第5話 月の使者
ちひろさんにはエルドのことは話さなかった。
別に秘密にしようとか、そういうつもりもなかったし、現実離れした話で信じてもらえないとか、そういうことも考えていなかった。
ちひろさんといる間はエルドも沈黙していた。
そういえばちひろさんも山城さんも、あの日のことには一切触れない。
私を気遣っているのだということはわかる。
星琉の名前さえ誰も口にしなかった。
みんなの、全ての行動がわたしを悲しませないようにしているのが痛いほどわかった。
イサナ灯台の崩落事故、当日、函月市内ではオーロラが見られたとか噂が広がっている。
実際にネットには、市民投稿動画で湾内の空が七色に変化している様子がアップされていた。
公共の定点カメラの映像も公開されていたが、あきらかに意図的に解像度が下げられていた。
ガーディスとエルドが映っていてもおかしくないのに、そんな映像は一つもなかった。
誰かがあの日のことを知っていたとして、事実は変わらないのだ。
月鯨石が起こした現象なら一過性の話題にすら上がらない可能性がある。
隠したい誰かがいる。
そういう目的を持った人がいるのだろうが別にどうでもいいことだった。
ガーディスが活動している可能性がある。
ちひろさんと山城さんに送り届けられた後、エルドが切り出した。
そもそもあの石像=ガーディスは単体での活動を行うのではなく何かの指示を受け行動するのだとか。
一体だけ残っていたという状況は不自然なんだと。
そして霧月市の遺跡でエルドは何もしていないわけではなかった。
遺跡とリンクし情報を得ていた。
霧月市の遺跡からさらに近隣の遺跡にリンクができた。
そのネットワークとセンサーを利用して、わずかながらガーディスのコア、ガーディスクリスタルの反応を拾ったと。
「そもそもあれの目的は何だったの?」
あの日はイサナ灯台を意図的に破壊しているように見えた。
「我々の排除か、我々の残した何かの回収かだろう。ガーディスは単体で意思を持たない、指令を出しているものがいるはずだ」
「それ、敵なんだよね、あなたたちの。戦いに来たんじゃないの?過去の決着とかで」
迷惑な話だ。
「私が去ることで解決するようには思えない。奴らは月鯨石を目指してくる。」
「全部持ってどこかへいけば?」
心にもないことを言ってみる。
「数百基のヴェルを私は扱えない。残念だが」
「冗談だよ。ほんと、なんであなた一人、守り人みたいになったんだかね」
なんでだろう、エルドには遠慮なくものが言える。
まるで、あの人みたいだ。
「おとなしくしているわけ、ないよね」
もし、またあの石像が現れたら、エルドは躊躇わず戦うだろう。
私は、どうするのか。
そもそも、なんで私なんだ?
「そこ、聞いてなかった」
「私のアルメジスティアムコアは姫を守るように刻まれている」
起きたときに目の前にいただけじゃないか。
まぁありきたりですけど、目覚めさせた責任とれってことですか。
でも私にしかできないことではないのだろう。
「姫の体組成のアルメジスティアムが共振を引き起こした」
「なにそれ?わたしあなたたちの末裔?衝撃の事実?」
「いや、クリスタラインではない、姫は地球人だよ」
あ、そうか。
「アルメジスティアムって……」
月のハモニカを取り出した。
陽光に透けて薄紫のプレートが輝いている。
私は宝石加工職人。
子供の頃からおばあちゃんの工房の手伝いをしていた。
月鯨石の粉塵が体内に蓄積していたってことか。
それが今、この勇者と繋がる手段になっている。
テーブルに置かれた商店街のチラシの山に目をやった。
ここのところ、何もできなかったのでずいぶん積んでしまった。
その一番上にある催事チラシにこう書いてあった。
『世界を破壊するMUSCLE!! 豪放熱闘リンググランプリが函月ホールにやってくる!』
「職人協会通じて、すっごい武闘派の職人さん探せないかな」
「断る」
本来、ヴェルと呼ばれる月鯨遺跡は空中に浮いて大気の流れに乗り飛行船のように世界中を巡っていたそうだ。
どういう理由だか、いますべてのヴェルは地上にあるか、もしくは埋もれている。
ヴェルから発せられた微粒子状のアルメジスティアムは周辺の植物に付着し、根をネットワークにし、センサーとなっている。
またヴェルの『風洞』が作用すれば離れたヴェルへ振動波を送り通信することができる。
こうしてエルドは広範囲の情報を収集することができた。
だが、ガーディスを見つけることができなかった。
やはり、もういないんじゃないのか?
