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第4話 記憶と夢と



「例えば砂漠の礫の成分に多く含まれる石英、この由来はその環境次第ではあるけれども、うち何%かは月鯨石だと考えて問題ない。正確には、かつて月鯨石だった、だけど」

 砂岩化して砕けた月鯨石は石英と区別がつかなくなる。

 そもそも月鯨遺跡が世界中のどこにでもあり、それぞれの地質、そして付着物の年代特定からしても数万年から数百万年以上の幅がある。

 そして月鯨石自体も同個体でさえ部位により年代特定に幅があり、それこそ『謎』であった。

 誰もが知る存在であるのに教科書に載ることはなく、地理歴史、地学、自然地理学からも無視された。

 加工不能なその石は鉱石市場で流通することもほぼなく、かつ文化、宗教感からもほぼ興味の対象外となっていた。

 他の鉱物の扱いからすれば、そういったこと自体が不自然ではあるが、そういうことに興味を持った人間がいても、いわゆる科学とは別のアプローチでしか語られなくなっていた。

「失礼な言い方をさせてもらうと、正直、君達職人からすれば、スピリチュアルな方面からの顧客は一定数いるわけだよね、それこそオカルト的なアプローチは否定しない?」

 星琉はちょっと様子を窺うように私に問いかけた。

「否定から入る商売はあっても、拒絶の商売は伸びませんからね。誰でも朝、天気予報と占星術をやっていれば両方目に留めますよね」

「割とドライだね」

「大学では経営学専攻していましたから」

「16だよな?」

「ええ」

「話を戻そう、月鯨石の宇宙由来説」

「隕石由来といった自然科学ではなく、定期的に持ち込まれていたってことですよね。こちらこそ失礼な言い方をすれば、研究者さんらしくない理論飛躍だとは思います」

「世界各地の結晶遺跡の年代と、その時代からの気候の変化、周辺の動植物化石なんかも含め、地質学とも併せて研究されている」

「意外ですね。『歴史から無視された遺構』だとばかり思っていましたけれど」

「近年まではね。以前も言ったように、少なくとも超音波による加工方法が発見される前までは」

「たいていの職人は無口ですからね」

 一般には加工できない月鯨石だが、『職人』の間ではその加工技術は確立されていた。

 別に秘密の技術ではない。

 秘密にしたところで世界中に職人がいるのだから全員が守らなければ意味はないし。

 必要とされなかっただけだ。

 数多ある他の鉱石に存在が埋もれているに過ぎない。

「それこそ、研究者は雑食性だよ、『消された壁画と黒板リレー』なんてのまで調べる」

「意外と職人には直接聞きに来ないんですね」

「まったくだ、最短経路じゃないか。それに……」

「それに?」

 言いかけて笑ってしまった。

 以前にもこんな会話をしたっけ。

 星琉はきょとんとした。

 この人の、この不意を突かれた時に見せる表情はいつ見ても子供のようで面白い。

 私より七つも年上なのに。

「俺の言いたいこと、わかってそうだな」

「いいえ、そんなことできませんよ?」

「16歳で大学卒で、宝石加工職人でお店を構えていて、学者顔負けの専門知識を持っていて、おまけに魔法使いの孫ときたもんだ、何ができても驚かないぞ」

 嫌味のような言葉だが、そんなことは微塵も含まれていないのが十分にわかる笑顔だ。

「紅茶、冷めちゃいましたね、いま注ぎます」

 2杯目の紅茶を差し出した。

「あ、鈴音ちゃん、おれも」

「槐多さん? いつから喫茶店になったの? シアーシャは」

 山城さんとちひろさんの会話にまた笑ってしまった。

「鈴音さ、私と槐多さんがいることすっかり忘れていたよね」




『ユメの栞』


今日はここまで 続きは明日

幼いころの 絵本のように

淡い押し花 栞添え

ユメの絵本を 閉じることが できたなら

明日また 君に逢える 希望で起きよう

今日を期待で 過ごすだろう

なのに朝は 襲い来る

大好きなメロディさえも 無慈悲なサイレン

逃げろ 乙女の コイゴコロ

ユメの栞 覚悟の靴紐 引き締めて

ハシレ 乙女の コイゴコロ

ユメの栞 明日のワタシへ 全力バトン 

歌え 乙女の コイゴコロ

ユメの栞 未来への サプライズチケット

現実ステージ 繰り出そう




