第8話 希望の翼
「全部、時間稼ぎだったんだ……」
もてあそばれていた。
ガーディスがこれだけ大量にいるのに数体づつしか現れないのも、奴らが連携攻撃してこないのも、私たちを適度に追い込むためだったのだ。
希望が潰えようとしている。
襲い来るガーディスを打ち倒しつつ空中で組み合ったまま動かないエルドとレイドの姿が見えたときは二人とも希望を抱いていた。
呼びかけに応えないが、それは彼らがその自我をコッグガーディスの汚染に抗うために封じているからだと思っていた。
初めてだった。
その「声」を聞いたのは。
旋律ではない。おぞましいほどの不協和音。
その振動波は『明確な悪意』そのものであり、まさに背筋が凍るようだった。
「深淵のボルガレア……」
クレスの表情から血の気が引いていた。
彼女の手を握り支えようとしたが私自身も恐怖に負けそうだった。
「まだこの星系にいたなんて」
「大丈夫、クレス。今は一人じゃないでしょ」
「でも、あれは……、ありえません、そんな、数百万年もこの星系に留まっていたなんて……」
ボルガレアと呼ばれたそれは、クリスタライン達にとってなすすべもないほどの「恐怖」でしかなかった。
星海を巡り、惑星に息づく生命を慈しむクリスタラインたちは、最初は星系そのものを覆うガス雲に意志があるなどとは考えてもいなかった。
それは、知生体と同様の倫理観を持つことはなかったし、その存在から見れば微細な生命を意識する次元でもなかったはずだった。
だが、それは意識を持ち、惑星とそこに息づく者に興味を示した。
その姿と存在を数億年かけて変化させ「物質」と同レベルに達した。
たまたまそれが構成された要素が鉱質であったこともクリスタライン達にとって不幸だったのかもしれない。
星系内部を扁平軌道で回遊する彗星に擬態したそれは、その星系を十分に観察したのち、全てを貪った。
枯れた星々を残し、それはまた別の星系へと移動する。
星を巡るクリスタライン達は、明らかに寿命に達していない星が枯れている事を発見し、その存在を突き止めた。
しかしそれが存在することを確認したものの、何に擬態しているのかまでは突き止められずにいた。
そのために、彼らが「育てた」星が「喰われる」まで気づくことがなかった。
「ボルガレアは彗星に擬態して、それこそ何万年も観察を続けます。そうして育った生命を星ごと貪ります」
レイドに取り憑いているコッグガーディスでさえボルガレアの飛沫でしかなかった。
生命体の倫理観を持たない存在が知生体と同様の知識と関心を得て、道楽のように生態系に介入し破滅をもたらす。
クレスが自分を怯えさせないように言葉を選んでいるのだということが分かった。
自身の絶望と戦いながらもこちらを気遣っている。
クレスの手を握る。
「大丈夫、一人じゃないのだから」自分に言い聞かせるように同じ言葉を繰り返す。
自信なんてないし、事の重大さも私はわかっていないのだと思う。
だけど今は励ましあうしかない。
絶望してはいけない。
一人じゃないことが武器なんだ。
「すべては道楽なんです、その気になればボルガレアは息一つする感覚で星系を消せます」
「それなら、その瞬間まで希望で満たしていればいい。私はあきらめる自分に戻りたくない」
クレスの震えは止まらなかった。
それでもクレスは戦意を喪失しているわけではなかった。
手段が見えないことに焦燥してはいるが、握った手はしっかりと握り返してくれている。
何万年もの孤独が彼女を恐ろしいほどに強く育てていた。
「ボルガレアがこの星に来る前にできる事をしましょう」
まず、コッグガーディスの目的は航海石を発動させること。
奴らはそれを発動させることができないために私たちを追い込んで、灯を入れさせようとしている。
航海石が奴らにとってどのような効果を現すのか判らないが、その手に渡してはいけない。
航海石はヴェルのエンジンのようなものであるが、今の戦いに於いて使い道は見当たらなかった。
それよりも月鯨の結晶石が武器になる。
無数のガーディスを打ち、霧を払い、レイドとエルドのもとに近づくことができた時も、次に打つべき手は思いつかなかった。
ただ、呼びかけるしかない。できる事はこれだけだ。
「始めよう!クレス!」
「はい!」
『キセキの化石』
踵 減り気味 並べたシューズ
ごめんね 今日はお気に入り2番目
降水確率 ぐんと高め 意気消沈?
