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第2話 風深 鈴音(かざみ りぃん)

挿絵(By みてみん)

『誠に申し訳ございません。

本日は都合によりお休みさせていただきます。

またのご来店を 石たちともども心よりお待ちしております。

今後とも ギャラリー・シアーシャ ~Saoirse~をよろしくお願いいたします。

     ・~Saoirse店主 風深鈴音~・ 』


 あ、曲がった。

 一日だけなんだからテープで簡単に留めるだけでいいのに何でこんなに緊張するんだ。

 この半年近くでお休みしたことは何度もあったけど、今日に限ってはどうにもうまくいかない。

 先日電池を変えたばかりの時計は止まるし、シャワー中に海外の銀行からの確認電話。

 階段の照明は切れているし、髪を乾かしていればリフォーム業者の営業電話。

 そして今しがた取引先から納品遅延メールだ。

 遅刻なんてしたことないんだけれど、私からの返信が無かったからか、ちひろさんが迎えに来てくれた。

 とはいえ約束の時間30分前なんだけど。

「本日休業、でいいじゃん、まぁそこが鈴音らしいけどね」

 ちひろさんが笑いながら私の肩をぽんっとたたいた。

「すみません、わざわざ来ていただいちゃって。」

 待ち合わせの場所からは遠くはないものの、心配してここまで来てくれたのだ、いつもながら本当に頼りになる。

「だいぶこの街も慣れて来たしね、それに先週メンテして調子いいんだ。」

 そういって乗ってきたMTBのサドルをたたいた。

「ありがとうございます、準備できました、行きましょう」

「まだなんじゃない?」ちひろさんがドアを指さして、それからその指をすっと私の胸元に持ってきた。

「カギはかけたね、でもこっちまでロックしてない?」

「いつも容赦ないですよね、ちひろさん」

「一時間前行動の鈴音がメッセージ一つよこさないんだもん、一大事だわ」そう言ってにたりと笑った。

「自分で決めたことですけど、やっぱり一人じゃ思い切れないもんですね。」

「みなまで言うな、ここは頼れる先輩に従いなさいな」

 この人には全部見透かされている。

 でもなんでかな、それが安心してしまう。

「行くぞ!告白予行演習!」

「ちひろさん、声大きい! ってか告白って!まって!!」

 大笑いしながら愛車MTBを漕ぎ出すちひろさんを追いかけた。

「そこ朝は交通量多いですから! 右です!右!」


 連休も桜の時期も終わって緑の深くなる季節ではあるけれど、午前中の海からの風はシャワーで温まった体を襟元から冷ましていく。

「『凛とした空気を浴びることで身を引き締めるつもりが、今朝あらためて固めた勇気まで冬の鎧戸の中に押し戻していくようだ』」

「ちひろさん!ナレーションしないでください!!それに!なんで覚えてるんですか、その節!」

 この人ってば私が投稿した詩を全部覚えてるんじゃないのだろうか。

「一ファンとして当然でしょ? それにあのサイト紹介したの、あたしだよ?」

「すべてお釈迦様の手の上ですか」ため息をつく。

「鈴音、ホント見た目よりずっと日本なじんでいるよね」

「私、日本国籍ですよ?」

 アイルランド人の祖母の血が濃いのか。この髪といい見た目は日本人らしくないのだけれど、生まれも育ちもこの函月市だ。

「巷じゃイーファの再来って言われているもんね」

「やめてください」

 4か月ほど前に動画サイトに投稿されたおばあちゃんの若いころの映像は瞬く間に話題を呼んだ。

 魔法のように石を共鳴させて、旋律を奏でながら月鯨の結晶石を削り出すその姿は多くの人を魅了し「旋律のイーファ」として広まり、おばあちゃんの作った宝石目当てで今もお客さんが訪れる。

