第10話 勇者姫星リィンエルド
「クレス! クレス! お願い!返事をして!!」
イサナ灯台の地下遺構から航海石を3つ抱えて身を乗り出したクレスを、まるで猛禽類が獲物を攫うように間髪入れずに黒い霧が奪い去ったのだ。
その霧はレイドの胸の月鯨石に吸い込まれた。
「クレス!」
レイドは8つの航海石を掲げ、虚空に放った。
コッグガーディスはすでに5つ持っていたんだ。ヴェルアルテのものなのか、他の遺跡から奪ったものかもしれない。
しかも灯が入っている。
もしかしたらそれらも私が無意識に霧月市で灯を入れていたのかもしれない。
誤算だ。クレスまで捕らえられてしまった。
だが奴らが、クレスが航海石を扱えると思っているならクレスの命を奪わないはずだ。
いまは信じるしかない。
「あの子は私より強い!」
虚空に八角陣形に配されたそれは、空間をねじ曲げていった。
陣形の向こうに宇宙の深淵が広がる。
そこから巨大な暗黒の「岩」が現れた。
暗黒の巨岩はその八角陣形から完全に姿を現し、幾本もの黒い「肢」を伸ばしイサナ灯台のある小島周辺の海に根を下ろし湾を覆いつくした。
無数の「肢」は海に突き立てられその巨大な本体を支えていた。
ただ降ろされるその「肢」を避けるだけで、エルドは弾き飛ばされた。
湾に降ろされた無数の柱状の「肢」とその上に乗る巨岩は薄黒い霧を巻きながらそこに鎮座した。
「あれがボルガレアの本体か」
「呼んでもいないのに人の家に土足で上がりこむなんて、随分とマナーが悪いじゃない」
だがボルガレアに気を取られている暇はなかった。
レイドがエルドの前に立ちふさがる。
退くわけにはいかない。
背後に函月港。開港祭の真っ最中だ。
「クレスもレイドも街も、全部守る!」
たった一閃を浴びただけだった。
エルドは膝から崩れ落ちる。
奏月剣を構えようとしたがエルドの右腕は肩から切り落とされはるか後方に吹き飛ばされていた。
「エルド!」
「構うことはない! 鈴音より先にあきらめるわけにはいかぬ!」
左腕のメレのフィールドで隙を作らないようにするしかなかった。
「ねぇエルド、囮になってくれないかな?」
「鈴音がそう言うなら」
「ごめん」
「わたしとしても鈴音を無傷で守り抜けるか、いささか不安がある。すまない」
「じゃぁ、おあいこで」
「そうだな」
エルドから飛び降りた。
瓦礫に何度も躓きそうになりながらも切り落とされたエルドの腕のもとへ走る。
大丈夫だ、石は沈黙していない。
ハモニカで息を吹き込み、エルドの右腕が握ったままの奏月剣を弓に変えた。
レイドはエルドを無視し私の方へ向かって来た。
「貴様の相手はこっちだ!」立ち塞がるエルドだがまたも一撃で倒れ伏した。
「まだだ!黒曜の武士よ!」掴みかかろうにもエルドの膝は動いていない。「脚までやられたのか」
「おい!勇者! 嬢ちゃん助けたいなら、こいつ使え!!」
エルドとレイドの間に光の風が割り込んだ。
暗雲で月は隠れていたが、宙を泳ぐそれは月鯨石でできた自身の放つ輝きにより、ノコギリエイに似たそのフォルムを誇示させていた。
「生きのいい奴連れて来た!役に立たないなんて言わせないぞ!」
バイクにまたがりイサナ城砦の門の瓦礫の上に現れたのは黒羽さんだ。
背にしたギターを構えその弦を弾いた。
月鯨石製の弦が奏でた旋律を受け、巨大なエイはその体躯から振動波を放ちレイドの動きを止める。
「世界中の職人の知恵借りて造ったんだ、無駄にすんなよ!」
「ありがたい! 使わせてもらうぞ! リンクグライド、リスティウス!」
リスティウスと呼ばれたノコギリエイの巨体はエルドの体躯に一体化し長大な剣を生み出した。
そのアルメジスティアムから流れるブレイリスティアルがエルドに再び立ち上がる力を与える。
振りかざした刀身が空を裂き振動波を放つ。
レイドの体内に囚われたクレスは周囲の結晶石を調律し、ようやく彼のコアにアクセスする事ができた。
「レイド、ごめんね。私があなたをちゃんと信じていなかったばかりに」
かつて、クリスタライン達が戦った時代、船団防衛を担うレイドは船団が太陽系を去るまで戦い続けた。