この日のためスタンバイした
キミと目線 揃えるためのヒール
残念無念 お留守番
勇気の出番 また今度かな
水たまり 重なる波紋のように
そっと 指絡ませた
今日の精一杯は 明日のスタートライン
雨露 払え 春の華
雷雲 飛ばせ 夏の凪
乾風 越えて 実れ秋
雪風 散らせ 冬の陽
巡る季節 一年前と 同じじゃないよ
ココロ 踊る 並木道
刻むステップ 四季折々
また違う 景色 共に見て
ゆこう まだ見ぬ 地平線
私の足跡 ミライに残れば
明日の先は 世界遺産
キセキの化石 運命博物館
前売チケット
好評発売中かな
トビウオのようなフォルムをしたリィンクレスティアは、その翼のたる胸鰭を振動させ、旋律を放ち七色に輝かせた。
光の軌跡がエルドとレイドを包み込む。
「わたし、鈴音さんの旋律、好きです。でも」
「ごめんね、寂しさ滲みが出てしまうのね。落ち込みやすいのは根っからの性分なんだ」
「鈴音さんの旋律が、私のアルメジスティアムに同調して、私を目覚めさせたんです。そしてずっと聴いていました」
そうだったんだ。
私がイサナ灯台で月のハモニカの調律を始めた日から、イサナの月鯨石はその振動波を月のヴェルアルテに届けていた。
それがクレスを目覚めさせた。
目覚めたクレスは真っ先にレイドの身を案じた。
そのままなら、緩やかにレイドは回復しているはずだった。
「私が軽率なあまり、ボルガレア彗星を呼んでしまったようです」
私の旋律を受けたクレスは、ヴェルイサナの私にコンタクトを取ろう発振した。
それがボルガレアを呼び寄せることになったのだろう。
ボルガレアはレイドに浸透したコッグガーディスを活性化させた。
かつてレイドが破壊したガーディスの破片は、地球周回軌道を漂う小さな小惑星になっていた。
再活性するはずがのないそれがボルガレアの意思を受け蘇った。
そして目指した。航海石を求め、イサナへと。
「それが、あの日……」
「レイドの自我は眠ったまま、コッグガーディスの汚染を抑え込んでいました、それまでは」
ボルガレアの影響下に入り、汚染が急速に拡大した。
ついにはレイド自身の封印が解かれ、コッグガーディスに支配された。
「すぐにレイドを追いましたが、ヴェルアルテに残された小舟ではここまで来るのに時間がかかってしまいました」
そして私たちは出会った。
「鈴音さんの旋律が水先案内をしてくださいました」
「良くも悪くも、ね、私はあいつらまで呼んでしまった」
何も知らずに石を奏で続けたばかりに。
「でも」「私たちは、出逢えた」
悲しい過去も、偶然も、受け入れがたいほどの苦痛も、ここまで生きてきた証。
二人で奏でた旋律は、それぞれの抱えた想いを解き放った。
手を取り合えた、その温かさと喜びを、伝えたい相手がいる。今の私たちの原動力だ。
「いい加減、目を覚ましてほしいものね」
リィンクレスティアは2体の周囲を回り続け、旋律と光の軌跡で包み込んでいた。
「クレスさ、相手の寝坊はどれくらいまで許せる?」
「基本的に許しませんね、わりとシビアですから」
「気が合うね」
「はい!」
そしてそれは訪れた。
悪い方に。
先に動いたのはレイドだった。
黒曜の武士は全身のヒビを赤く血走るように発光させ、その身を震わせた。
組み合ったまま微動だにしなかったエルドを引きはがす。
未だ意識を回復しないエルドはそのまま落下した。
「星琉!」
「行ってください!鈴音さん!」
頷いてクレスの頭を抱いた。
「シフォン、行くよ!」
高い鳴き声とともにリィンクレスティアからシフォンが分離し、落下するエルドに向かって飛んだ。
「メレちゃん、しばらくご一緒願いますね!」
メレの張るフィールドは霧を裂きながら進み、リィンクレスティアはレイドに体当たりした。
「間に合わない!」
シフォンはエルドの背に取りついた。
「目ぇ覚ましなさいよ!」
メレのフィールドがない以上、限界がある。
無理やりでも動いてもらうしかない。
「シンクライド!ブレイブハーツ!」
落下しながらもシフォンからエルドの体内に乗り込めた。
その瞬間、目の前に地表が迫った。
減速してはいたものの、その衝撃で月森の遺跡は粉々に砕け散った。
周囲の状況に対して自身にダメージが少ないことに驚く。
「眠っていても私を守ろうだなんてね」
エルドの身体はどうだろうか。
白磁の巨体を気遣うように恐る恐る探った。
「ずいぶん乱暴な起こし方をする、姫のパートナーは苦労しそうだな」
「エルド!」
「姫君はご機嫌麗しゅうないと見えるが」
「ばか!」
また、勇者と繋がれた。抑えていた涙が一斉にあふれてしまった。
クレスに笑われてしまう。
「言いたい事たくさんあるけど、急いでいるの、エルド、動いて」
「人使いが荒いな」
そうだ、クレスのもとに行かなきゃ!