 もともと鉱石価値の低い月鯨石が人に認めてもらえるのはいいのだけれど、本当に石を求めている人の手元に届き、その人を飾る力にならなければ石も輝かないのだ。

 できれば石たちは持ち主と共に輝いていてほしい。

「灯台につくまでは考え事しないで前見て!」ちひろさんにまた見抜かれてしまった。

 そうだ、今日の目的は決まっている。

 私が変わんなきゃ石も応えてくれないし、作品創りなんてできるわけがない。

 この数日のもやついた思いを切り捨てる。

 ここまで来たのは私だけの力じゃない。

 あのままだったら、今も帳簿とにらみ合うだけの惰性の毎日だっただろう。

 あの日、あの人と出逢ったから、少しだけ変われたのだ。

 そして、もう一歩踏み出す。

 おばあちゃんのお店に立っているだけが夢じゃないんだ。

 振り返るのは早いけれど、今の自分を認めてからもう一回スタートを切りたい。

 大切だと思ったから、伝えたい。わがままでも。

 伝えることはシンプルだ。

 でも簡単じゃないぞ、風深鈴音16歳!



 4か月前、順調といえば順調だけれどもお店にこもりっきりの生活をしていた私にとって、カレンダーなんて時計の延長でしかなかった。

 もともと学校では同年代の子がいなかったせいもあるけれど、経営を学んで学位をとったらあとはひたすらに趣味の石を削る事に集中する毎日だったし、それは苦ではなかった。

 それに何よりおばあちゃんのお店を継いだ重みと期待で精いっぱいだった。

 でもそれは、「新しい毎日」ではなかった。

 石を加工してアクセサリーを作るのが大好きで始めていたのに、大好きなことしかしていないのに、ふと気づいたら大きな壁があったのだ。

 技術とかそういうことじゃなかった。

 技術なら調べて学べばいい。

 私が今まで向き合わなかったことが目の前にあった。


 それこそ、なんてことはない切っ掛けだ。

 ただ一人のお客さん。

 私の作ったペンダントが初めて売れた。

 その人は初めて石を身に着けたいのだと言った。

 ありきたりではあるが、私なりにアドバイスをした。


 そのお客さんが次に訪れたとき、こう言った。

「ありがとう、このペンダントのおかげで成果があったよ」

 満面の笑みだった。

 研究の成果を発表する前に、願掛け的に私の作ったペンダントを買ってくれたのだ。

 成果を出したのはもちろんその人の功績だ。

 喜んでもらえたのは私も本当にうれしかった。

 力添えになったなんておこがましいことは思っていない。

 石が私に、人の笑顔に触れる機会を作ってくれたのだ。

 アトリエの中では見えないことだった。

 この笑顔は帳簿にはない。



『小春日和ステンドグラス』


石のレンズを磨いてみよう

拡大したり 光を集めたり

うっかりしていると熱を持ってしまう

キミとワタシの間にある石を覗いたら

大きな笑顔が届いたよ

でもね

手が届かないよ?

いつでも石の向こう

届くのは光だけ

ワタシの涙

キミの照らした 日差しではじけたよ

そうだね 小春日和ステンドグラス

カギはここにあったよ



 その客さんのお仕事が成功したのは本当にうれしかった。

 こういう笑顔をもっと見たいと思った。

 石がまた私に教えてくれた。

 大きな世界を映すレンズのように。


 それから何日か経ってからだった。

 買い出しの休憩にカフェに立ち寄った。

 仕切りの向こうの会話なんて耳を澄ませて聞くものでないことは承知している。

 ただ、どうしてもイーファの名前が出てくると反応してしまう。

 それでも聞かないようにはしているのだけれども。


 その声がとても大きかったし、仕切り壁のすぐ向こうだから嫌でも聞こえてしまった。

「星琉、旋律のイーファの宝石が手に入ったんだって?」

「山城さん、声大きい」

「正確にはイーファという作者じゃないけどね、月鯨の結晶石には違いない、それも加工されている。」

 あれ、今の声って?