 夢だということはわかっていたし、目を開ければ苦しい現実を受け入れなければならないこともわかっていた。

 あの時に決意した勢いなんて今は維持していない。

 こんなに細かく覚えているんだから、このまま目を開かずに続きの世界に浸っていたかった。

 もっとあの人の声を聞いていたい。

 笑顔を見ていたい。

 瞼にたまった涙ごと現実を流してしまえればいいのに。

 どうせありきたりな、そして苦しい時間が待っているだけだろうと思ったし、実際そうだった。

 病院のベッドで目覚めたのがあの日から2日後だった。

 お父さんもお母さんも随分心配していた。

 ちひろさんと山城さんには何を言っていいかわからなかった。

 それでもみな大人だったし、本当に私のことを気遣ってくれていた。

 自分がいかに子供だったかということも痛感した。

 なにが だてに16歳じゃない、だ。

 ただの16歳の子供だ。

 逃げ出したかった。

 それと同時にこのまま皆のやさしさに溺れてしまいたいとも思った。

 それから3日、気持ちが落ち着くわけはなかったが、それでも平気なふりをした。

 夜が怖かったがなぜか日が暮れる前に眠りについていた。

 いや、理由はわかっていた。

 沈黙を続けていたが、あの『勇者』の仕業だ。

 悔しいが身をゆだねた。

 自分に時間が必要なことはわかっていた。

 癒えるなんて思ってもいないけど。

 4日目の朝、私から話しかけた。

「エルド、目的から話してくれないかな?」

 どうせこの『勇者』は眠りもせず、ずっと私のことを見守っていたのだろう。

 あの巨大な勇者は今、私の持つ星琉のペンダントの中にいた。

「姫の回復を待っていた」

 また『姫』か。

 勇者と姫、童話じゃあるまいし。

 ハッピーエンドでも用意されているの?


 エルドの話は対して驚きもしないものだった。

 私にとっては、あの人がいないこと以上の絶望はない。

 それは覆ることはないのだ。

 エルドはクリスタライザーと呼ばれる結晶生命体。

 そのエルドが仕えていたのがレフィルという人物。

 彼にとって『姫』だそうだ。

 レフィルはクリスタラインと呼ばれる種族。

 イメージを見せられたがまるで人間のような姿だ。

 彼らはいわゆる宇宙人という存在だ。

 正確な時間は、エルド自身が記憶の混乱を伴っているのか、測定できないのだそうだが、数百万年前に地球にやってきたという。

 クリスタライン達の目的は、地球の生命進化観測だそうだ。

 その進化の手助けに、私たちの言う月鯨石を持ち込んだ。

 それが世界中にある結晶遺跡だ。

 巨大な月鯨石は地球の各地に配されて、石はゆるやかな気候変動を促した。

 その観測を行うために、彼らは定期的に眠り、目覚めるそうだ。

 石は記録装置の役割を持つ。

 クリスタライン達が眠っている間は石が周囲の変化を記録していた。

「じゃぁ、ほかにもたくさんいるんだ?遺跡の中に?」

「いや、この時代、この星系にはもういないだろう」

 エルドは記憶を持っていないと言った。

 ただ、自身の中の結晶石ライブラリから過去の記録をダウンロードしているそうだ。

「戦いがあった」

 不意を突かれて胸が締め付けられた。

 あの漆黒の石像だ。

 星琉を奪った。

「すまない。思い出させてしまった」

「思い出したんじゃないよ、忘れていないんだから……」

 ガーディスという存在がクリスタライン達を襲撃した。

 大きな戦いになり、クリスタライン達はガーディスを退けた。

 これ以上この星系にとどまれないだろうと判断した彼らは他の星系へ旅立った。

「なんであなたは残ったの?」

「思い出せない」

 仕えるべき姫と一緒にいないという現実はあまり良いことがあったとは思えなかった。

 自分と星琉の姿に重なる。

 彼もまたつらい想いをしたのか。

「ごめんね、私が『姫』じゃなくて」

「わからないのだ、私には『記録』があるが『記憶』がない。ただ、皆が去った。間違いなく。そしてこの記録は私にとってまるで他人事のようでさえある」

「長く眠っていたからじゃないの」

「すまない。断片ごとにしかダウンロードできないのだ」

「忘れておけばいいじゃない」

 そうだ、つらいなら忘れてしまえばいい。

 でも忘れたら楽になるだろうか?