「あれで終わったんじゃないの?」
終わった、そうだ、終わったんだよね。
終わったからと言って忘れもしないし気持ちを区切る事さえできやしない。
また曇ってしまった。
「残念だが」
終わっていない、エルドは私の弱気を否定した。
彼は一時もあきらめもしなければ、可能性を捨てていなかった。
調べ尽くして結論を出した。
「月だ」
月にいる、敵が。仇が。
行って、やっつける?
「残念だが、今、飛べるヴェルはない」
向こうから来るのを待つ、対処法しかないってことか。
そして、程なく訪れた。覚悟を決める時が。
あの漆黒の瞳を思い出すたびに気持ちがこわばっていたがそれも考えないようにしていた。
解決はしないのに。
「ヴェルイサナの航海石を囮に発振してみたが読み通りだった」
イサナ灯台の中にある航海石の信号を目指して、ガーディスが来るのだという。
「改めて問う、姫」
「自分で決めた、それだけだよ」
怖いに決まっている。そんな気持ちじゃエルドの力になれないかもしれない。
でも、いますべきことなんだと思う。
誰かの力になるとかそういうことじゃない。
仇討ちとかそういうことでもないのかもしれない。
立ち向かって、抗って、生き抜かなければいけないんだろう。
星琉の想いが途絶えたのなら、継げずとも、いま私が生きなきゃいけない。その先の事はまだ考えられないが。
イサナ灯台へ向かうのはあの日以来だった。
「降りてくる前に迎え撃つの?」
「空中戦は苦手か?」
「わたし飛べないし」
シフォンとメレが私の周りをくるくると回った。
私の作ったペンダントでイルカの形をしている。
月鯨石を使っているため、エルドが自立プログラムをインストールしたのだ。
どんな原理だか、エルドのように大きさを変える事もできる。
「そりゃわかるけどさ、あなたたちに乗って空飛んだら目立つでしょ」
「アルメジスティアムに光学迷彩機能を搭載した、姫ごと人には見えなくできる」
誰かに見られたら、それこそファンタジーだ。
光るイルカに乗って空を飛ぶ少女だなんて。
いま私は大きくなったメレにまたがって函月市の上空にいる。
ものすごい速度なのに空気抵抗は全く感じない。
そういう原理なのだろうが聞いたところでお茶受けにもならない単語と理屈が並ぶだけだろう。
イサナ灯台のはるか上空でメレとシフォンは停止した。
月を見上げる。
あそこから、またあれが来るのか。
戦えるの?わたし。
上空から黒い霧を伴なった赤い点が降りて来た。
3体だ。
聞いてない。
1対3ですか?
「こっち来る前にさ、あれ撃てばいいんじゃない? 『砕結晶弾』」
「チャージと到達時間に相違がある」
「つまり?」
「間に合わない」
エルドが言い切る前にわたしたちは黒い霧に囲まれていた。
向こうも最初からこちらを認識していたようだ。
赤黒い錆付いた岩肌のような巨人が3体、こちらを囲んでいる。
「あいつらの目的はイサナの航海石なんだよね? こっちで立ち止まったんなら好都合じゃない?」
巨人の発する闇に覆われた。
あの日と同じだ。
またあの恐怖に飲まれるわけにはいかない。
立ち向かうんだ。風深鈴音16歳。
覚悟? 開き直り? 復讐心?