 どうやら3人いるみたいだけど、2人は男性で一人は女性だ。

 まてまて、私。盗み聞きはよくないぞ。

 こんな会話なんて今となってはよくあるじゃないか。

「本当に月鯨石を加工できるなんてね、私も見るまで信じられなかった。それも民間の技術でしょ?」女性の声。

「すげぇな、星琉の読み通りじゃないか! こんな色なのか。」最初の大きな声の主だ。

「この街では月鯨石は文化に影響を与えている、少なくとも数世代にわたって。ここまで加工できるなんてのは確たる証拠だよ。」

 やっぱり、この声……。

「気象学の見地から、なんでそういう仮説が出せるんだか。尊敬するわ。そもそも宝石、買う人だっけ?」 女性の声だ。

「可能性の裏付けは地道な努力って?それともプレゼントしたい相手がいたということか?あ、すみません、ホットサンドお願いします。」

「石を買うなら宝石屋さんだろ?」

「本部には?」

「出さないよ、俺の趣味で買ったんだぞ」

「ほんとに偶然だったの?」

「それじゃおかしいか?」

 間違いなかった、あの日、私の最初のお客さんだ。

 ここでの仕事がうまくいったと聞いたけど……。

 もしかして、

 最初から月鯨石を探していたんだ。

 イーファの話題をもとに、私のお店に来たんだ。

 あの時の会話がよみがえった。

『巡り会わせに感謝しているよ、疑問が確信に変わった。明日はいい日になる』

 なんだ、そういうことだったんだ。

 アクセサリーとしての宝石が欲しかったわけじゃない。

 月鯨石が加工されている事実とサンプルが欲しかったのだ。

 きっと研究者なんだろう。

 だめだ、自分が止められなかった。

 やめろ、鈴音。自分で自分を止めようとした。

 席を立ちあがった。

 思いがけず椅子が大きな音を立てる。

 肩あたりまでの高さの仕切り板の向こうからはこちらが見えるだろう。

 椅子の音に3人組の会話が止まった。

 今のわたしはひどい顔をしていると思う。

 その3人を見ることができなかった。

 後に引けない、でもだめだ、やめてよわたし。

 下を向いたままの私。

「どんな石でも向き合えば応えてくれます。月鯨石が砂になるのは石とそういう会話をしたからです。石は持ち主の期待に応えます。でも期待しなければずっと眠っていますし光りません。何万年でも」

 目を合わせられなかった。

 あの人は驚いてこちらを見ているだろう。

「でもその石が光らないなら、ごめんなさい、製作者が未熟だからです。不良品を売りつけてごめんなさい、お代ならお返しします。それはお持ちいただいて構いません。でも、お願いです、石を、傷めないでください。」

 自分でも、理由さえわからなかった、悔しいとか悲しいとか、そういう感情は何度も経験しているのに。

 自分自身がヒステリックに泣き叫ぶ子供のように思えた。

 それなのに止められない。

 言うだけ言って逃げ出した。

 最低だ、私。


 いくら涙で前が見えなくても住み慣れた街でお店への道のりなんて簡単なはずだ。

 早くその場から逃げ出したかった。

 人通りの喧噪よりも自分の足音や動悸のほうが耳障りだった。

 ばかだ、ばかだ、ばかだ、

 自信があったのだろうか?

 最初から無理だったのだろうか?

 勉強みたいにうまくいくと思っていたのだろうか?

