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第3話 結晶勇者エルド

 光と旋律に身を委ね、すべてを出し切ったつもりだった。

 できるだけの事はしたはずだった。

 なのにこの不安感は何だろう?

 届いただろうか?

 彼に。

 やり遂げたはずなのに不安が達成感を覆い隠すようだ。


 目を上げる。

 旋律の余韻が夜空に残響となっていた。



 突然空気が不協和音のように震えた。

 雑音? 旋律の間違い?記録のエラー?

 違う。

 これは私が記録した旋律ではない。


 重く震わせる振動が2度3度と体を包んだ。

 私だけじゃない、星琉も、ちひろさんも山城さんもそれを感じているようだ。

 何かが大きく違う。

 函月市全体を包む空気が重低音で震えている。


 イレギュラーだ。

 発振しているのはどこ?

 イサナ灯台じゃない。

 むしろ月鯨石の発する振動でさえない。

 何が起きているの?


「鈴音!」

 想定していなかった事態に私は何をしていいのかわからなくなっていた。

 星琉が私に駆け寄る。

「石に旋律がキャンセルされた……」

 石に拒まれたなんて思いたくなかった。

 こんなことは初めてだ。

 でもそれ以外にこの不協和音のような振動の説明がつかない。

 立ち尽くす私の手を星琉がつかんだ。

「大丈夫だ、鈴音のせいじゃない」

 星琉の手は温かかった。

 私を現実に引き戻してくれる。

 星琉の手を握り返す。

 離したくない。

 いまこの手を離したら、自分がバラバラになってしまうのではないかと思えた。

 振動が高鳴りに代わり、まるでサイレンのように鳴り響いた。


 さっきまで輝いていた地表の星は光を失い沈黙していた。

 むしろ闇一色になっている。

 暗すぎる。

 世界から色が消えたようだ。

 星琉の顔を見た。

 こんなに近いのに、さっきまで見えた顔に闇が覆いかぶさっている。

 私に迷いが残っていたからなのか。


 月も、星も見えなくなっている。

 イサナ灯台はすでに光を失っていた。


 もう何も見えなかった。

 私はすべての光を失った。


「鈴音!大丈夫だ!しっかりしろ!」

 星琉の声だ。

 目の前にいるのにその姿さえ見えない。

 それでもその温もりは感じられる。

 しっかりと私の手を握り、肩を抱いていた。

 まだあった、最後の光だ。

 もう顔も見えないのに。

「持ってろ、お前なら光らせることができるんだろ」

 私の首に何かかけられた。

 手探りでそれを確かめる。

 間違いない、私の作ったペンダントだ。

 出会いの日に、星琉が買ったペンダントだ。

 月のハモニカは眠ってしまった。

 でもこのペンダントはどうだろうか。



『夜ハ僕』


夜ハ僕

君ハ朝

どんなに急いでも

追いつかない

どんなに想っても

君は 地平の 向こう側

一つになれない もどかしさ

だけど 君は言った

私達 両手つなぎ 輪になって

この星を 包んでいるのだと

夜ハ僕

君ハ朝

今日も 命の惑星 廻している

マワレ

この手に 想い乗せ

廻れ

星巡る 生命たち




 届いた!

 ペンダントに灯がともった。

「見える?」

「ああ、上出来だ!」

 星琉は決して手を放さなかった。

 彼の顔が見える。

 希望の灯だった。


 だけど、その先にありえない現実を目にした。

 星も月も消えてしまったわけではなかった。

 何かが私たちを覆うようにしているのだ。

「気づいたか、」

「うん」

「あれが原因だ」

 大きな影がそこにいた。

「人?」

 巨大な石像のようだった。もちろんここにそんなものはない。

 今そこに現れたかのようだ。

 5メートル? 10メートル?

