EP10 工作員
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4月13日、事件が起きた。
朝の教室、夏川美穂が松葉づえをついて入ってきたのだ。
左足に痛々しいギブスを付けている。
クラス中が、彼女のもとに駆け寄る。
委員長の緑川綾乃がたずねる。
「夏川さん、どうしたの?」
美穂が頭をかきつつ、笑顔を作りながら答える。
「昨日、ハードルで転んじゃって。ケガしちゃったの。ドジだね」
綾乃が言う。
「何を言ってるの。インターハイ予選も近いじゃない」
美穂が言う。
「ああ、それ、もう無理。間に合わないから」
綾乃の目には涙が浮かんでいる。
取り囲む女生徒たちの間から、すすり泣きも聞こえる。
男子生徒たちもみな、深刻な顔だ。
美穂はそれでも、
「みんな、大丈夫だから。秋の新人戦で復活するから」
と笑顔を崩さない。
そして松葉杖を使いながら、辻獅堂の隣の席につく。
2人の目が合う。
美穂が言う。
「あ、私、平気だから、気にしないでね」
獅堂は何も言わずに立ち上がる。
美穂が松葉杖を机に立てかけるのを手伝う。
椅子を引き、美穂を座らせる。
そして小声でつぶやく。
「無理すんな」
美穂は腰かける。
鼻をすする声が聞こえる。
獅堂が美穂を見ると、その目には涙が浮かんでいる。
美穂はそっと袖でほおをぬぐうと、ニッと笑顔を見せた。
獅堂は思わず苦笑いを浮かべる。
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獅堂はその前日の4月12日、陸上トラックの近くで見慣れない人物を目撃していた。
どこの学校の部活ともとれそうなジャージ姿。
ウォーミングアップのようにストレッチやジョギングをしている。
自然に運動部員の群れに紛れ込んでいるが、どこの運動部員とも会話をしていない。
鋭い視線であたりを観察している。
何かをうかがっているように。
獅堂は放課後の教室に戻り、その様子をオペラグラスで観察する。
美穂のハードル練習が始まった。
110メートルのコースに10台のハードルが並んでいる。
インターバルを開けながら、そこを何本も走っていく。
時間は4時を回り、少し薄暗くなってきた。
指定ジャージ姿の男がサッカーボールを手にしている。
そして後方のハードルに向かって転がす。
美穂は休憩時間でドリンクを飲んでいる。
サッカーボールはハードルに当たって止まる。
男は遠慮がちにそれを取りに小走りで向かう。
ボールを左手で拾う。
一方で空いた右手がハードルに触れている。
その高さを10cm上げている。
そして戻ろうとするときに、両手でハードルの感覚を狭めている。
その直後、休憩明けの美穂がハードル練習を始める。
ハイスピードで疾走する美穂。
大きな金属音と共に、美穂が転げまわって倒れる。
緊急事態にすぐさま集まって来る陸上部員。
やがて救急車が呼ばれた。
見慣れない男は姿を消していた。
獅堂は、たった一人の放課後の教室で、大きく息を吸って、そして吐いた。
「ああ~、やっかいだ!」
大きな声で、独り言を叫ぶ――。
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