なんだろうね?
「この歳で大学出てさ、お店継いでさ、自信満々だったわけじゃないけどさ、いろんな経験してさ、星琉と出逢ってさ、そのあと全部投げ出したいと思ったりもしてさ、それでもお腹は空くしさ、毎日歩んできてさ!」
見下ろせば函月の街並みが小さく見えた。
生まれ育った美しい港街だ。
この小さな世界で16年間笑ったり泣いたりしてきたんだ。
あの人とも出逢えた、わたしの街……。
「私、この街大好きなんだよね!」
シフォンとメレが応えるように鳴いた。
「それ、部外者に好きにさせたくないんだよね!」
ペンダントが輝いた。
「私の小さな幸せを、かえしなさいよっ!」
まけるもんか。
「そろそろ決め台詞じゃない? 結晶勇者エルド!」
「姫の御心のままに!」
「勇者召臨!」
私の言葉に呼応し、ペンダントが輝きを放ち、巨大な白磁の騎士・結晶勇者エルドが現れた。
街から見たら、それは星が瞬いたか、航空機が夕日を反射した程度に見えただろう。
シフォンとメレの張ったフィールドは爆発音さえも吸収し、爆散した破片を一点に集めた。
「中枢のガーディスクリスタルさえ粉砕すればよかったのだがな、これでは彼らのメモリーを覗き情報を得る事もできない」
エルドは粉々に砕かれた巨人の破片を見てつぶやいた。
「これ、月の石だよね? うちで扱えないかな?」
「したたかだな」
「冗談。メレ、シフォン、捨てていこう」
ゆっくり降下して、その粉砕された破片を海に沈めた。
翌朝、また夢を見た。
慣れるわけがない。
これから一生、私の枕は涙で湿ったままなのだろう。
夢の中で、星琉の声が聞こえた。
ずっと聞いていたい。
けれど意識を集中すれば、逆に目覚めてしまうだろう。
希望を踏みにじるように朝陽が瞼にさしこむ。
まだ目は開けていないが目覚めているはずだった。
なのに聞こえ続けた。
あの人の声だけじゃなかった。
いや、いつもの夢と違う。
あの日だ。
間違いない。
駄目だ、この夢だけは見てはいけない。
忘れられないのに、ずっと思い出すことを避けていた。
深い傷跡だ。
『止めなきゃ』
『鈴音、何言ってるの』
『ちひろさん、前に言いましたよね、月鯨石は怖いことに使えるって』
『でもあれは月鯨石じゃないだろ?」
『槐多、ちひろ、鈴音は月鯨石を誰よりも知っている、彼女の言うようにさせてくれ』
『ありがとう。星琉』
だめだ、見てはいけない。
私の記憶、これ以上思い出さないで!
私、目を覚まして!
叫びとともに飛び起きた。
そして驚愕した。
確かに私の部屋だ。
だが目の前に、それは繰り広げられていた。
エルドの宿るペンダントからビジョンが発せられ部屋全体を覆っていた。
あの日の光景が。
「やめて!エルド! なにをしてるの!」
悪趣味にもほどがある。
エルドに答えはなかった。
シフォンとメレまで沈黙している。
エルドをつかんだ。
床に叩きつけようとした。
が、できなかった。
膝から床に崩れ折れた。
自分の嗚咽にむせ返った。
おねがい、やめて。
なんで応えてくれないの?いつも優しく気遣ってくれるのに。
あの日の私の記憶を受け止めたからだろうか?
星琉への想いが強かったから?