 わからないが大木より大きな石像がイサナ灯台の横に立っている。

 どのようにして現れたのかわからない、見たこともないそれはイサナ灯台に向き合っていた。

 そしてそれは動いた。

 その巨大な手がイサナ灯台を打った。

 大きな地響きが起きた。

 2度、3度とその巨大な像は拳を灯台に突き立てた。

 だめだ、このままでは灯台が壊されてしまう。

 止めなきゃ。

「星琉、私だけじゃ無理だから、力を貸して。私を支えていて」

 正直、立っているだけでも精いっぱいだった。

 星琉が横にいなければ光をなくしたまま絶望していただろう。

「大丈夫だ」

 星琉は私の肩をしっかり抱いていた。

 月のハモニカは沈黙していたが、これに頼るしかない。

 ハモニカに息を吹き込む。

 月鯨の結晶石で造ったリードが振動する。

 大丈夫だ、ハモニカの月鯨石は生きている。

「星琉、鈴音!」

 ちひろさんと山城さんが駆け寄ってきた。

 二人とも無事だった。よかった。

「ごめんなさい、こんなことになって。」

 理由はわからない。

 でも、このままイサナ灯台が壊されてしまうわけにはいかなかった。

「止めなきゃ」

「鈴音、何言ってるの」

「ちひろさん、前に言いましたよね、月鯨石は怖いことに使えるって」

「でもあれは月鯨石じゃないだろ?」

「槐多、ちひろ、鈴音は月鯨石を誰よりも知っている、彼女の言うようにさせてくれ」

「ありがとう。星琉」

 星琉はずっと私の肩を支えていた。

 月鯨石を、こんな使い方をしたくはなかった。

 今はほかに方法が浮かばない。

 灯台に向けて、旋律を投げた。

 一瞬の静寂の後に、空気が震えた。

 灯台の壁面が私の出した音を受け止めて跳ね返したのだ。

 できる。

 音階を変えてもう一度試した。

 今度は震えた空気が、石像に向けられた。

 もう一度だ。

 灯台の壁面を振動させて振動波を石像に当てるのだ。

 何度も試す。

「効いてる」

 いつまでやればいいのかわからなかった。

 あきらめたり、止まったりするのだろうか。

 石像が止まった。

 あきらめた?いやちがった、ゆっくりとこちらに向いた。

 気づかれた。

 暗黒の影のような石像の、漆黒の瞳がこちらを見ていた。

「逃げろ!」

 石像がまた島一帯の空気を震わせた。

 衝撃に私たちは倒れる。

 倒れた時も星琉は私の肩を抱いたままだった。

 あきらめない、このあたたかさと共にある限り。

 私の肩に置かれた手を握り返した。

 もう一度試す。

 だが私の手にハモニカはなかった。

 弾き飛ばされていたのだ。

「おまえは動くな」

 星琉が駆け出した。その先に月のハモニカがある。

 私の肩を抱いた手が離れてしまった瞬間に孤独と不安が大きくのしかかった。

 だめだ、ひとりにしないで!決意が揺らぐ。

 石像が城門を叩き壊した。

 地響きと振動とともに瓦礫が周囲に散乱し砂煙が上がる。

 星琉の姿が見えなくなった。

 行かないで!

 石像が再び灯台を叩きつけた。

 灯台の壁面の一部が割れる。

 組成を崩された月鯨石は砂となり崩壊した。

「鈴音!」

 星琉の声だ!

 砂煙の中に人影が見える。

 そこからハモニカが投げられた。

 その瞬間に、灯台の壁面が大きく割れ、月鯨石が落下した。

 大きな音とともに彼の姿と、わたしにとってすべての希望を飲み込んでしまった。

「星琉!」





 目覚めたとして、そこに生きる価値を見いだせる自信はなかった。

 当然あるべきだと思われた苦しさよりも、抱擁感に違和感を覚えた。

 痛みが消えたわけではないから現実なのだということはわかる。

 目を開けるしかなかった。

 結晶石で囲まれた小さな空間にいた。

 灯台の中だろうか

 明るく、静かだった。

 この明かりは月光を増幅しているのだろうか?

 電気のような人工的な明かりではない。

 そして誰もいない。

 いや、気配のようなもの、存在感がある。

「星琉?」

 思わず名前を口にした瞬間に胸を締め付ける苦しさが込み上げてきた。

 さっきまでの、あの温もりはもう感じられない。

 自分の全身の擦り傷から、さほど時間がたっていないのだろうと思われたが、実際はどれほどの時間が経過しているのかわからなかった。

 外はどうなっているのだろうか?

 外?

