまでの生活の記憶が、すっぽりと抜け落ちている。
他人同然の家族との暮らし。
獅堂は当初、激しく混乱した。
しかしその後、両親は獅堂のために一生懸命に尽くしてくれた。
父親の職業は大手総合商社の部長である。
事業開発部門担当で海外と日本を行き来していた。
多忙の中、それでも獅堂の進路について考え、奔走してくれた。。
母親も獅堂の日常生活への復帰を手厚くフォローしてくれた。
獅堂は自宅に一番近い地元の中学校に通っていた。
記憶を失ったことで最初は学生生活も戸惑ったが、1カ月程でなんとか馴染んだ。
そのまま近くの公立高校に通うものと思っていた。
しかし両親は名門の中高一貫校への編入への道を開いてくれた。
進学もスポーツも超一流を誇る「東光学園」。
編入試験、まったく自信はなかったが、意外に問題はすんなり解けた。
やがて合格の知らせが来る。
両親は入学が決まったことを、とても喜んでくれた。
しかしその両親はもう、ここにはいない。
中3の春休み、父と母は半年の長期出張のためアメリカに渡った。
そして2人ともフィラデルフィアで消息を絶った――。
獅堂は現在、両親が残したマンションで、2人の貯金を切り崩しながら生活している。
静かなひとり暮らし。
寝る前にスクワット300、腕立て200、腹筋300、柔軟ストレッチを行う。
なぜかそれだけは体に染みついている日課だ。
朝、起きると獅堂はクローゼットからダンガリーシャツとにジーンズを取り出す。
翌日からは通常授業が始まる。
チャムスのバッグに、スタンスミスの白いスニーカー。
今日も無難な普段着をチョイスする。
昨日の入学式、獅堂にも家族がいれば、スーツを勧めてくれたかもしれない。
だが我が道を行く獅堂は、普段着で問題ないと思っていた。
結果、ジーンズの獅堂は逆に悪目立ちしてしまった。
〈今日は失敗しないようにしないと〉
満員の通学電車、今日も事件は起きた。
六等星駅への到着前アナウンスが流れた直後、女性の大きな声が響いた。
「あんた、次の駅で降りなさい!」
黒髪でクールな美人だ。
チャイナ風の青のニット服にタイトなミニスカート。
目の前の男の手首を捕まえ、関節を極めて背中に絞り上げている。
男は小太りなネクタイ姿の中年だ。
そのすぐ前方ではセーラー服の女子学生が泣きべそをかいている。
ドアが開くと、黒髪美女は男を引っ張り、駅員に向かって声を上げる。
「この男、痴漢! 女の子のお尻触ってた!! 女の敵よ!!!」
日本語の発音はやや不自然。
すっきりした瞳と、高貴さを感じる鼻筋、小さく整った白桃色の唇。
アジア系の女性なのかもしれない。
おそらく中国系か。
身長は162㎝ほどだ。
彼女は泣いている女子高生にも声をかける。
「あなたも降りな」
女子高生がうなずく。
彼女が駅員に説明する。
「そこで泣いてる女の子が被害者。コイツは抵抗できない子を痴漢してたの」
そう言うと、彼女はさっさとその場を立ち去る。
駅員は慌てて、
「待ってください。もっと事情を聞かないと…」
と追いかけるが、彼女の姿はもう人混みの中に消えてしまっていた。
引き続きよろしくお願いします!