 そんなことさえ考えたくなかった。

 体がバランスを崩したのは袖を何かに引っ掛けたのだと思った。

「あ、ごめん!」

 倒れるという感覚さえなく視界が道路から青空に代わった。

 そこにかぶさる影。

 転ぶ瞬間に背を抱えられたようだ。

「こういうドラマや映画なら知っていますけど、」

 自分でもあきれてしまう。

 気持ちは全然落ち着かないけれど、何が起きたかくらいはわかる。

 追いかけられて腕をつかまれて倒れたのだ。

 次に出てくるセリフだってわかる、だてに16歳じゃない。

「誤解させたのなら謝るよ、だから話を聞いてほしい」

 返す言葉を探したけれど、まずは目をそらすしかなかった。

「シェイクスピア並みのテンプレートですね。」

 謝るのは私のほうなんだろう。

 時間ならいくらでもある。

 どうせこんな顔じゃお店に帰るなんてできやしないのだから。

 あとの二人が追いついたようだった。

「自己紹介はどこでする?」



 声の大きい人は山城槐多(やましろかいた)さん。声だけじゃなく体も大きい。

 女性は佐伯ちひろさん。ショートカットの快活そうな人で男性二人より若そうだ。

 そしてあのひとは御影星琉(みかげせいる)さん。会うのは何度目だったか。お礼と言ってお店を再訪して以降、何度かお昼時に顔を出すことがあった。

 私はそのたびに紅茶を振る舞った。

 そういえば名前を聞くのは初めてだった。


 3人は結晶遺跡・イサナ灯台の調査に訪れていたという。

 どこにでもあるような珍しくもない函月の遺跡に、今更調査があるなんて、とは思ったけれど、それも説明してくれた。

 この人達、たぶん守秘義務を破っている。

 噓をついているようにも見えなかった。そんな理由もないし。

 世界中にある月鯨石でできた結晶遺跡は年代が不定でありその調査が行われているとは聞いたことがある。

 月鯨石はクリスタル状で見た目は奇麗だが加工ができない。

 切り出そうとすれば砂岩化してしまうのだ。

 まれに手ごろなサイズの月鯨石が産出されるが、そのようなサイズはモース硬度が低く鉱石として利用しにくいものだった。

 だから鉱石市場には出回ることがほとんどない。

 近年になって月鯨石が超音波で加工できることが判明した。

 それは聞いたことがある。

 だからと言ってそんな技術を使ってまで加工しても採算がとれるほどに売れるような石ではないし、その話題はすぐに消えていった。

 結局この石を加工できるのは私達、一部の職人だけなのだ。

 超音波増幅、という言葉が出てきた。

 詳しくはわからないけど、月鯨石に荷電したときに起きる振動波長は特別なものらしい。

「割と単純な構造でも怖いことに使えてしまうの。ある程度の量が集まらないといけないけれど。」

 だから月鯨石の所有を管理規制しようって動きがあるのだと。

 当然ながら原石を所有していればその対象だろう。

「売れなくなってしまうんですか?」

 3人が目を見合わせた。

「憐れまなくていいです、どうせ知る事なら覚悟を決めないといけませんから、早いほうが助かります。」