 楽しかったこともすべて無かったことにできるだろうか。

 私の中の星琉は消せるだろうか。

 それに耐えられるだろうか。

 できるわけがない。

 消すことのできない私の一部なのだから。



 もう、お店に戻ったところでするべきことはないと思っていた。

 私が眠っている間に監査が行われ、月鯨の原石は登録され加工を禁じられているはずだ。

 アトリエに立つ意味がなくなってしまった。

 それはわかっていたことだ。

 月のハモニカが私の最後の作品だったはずだ。

 すでに覚悟は決めていたじゃないか。

 いっそこのまま喫茶店でも開こうか?


「エルドはどうするの?」

 そもそもこの勇者は『生活』なんて概念があるのだろうか?

 また遺跡で眠るのか、それとも同族のいる世界へ旅立つのだろうか?

「一つだけすべきことがある、姫に協力を願いたい」

 また姫か、私はお姫様の代用品か、ひな人形じゃあるまいし。

 悪態をつきたかったがどうでもよかった。

 目的を失った今、時間はいくらでもある。


 エルドの目的は近隣の月鯨遺跡に行くことだった。

 函月のイサナ灯台は『原因不明の崩落事故』として扱われ閉鎖されていた。

 幸い、誰もいない夜間に起きたのだそうだ。

 誰がどう情報を操作したのだか興味もない。

 私にとっての事実は変わらないのだ。

 それに、私自身まだ足を運ぶことはできないだろうし。



 知ってはいたものの、実際に見て驚いた。

 本当に「ただの公園」だ。

 場所も町はずれにあり、あまり市民の憩いの場というには役立っていなさそうだ。

 霧月市の月鯨遺跡は地図上「公園」とされている。

 市のサイトを見ても「緑豊かな森林公園」と書かれているだけだった。

 月鯨石について全く触れていない。

 霧月市の公立図書館に行って町の歴史を調べてみても、月鯨石に関する記述は見当たらなかった。

 本当に歴史から無視されているんだ。

 この街の宝石加工職人でもあたってみようかとも思ったが無駄だろう。

 一日調べまわって疲労困憊だった。

 トークアプリから、何度かちひろさんのメッセージが届いていた。

 その度にごまかしていた。

 『少しだけ時間をください。私は大丈夫です。』

 通話には出ないつもりだった。

 だが、一日歩き回って疲れていたせいもあり、何度目かの呼び出しにうっかり出てしまった。

「鈴音!どこにいるの?お店にも実家にもいないし!」

 しまった、バレてる。

 霧月市にいることを白状した。

「これから帰るの?もう遅いでしょ!迎えに行くから待ってなさい!」

 まさか自転車で?


 そのまさかだった。

 待てと言われて待ってしまった。

 何よりちひろさんの声を聞いて安心してしまったし。


 駅前の喫茶店で待ち合わせていたら息を切らせたちひろさんが入ってきた。

 すごい形相だ。

 怒られる。

「お客様は1名様ですか?」

 ウェイトレスさんを無視してちひろさんがこっちに突き進んでくる。

 やばい。

 すごい怒ってる。

 なんて言おう。

 こんばんは?

 ちひろさんはヘルメットを外してウェイトレスさんに渡した。

「お水!」

「は、はい?!」

 ウェイトレスさんに渡された水を一気に飲んだ。

「抹茶ミルフィーユパフェ!」

「はいっ!?」

「それと、この子にメイプルモンブランパフェと温かいパンケーキ! 以上!」

「ご注文を繰り返させていただ……、だいた?!」

 ちひろさんは私を抱きしめた。

 え?!

 その手で私の頭を撫でた。

 温かかった。

 涙が出た。

「……パンケーキ、さっき食べました」



 その日は、ちひろさんと一緒にビジネスホテルに泊まることになった。

「16歳じゃどこも泊めてくれないでしょ」

 いや、帰るつもりだったんだけど、なんて言えない。

「槐多さん、明日車出して。 そ、お嬢様の送迎、 食事?当たり前でしょ! じゃ、よろしくね」

 ちひろさんは本当に私のことを心配してくれていた。

 そのやさしさに涙が止まらなかった。

 なんて言えばいいんだろう。

 元をたどればすべて私のせいなのだ。

「鈴音さ、そうやって抱え込むことなんてないからさ」

 ちひろさんはまた優しく私の頭を抱き込んだ。

「すみません、わたし……」

「言いたいことと、言えないこと、両方抱え込んで悩んだら、もう区別付かなくなるよね。そしたらさ、遠慮なんかしなくっていいから、全部吐き出しちゃいなよ、いつでも待ってるからさ」

 また、やさしさに助けられた。

 なんて弱いんだろう、私は。

 強くならなければ。



◇第4話 記憶と夢と・おわり◇

第5話に続きます。

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