 そもそもここはどこなのかもわからないのに。

 この空間には出口のようなものさえ見当たらない。

 手を伸ばせば周囲の結晶石に触れることができる。

 月鯨石だ。

 壁面全体がほのかに光を発している。

 なぜだかわからないが、自分を守ってくれているように感じた。

「あなたは、だれ?」さっきから感じる存在に問いかけた。

 結晶石の共鳴音が反響する。

「目覚めたか、姫。エルドだ」

 悪い冗談だろう。

 音声というより、直接意識に語り掛けているのだろうということは理解した。

 なんでもいい、反応があったのなら情報を引き出さねば。

 全部はっきりさせてから、全部あきらめればいい。

「ここは、どこ」ありきたりな問答を始めた。

「姫は私の中にいる」

 今度はエルドと名乗る存在の全体像が浮かんだ。

 白磁のような、結晶を散りばめた鎧姿の騎士だろうか。

 あきらかに人間ではないだろうということはわかる。

 あの石像とも違う。

「あなたが、私を助けたのね」

 答えを期待していなかった。

「目覚めた瞬間、姫が崩落に巻き込まれるところだった」

 わたしだけ、助けたんだ。

「みんなは?」

「外部状況は把握している。姫と同様の生命体が2体、崩落から逃れこの場より離れている」

ちひろさんと山城さんだろう。

「もう一人は?」

「私が目覚めたときに認識できた反応は、姫と、その2体だけだ」

「二人に、会わせて」

「いま、私はガーディスを抑え込んでいる、外へは出られない」

 エルドがガーディスと呼んだそれが、あの石像だということは理解できた。

 そもそも、あれは何なのか。

「あいつは、生き物?」

 石像が動き、襲い掛かってきた、その事実は間違いない。

 聞いたところで何もならないのもわかっていた。

 自問自答のつもりだった。

「中枢のガーディスクリスタルで動いている土人形に過ぎない。」

「あなたは、あいつを止められるの?」

「破壊エネルギーをこちらで制御できる」

「あなたは、あいつを破壊することに同意できるのね?」

「姫の御心のままに」

 姫、姫って、さっきから何を言っているんだ。

「鈴音、あなたの言う姫じゃない。

あなたは二人を巻き込まないようにできるのね?」

「心配ない、破壊半径から十分に離れている、他に生命体はいない」

「……、星琉、いないんだね……」

 わかりきってはいたのに、襲い掛かる喪失感が胸を締め付ける。

 いま、自分を突き動かしているのは何だろうか?

 この、エルドと名乗る異質の騎士は、理由はどうあれ私の味方であることは疑いようがなかった。

 この騎士はあの石像を破壊できるらしい。

「エルド、私は風深鈴音、あなたの言う姫じゃない。でもあなたは私の命令に従うのね?」

「姫を守るのが使命だ」

「二人は絶対に巻き込まないで。

……建前はこれまで! 

……もうこれ以上悲しみたくないから、傷つきたくないから、

……そしてあのひとの、星琉の仇! あいつだけは絶対に許さない!!」

 周囲の結晶石の輝きが増した。

 鈴音のペンダントが呼応する。

「私の視界を姫にリンクする」

 目の前にあの石像が現れた。

 エルドが両手で石像を抑え込んでいた。

 石像の姿に、星琉が巻き込まれた瞬間がフラッシュバックする。

 負けるもんか、

「姫の力を借りたい」

「いわれるまでもないよ、あいつは私が倒す!」

 私が? この手で? あの漆黒の石像を?

 そうだ、できるんだ、この『勇者』と一緒なら。

「動作をリンクする、主導は姫に、レフィルエルドモードを発動する。認証キーを」

「勇者召臨!シンクライドブレイブハーツ!」

 鈴音の動作がエルドとリンクした。

 石像を突き飛ばす。

 手ごたえがあった。

 私は『勇者エルド』と一体化している。

「ブレイリスティアル解放!」

「アルメジスティア・ボウガン!」

 鈴音の手の中に結晶石の弓が現れた。

 それを構える。スポーツでだって使ったことはないのに、覚えのない動作を自然に行っていた。

 そうだ、戦うんだ私は。

 向かい風、暴風、それでもいい。

 今は生き抜く、あの人に助けられた命は無駄にしない。

 石像が立ち上がり、こちらに走り寄ってきた。

 地面が振動する。

 また崩壊が起きるかもしれない。

 その前に片づける。

「砕・結・晶・弾!」

 光の矢が放たれた。

 その眩しさに、自分の目は今まで見定めていた「敵」が粉々に砕け散る瞬間を見ることができなかった。




 爆発のエネルギーは結晶石の振動波により指向性を持たせられ、渦となり上空へ突き上がっていった。

 爆発が収まると吹き上げられた細粒が雨のごとくエルドの上に降り注いだ。


 パラパラと降り注ぐ砂の音が止まり、砂塵がゆっくりと晴れていく。

 壁面を破壊されたイサナ灯台は月明かりに輝いていた。

 もと通りではないが、あの闇は掃われた。


 そして復讐の達成感もなく、ただただ喪失感と悲しみに打ちひしがれた。

「姫、生を選択したことに感謝する」

 暖かな抱擁感が自分を包みこんだが身を任せる気にはなれなかった。

「ごめん、あなたが私を慰めたい気持ちは伝わってくるけど、今は受け入れる余裕がないの、だから何も言わないで」

 ありえないほどの涙があふれだす中、言葉を途切れさせつつもそれだけ言うのが精いっぱいだった。




◇第3話 結晶勇者エルド・おわり◇




★人物紹介★


山城(やましろ) 槐多(かいた)・男・26歳

地質学者。

函月市結晶遺跡調査チームのメンバー。

星琉の親友。大柄、大食漢。

不器用だが気がよい。

直情型で、思い付きで行動するも、ちひろに釘を刺されることが多い。



☆佐伯 ちひろ(さえき ちひろ)・女・22歳

地質学専攻の学生。

槐多と同じく調査チームメンバー。

星琉や槐多の友人。

星琉と鈴音の想いを知って気遣っていた。

面倒見がよく、槐多へのツッコミ担当。



☆エルド

月鯨遺跡、イサナ灯台に眠っていた結晶生命体。


第3話『結晶勇者エルド』

読んでいただきありがとうございました。

第4話に続きます。

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