 さっきは子供のように泣きじゃくっていたのに、こんな風に振る舞って信じてもらえるだろうか。

 正直聞くのは怖かった。

 星琉さんが口を開いた。

「都合の良い言い訳だと思うだろうが、言わせてほしい。信じなくてもいい。俺が君の店でこれを見つけたのは、本当に惹かれたから。これが月鯨石だと気づかなかった。」

 そもそも気象学が専門で月鯨石の研究担当ではないのだと。

「ごめんね、星琉さんが珍しいもの着けているので、私が屈折率を調べちゃったの。」

「それが話題沸騰中の旋律のイーファの月鯨石ってな。ちひろから連絡もらって俺もすっ飛んできた。」

「山城さん、だからイーファじゃなくって彼女の!」

「あ、すまん、動画のイーファそっくりなもんでつい」

「研究に使うのか聞いたらさ、星琉さん、なんて言ったと思う?」

「おい!ちひろ!」

 星琉さんが慌てた。

「『これを見ればどんなに丁寧に想いを込めて造ったかくらい、素人でもわかるよ、すんごいお宝見つけちゃった。これさ、規制なんかしたら駄目だよな』だって!」

「ちぃひぃろぉぉぉ!」

 話についていくというよりは、この3人のノリについていくのが精いっぱいだ。

 あれ?私、なんで泣いたんだっけ。



 それから4か月。

 何の接点もなかった私たちは、まるで普通の高校生がそうするように打ち解けた。

 私にとっては初めての友達かもしれない。

 まぁ3人は高校生というにははばかるような年齢なんだけど。


 しばらくして私の作品創りが行き詰った。

 理由は簡単だった。

 だけどうまくいかなかった。

 月鯨石の所有について協会から調査依頼が来たのだ。

 いよいよだと思った。

 隠すことなら簡単だと思う。

 でも隠したところで何になるだろうか?

 どちらにしろ、このままではたどりつけなくなる。

 私の目指した場所へ。


 何日も悩み続けた。


 悩んだって答えは決まっているのに。

 むしろ悩んでいる間に時間は進んでしまうのだ。


 だてに16歳じゃない、時間はある。

 でも今回は違った。

 こういう時の時計の針はいつもよりも早い。

 おばあちゃんに相談するべきだろうか?

 それも考えたが心配させるだけだと思った。

 いやむしろもう知っているのだろう。

 それでも何も言ってこないのは、あの言葉の通りなのだろう。

 「好きにやってみなさい」そう言ってお店を譲った。

 結局半年しか保たなかったのか。

 お店だけなら続けることはできるだろう。

 でもこの工房で、私が創りたいのは月鯨石だ。

 子供の頃に無限の夢を与えてくれた大切な月鯨石。

 それができなくなるのにアトリエを持つ意味はあるのだろうか。


 迷いを抱えたまま金庫の中の原石に向き合い、それこそ、その場で何度も夜を明かした。


 おばあちゃんの言葉が何度もよみがえるけど、今は重い。


 そして決断した。

 最高のものを創れなくてもいい。

 後悔残してもそれごと抱えて行くしかない。

 今できることをしよう。

 これから強くなればいい。


 だてに16歳じゃない。



 そうして思い立って、3人に私の気持ちを告げた。

 親友って言っていいのかな?