「シフォン、飛べるよね」
シフォンもエルドもダメージは少ないようだった。
周囲の砕けた遺跡を見る。
どうせ規制法とかKAGUYAの根回しとかで周辺に人はいなかっただろう。被害は無いはずだ。
砕け散った月森遺跡の月鯨石はすでに砂岩化しており、もはや遺跡は跡形もなかった。
武器になりそうな月鯨石はすべて粉砕されてしまったか。
だがその中にまだ光を宿した石があった。
「航海石!」
大丈夫だ、壊れていない。そして2つある。
月森遺跡が壊れた以上、その使い道をライブラリから引き出せない。
いや、エルドのライブラリがある。
「すまない、真っ先に感染したが故、全てのライブラリを捨てた」
あっさりとエルドは言った。
エルドはコッグガーディスを取り込んでいたはずなのに、自我を維持している。
自身の月鯨石のライブラリに汚染を誘導し封じ込めたからだった。
過去のエルドから受け継いだ知識はすべて切り捨ててしまった。
「もう、戦えないの?」
「姫と過ごした日々は残されている、それに」
「それに?」
「鈴音の笑顔を取り戻したい。今、そう再設定した」
「馬鹿なこと言わないで! ……でも、それだけあれば十分ね」
あれ?なんだろう、この安心感は。
絶体絶命なのに。
エルドから降りて、航海石を拾い上げた。
傷一つないそれはまるで今磨き上げたばかりのように輝いていた。
「灯が入っているってこと?」
これ、月鯨石とはまるで別物だ。
直接手に触れたそれから、私に情報が流れ込んだ。
「そうだったんだ」
その情報量に圧倒されたが、何よりもそれを扱うこと自体が武器になるかもしれないと自信を得た。
「姫?」
「うん、大丈夫! 行こう! クレスが待っている!」
あらためて白磁の騎士を見上げる。
威風堂々、力強く頼もしい相棒、そして慈愛のような優しさも備えている。
その名は勇者エルド。
クリスタライザーの記録も無くした。
星琉の記憶も持たない。
だが、私にとってかけがえのない存在。
いつも一緒だった。
ここまで共にやってきたのだ。
これからだって一緒に行ける。
手を取り合おう。
差し出した手は白磁の巨体から伸びるしなやかで力強い腕に触れた。
「このサイズじゃ、握手なんて無理だけど」
「イサナを戦場にすることになります」
短い通話で黒羽さんにそれだけ伝えた。
あの人なら後はうまくやってくれるだろう。
「まさにウイルスだ。ライブラリに誘導したら戦闘データなんて真っ先に食いついた。それとクリスタライザーの構造データも食い尽くされた。時間稼ぎはできたが、おかげでこれ以上破損したら自己修復できなくなったがな」
無茶しすぎだ。
自分自身でなくなる可能性だってあるのに。
「馬鹿な真似はこれっきりにしてほしいけど」
お互い、これからもっと無茶をするのだ。
でも、信じていられる。
リィンクレスティアの翼は、レイドの豪腕により引き裂かれていた。
「まだ、落ちるわけにはいきません!」
メレのフィールドはかろうじて霧の干渉をクレスに与えない程度に維持されていたが、もはや時間の問題だった。
一陣の閃光が旋律とともに霧を晴らした。
「遅くなってごめん、クレス! 無事だよね」
「危なかったですけど、大丈夫です!メレちゃんが頑張ってくれました」
よかった、この子は希望を捨てていない。本当に頼もしいほどに強い子だ。
私達はまだ戦える。
「メレ!クレスとこっちへ!」
メレはクレスをフィールドで包み、リィンクレスティアから離脱した。
レイドの腕の中でリィンクレスティアが爆散する。
月鯨石の爆煙により、一時的にレイドの動きを止める事ができた。
「クレスごめん、レイドの事はあとで、今はイサナへ!」
目指すはイサナ灯台だ。
あそこなら戦う条件が揃っている。
「姫にとっては、子供の頃からの思い出の地だが、良いのか? 戦いの場になれば先程の遺跡のようにただでは済むまい」
「みんな終わっちゃうよりましでしょ? それに、信じているから、いつものあの街に帰れるってさ!」
「我らの希望は」
「捨てない」
「はい!」
3人の想いが合わさった。
シフォンとメレも呼応するように鳴いた。
『夢現航海図』
昨日の一歩は 見えない
だって前しか 見ていないから
明日の一歩も 見えない
だって今しか 見えていないから
今日さえ 何があるか なんて
地図アプリにも 載ってない NOT FOUND
かすれた標識 ミギヒダリどっちも Unknown
慌てて 検索したって 圏外 残念
途方に暮れる 日が暮れる
いま 僕の可能性 アテニシテイイ?
直感? 六感? 瞬間?
保証ないけど ヒタスラ 直進
好きを携え ひたむき 純情
かかとそろえ 耳を澄ませて
鼓動 数え 1 2 3!
ほら キミそっくりの 女神がウェルカム
大好き笑顔 星纏う 羅針盤
喜望峰さえ 越えて ススメ
夢現航海図 上書き 更新中
◇第8話 希望の翼・おわり◇
第9話に続きます