だが、違った。
私の記憶じゃない。
そこに投影されたそれには、私が映っている。
山城さんも、ちひろさんも。
『鈴音!』
その手は月のハモニカを拾い上げ、私に投げた。
その瞬間、大きな崩壊音とともに闇が襲う。
そして静寂。
それは声ではなく思考での会話なのだろう。
「ガーディスを検知した。最優先事項を変更する」
「遺跡、騎士の像、本当なんだな、宇宙由来説。おまえは?遺跡を守る騎士か?」
「ここにあるのはクリスタライザーのボディに過ぎない。セキュリティとして遺した」
「答えてくれている。おまえ、見るからに力を貸せそうだよな!」
「君のその体では時間に限りがある、君に私の体を与える。本来の私はすでにここにはいない、君の思うままに使うが良い」
星琉の体は崩れ落ちた石に挟まれていた。
その目の前にエルドがいる。
「ああ、まだ生きてるのが不思議なくらいだ、もう痛みもねぇよ」
息も絶え絶えに星琉は前進をしようと這い続けた。
やめて!星琉!死んじゃう!
涙があふれだす。
「交渉成立だな、自己紹介と行こうか、俺は御影星琉」
「わが名はエルド、クリスタライザー。 地球人、一刻を争う、あとはライブラリを参照すればいい。この身体も力も、我ら一族の記録も、君に与えよう」
「あいつを助けたい!あんたの体、借りるぞ!」
言い切る前に星琉は力尽きていた。
自分の嗚咽に呼吸さえできないほどの苦しみを覚えたが、それ以上に胸が張り裂けそうだった。
星琉が、私を助けた。
エルドが、星琉なんだ。
なくしたと思っていたのに。
ずっと一緒にいた。
エルドはまだ沈黙していた。
◇第5話 月の使者・おわり◇
★人物紹介★
☆御影 星琉・男・現時点で23歳
遺跡崩落により遺跡に封印されていた結晶勇者エルドのボディと融合。
人間としての姿を失い結晶勇者となる。
星琉としての記憶も失う代わりにクリスタライザーエルドの記憶ライブラリによって自身がクリスタライザーであると思い込む。
結晶勇者となってからは鈴音をエルドが仕えたレフィルと同様に扱い「姫」と呼び、従者的関係として鈴音を守ることが使命と考えている。
☆クリスタライザーエルド
レフィルに仕えた結晶勇者。
ヴェルイサナに旧ボディを置きレフィルと共に地球を去った。
その旧ボディが星琉と融合、ライブラリの情報量が膨大であったために、エルドの知識がそのまま星琉の記憶と人格を一時的に封じてしまっている。
☆シフォン、メレ
鈴音の創ったペンダントの一部でイルカの形をしている。
月鯨石に自立プログラムをダウンロードした。
飛行ユニットになり鈴音を乗せる。
△用語など▽
☆結晶遺跡(月鯨遺跡)
実態は過去に太陽系に飛来したクリスタライン一団が持ち込んだテラフォーミングマシンであり気象コントロールを行っていた。
特定条件下の風や音響に反応し作動する。
緩やかな気候変動により動植物の進化に貢献するように調整されている。
また知生体の争いの根源とならないよう資産価値のないものと認識させるような波長を出している。
存在は認知されても文化に影響を及ぼさない機能を備えている。
生命史記録装置の役割を持ち、微細な結晶粒を散布し、付着した植物の花粉などを通じ記録を回収する。
また結晶粒を取り込んだ生物が結晶遺跡周辺に回帰することでも記録の回収が可能。
クリスタラインは定期的に眠りから覚めこの記録を回収する。
本来は空中に浮かんでいたが降下し、いつしか地上に軟着陸し、埋もれてしまい遺跡となった。
そのため発見された地質の年代が均一でない。
遺跡自体も現在の科学では年代特定の難しい物質構成となっている。
人類史においても本来の用途で使用されたことはない。
現在地上にあるすべての遺跡は活動を休止している。
☆月鯨石
正式名称はアルメジスティアム。
☆航海石
結晶遺跡を航行させるための鉱石。
現在はすべての結晶遺跡にあるわけではない。