 こういう決断ができたのもあの人たちがいたからだ。

 3人とも私の思いを受け止めてくれた。

「そんなお通夜みたいな顔しないでください、こう見えて結構タフなんですから! だてに16歳じゃないです!」


 それから星琉に呼び出された。

 本当に驚いた。

 彼が持ってきたのはこぶし大ほどの月鯨石の原石だ。

 どうやって手に入れたのか聞いたけれど、はぐらかされてしまった。

 絶対に合法的じゃないと思う。

「ものすごいプレッシャーなんですけど?」

「だてに16歳じゃないなら、好きにしてみればいいじゃないか。」

「協会の通達に返信しました。来月には監査も入ります」

「タイムリミットか」

 星琉が私の肩を抱き寄せた。

 あの日逃げ出した私を追いかけて来た時のように。

 なんでだろう、人生最大のピンチなのにこんなにも温かい。

 視界が曇った。

 だめだ、このままではやさしさに溺れてしまう。

 作品まで曇ってしまう。

 今は向き合うんだ、自分と。


 創ろう、全力で。


 そして、この人に伝えよう、私の気持ちを。



 そう決断したのが3週間前。

 構想から制作までは一気に進めることができた。

 だけど今回は創るだけじゃダメなのだ。

 使うのは自分だ。

 創っただけじゃ伝わらない。

 ちひろさんはそんな私の密かな決意をさっそく見抜いてしまっていた。

 「鈴音、顔に出やすいから」だそうだ。気を付けなければ。

 そして今日は、私の作品の調整のためにイサナ灯台に向かった。

 イサナ灯台はそれ自体がまるごと月鯨の結晶石だ。

 規制法が施行されれば閉鎖されてしまうかもしれない。

 出入り自由な今、そして人が訪れることが少ない時期にしなければならなかった。




 橋を渡ってイサナ灯台を囲む城門をくぐった。

 二百年くらい前の地権者が月鯨石を祀るために築いた城砦だ。

 内側はあまり広くはないが公園になっている。

 そして真ん中に突き出した大きな三日月型の塔がイサナ灯台だ。

 地面の下にもっと大きな月鯨石が埋まっているらしい。

 湾内の小島に突き出したこの月鯨遺跡は灯台として利用され、函月市港地区のシンボル的存在だ。


 公園には人がいなかった。

 よかった。別に見られて困るものでもないのだけれど、集中しやすい。

 さぁ、始めよう。

「たぶん、一日がかりになると思いますから、飽きたら帰っていいですよ?」

「私が言うこと聞くと思うか?」

 笑ってしまった。

 月のハモニカを取り出す。

「3週間であの原石からこれを創り出すんだもんね、私から見たら本当に魔法だよ。」

「ありがとうございます、でもまだ完成していませんよ」


 本当に静かだった。

 気持ちを落ち着けることができた。

 イサナ灯台を前にして月のハモニカを奏でた。

 この月のハモニカこそ、星琉にもらった月鯨石で創った私の最後の作品だ。

 でもまだ完成じゃない。

 伝えるべき想いをしっかり込めるまでは。




 こうして何日か、同じことを繰り返した。

 順調すぎるほどに成果はある。

 イサナ灯台は私の奏でた音を吸収し、「記録」してくれた。

 然るべき時、それを開放するまで。



 隠してもたぶん無駄なのだと思うからあきらめていた。

 でも、呼び出すのをためらってしまう。

 画面とにらめっこしながら発信ボタンを押すまでに1時間くらい悩んでしまった。

「3日後、監査が入るそうです」

 仮施行された法案により、月鯨石の原石保有者は原石とともにナンバリングされ保有状況が凍結される。

 これ以上、月鯨石の加工も取り引きもできなくなる。

 加工できない原石を保有しても意味はないからと手放す職人もいるのだとか。

 自分はどうしたらよいのか。

 正直、まだ悩んでいた。

「わかった」

 短い返事だけど、全部受け止めてくれているのが痛いほどに分かった。

 あの人も私のために手を尽くしてくれたのだと思う。

 監査が一週間延びたのも、星琉が調査チームの立場を利用して根回ししてくれたのだろう。


 明日の函月市は快晴だった。

 きっと月明かりが味方になってくれるだろう。

 風深鈴音ラストステージだ。



 結局お昼過ぎまで調整に時間がかかってしまった。

 最後の2つの旋律を残して。

 これだけは本番で入れることにしている。

 みんなの、そしてあの人の前で。



 夕暮れ時になり、イサナ灯台がライトアップされた。

 公園には誰もいない。

 私たち以外。


 月鯨石が私にたくさんの力をくれたこと。

 皆に会えたこと。

 あの人に出逢えたこと。

 ここまで来れたこと。

 それを表現したい。

 拙いとかどうでもいい。

 どんな出来栄えだってそれが今の私だ。

 風深鈴音、だてに16歳じゃない。

 旋律のイーファの孫という誇りとは別に、私自身の可能性を見つけ出したい。

 そう思うようになった、教えてくれた、あの人に伝えたい。


 山城さんと、ちひろさん、そして星琉が揃った。

「俺たちだけでいいの?」山城さん。

「むしろ、私達、邪魔かもね」

 夕暮れ時のこの公園から見る湾内の風景は子供の頃から大好きだった。

「良い風ですよね、しばらく雲もなさそうですし。

もうご存知だとは思いますけど、月鯨石は月明かりに反応しやすいんです。 いい日が選べました。」

 3人とも何も言わない。


 月のハモニカを握りしめた。

 今日、最後の旋律を入れるのだ。

 その音がキーになり、今までイサナ灯台に込めた『旋律』が再生される。

 月鯨石は振動波を記録できるのだ。

 毎日記録した音を、キーになる振動波で一斉に開放する。

 石のオーケストラだ。

 このことを知るのは月鯨石を加工できる職人でも限られていると思う。

 いや、みな知っていて口外しないだけなのかもしれない。

 少なくとも私は誰からも聞いたことがない。

 子供の頃のおばあちゃんのなぞかけのような言葉から見つけ出したのだ。

『石は応えてくれる』

 それを見つけたとき、どうするべきかなんて考えなかった。

 でも今は違う、私のやるべきことに最大限使うことができるのだ。


「星琉さんさ、鈴音にちゃんと言いなよ。いい加減、見てるこっちがもどかしい」

「だまってろ」

「夕食おごってくれるって?」

「「だまってろ」」

 3人の会話は私には聞こえなかった。


 私は月のハモニカで、最後の、ひとつ前の旋律を奏でた。

 その音は可聴域を超えているので今は誰にも、何も聞こえない。

 私にさえ。


「終わりました。本番、行きます。

旋律のイーファと同じことは私にはできませんでした。

でもいま、風深鈴音としてできることをお見せします。」

 髪を結んだリボンがパタパタと耳にあたるので、それをほどいた。長い髪が余計に風に流れて邪魔になるだろうかとも思ったが、風に流していたいと思った。


 最後の旋律は可聴域に換えて奏でる。

 それが今まで石に『記憶』された旋律を一斉に開放するのだ。

 イサナ灯台は今、私だけのオーケストラになる。

 思い残すことはたくさんあるけれど、今やるべきなのはこれでいいのだと思う。


 月のハモニカを奏でる。

 最後だ。

 イサナ灯台が共鳴しているのがわかる。

 静かで淡い音色が石の記憶から「再生」された。

 間違いなく私の入れた旋律だ。

 成功だ。

 このまま続けられる。

 伝えられる。

 今はそれだけでいいんだ。

 押しつけがましい気持ちだなんて思われようが、

 相手にされなかろうが、

 今の私がここにある。


 イサナ灯台が輝く。

 いつものライトアップではない。

 旋律に共鳴して月あかりを増幅しているのだ。

 今は灯台と呼ばれているこの月鯨石でできた結晶遺跡は、何万年も、じっとこの湾にあり続け、たくさんの生命の営みを見続けていただろう。

 そんな大きな石を、ただの16歳が、ただ自分のためだけに震わせる。

 灯台は七色に、オーロラのように輝きながら塔全体で旋律を奏で続けた。

 私の立った地面の周囲が星明りのように輝きだした。

 月鯨石のかけらが組成を維持したまま無数に埋まっていたのだ。

 今まで誰にも知られずに埋まっていたその石たちが一斉に輝きだす。

 私にとってそれはエールとなった。

 夜空の星と、地表の月鯨の星々が私たちを包んだ。

 まるで宇宙に浮かんでいるようだった。




『風のリボンは未来の翼』


昨日言えないごめんがまた

日付変更線を 越えるように

深夜の雪が 音もなく

凍てつく窓を 曇らすように

ほんの小さな 不安が積もり

気づけば 大きな後悔背負って

星を失う夜空 生み出していた


人混み消えた 君の

背を探す だけだったけど

思い出小箱 開けたら

なんてたくさん

勇気 詰まっていた


僕は僕の弱さと

向き合い 戦うよ


あの日 君に 出会えたから

あきらめずに ここまで たどり着いたんだね


見えない わけじゃない

聞こえない わけじゃない

いつだって エールは

燦々と 降り注ぎ続ける


風に流したリボンは 未来の翼

髪を弾く その手伸ばし

君と共に つかみ取る 奇跡

遠く 遥か 星空越えて 舞い上がれ



◇ 第2話 風深(かざみ) 鈴音(りぃん)・おわり◇

第3話へ 続きます(全11話予定です)

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