「いつも一緒にいたのに、こんな時だけ私を先に行かせようだなんて、納得いかなかった」
レイドがクレスの安全を想ってのことだということは理解していた。
それでも力を合わせて越えたかった。
何度呼び掛けてもレイドに応えはなかった。
クレスは彼の深奥に存在するコアを優しく抱いた。
確かに彼の温かさがそこにあった。ここはまだ汚染されていない。
「何万年ぶりだろうね。ごめんね。全部私のせいだった。もう離れないから」
私に航海石は使えなくても鈴音さんには扱える、そしてイサナのアルメジスティアムは生きている。
条件は十分だ。
コッグガーディスにとって異物であるクレスを、黒い霧が包もうとしていた。
クレスは自身の持つフルート「計都星の笛」を奏でる。
私のなすべきことを果たす。
そうだ、いま、すべてがうまくいく。
信じているから、鈴音さんを。
そしてレイドを。
この星に遺され、生命たちを育んだ石たちは、その進化の記憶を携え、石自身も進化を続けている。
命と共存した石たちは必ず応えてくれる。
イサナのアルメジスティアムにはその手ごたえがあった。
いまこの手にある航海石は2つ。失敗はできない。
「ちょっと出直してきてほしいのよね。ここはあなたの宇宙じゃないの」上空のボルガレアを見据える。
暗黒の巨岩、彗星に擬態した憎悪と虚無の生命体。
「あなたとはわかり合えそうにないから」
自分の体より大きい奏月弓を力任せに引き上げイサナに向けた。
まずは一つ目の航海石を使う。
ボルガレアが自身とレイドの汚染を起点にして空間を繋げ航海石でゲートを開き湾に現れた、航海石の効果は実証されたわけだ。
ならばこちらの手段も確度が上がった。
奏月弓を引く。
「石は記憶する。喜びも、悲しみも。そして私は、石と対話する」
刻まれた記憶は武器となる。
いま、それを解き放つ。
奏月弓に乗せた最初の航海石を放った。
『明日の勇気』
「今日」が終われば 次は「明日」?
「明日」が終われば 先は「明後日」?
境界線は どこにある?
足元見ても 何歩進めど いつまでも
踏んだ地面 そこは「イマ」
「今日」を記憶で 満たしたら
蓋して「昨日」の できあがり?
「明日」の箱に飛び込めば 新しい「イマ」漕ぎ出せる?
時計の針だけ回しても 完成しない「今日」ならば
きっと「明日」も 「今日」のコピー
「はじまり」とか「おわり」とか
「一区切り」とか
意識しなくって いいんじゃない?
この地平線 見渡す限り「イマ」ならば
自分でリミットつけるより 駆け抜けよう
いつまでも 「イマ」の真ん中 全力で
「明日」出逢う 勇気なら
「イマ」 ここに持っているから
放った旋律が私が刻んだ詩を乗せ、奏月弓からイサナ灯台の最上端を射抜いた。
旋律はイサナ灯台を輝かせた。
イサナ灯台はその壁面を共振させ、函月湾に建てられた月鯨石の柱へ伝搬させる。
柱の間に張られフィールドはそれを増幅し、巨大なスクリーンにイサナの記録を投影した。
繋がる、今の私とイサナの記憶の中にいる私と!
鈴音の詩声が函月市に響き渡った。
「レイド!聴こえたでしょ!鈴音さんの旋律!」
クレスを包み込む黒い霧が一瞬で晴らされた。
レイドのアルメジスティアムコアがほのかに輝きだす。
「大丈夫!鈴音さんの旋律であの子が目覚める! 鈴音さん、信じています!」
イサナの下層で眠りについていたあの子のアルメジスティアムを調律しておいたのだ、絶対にうまくいく!
「最後の一仕事だよ、レイド!信じてるからね!」
再び「計都星の笛」を奏でる。
レイドのコアが共振し輝きを放ちはじめた。
「もう、何があっても離さないよ」
函月湾にいる市民から見たそれは幻想的なショーであった。
それまでの花火に代わり、流れるその穏やかなメロディと夜闇を照らす七色の輝きに市民は魅入られた。
秘密の戦争はいまだ誰にも知られていない。
「鈴音!」
事情を知る佐伯ちひろさえその光景に目を奪われた。
あの子たちは戦っている!
あの子たちはあきらめていない!
あんなに泣き虫だった鈴音が!
パフェを分け合った普通の女の子が!
この世界を守るために立ち向かっている!
希望は捨ててはいけないんだ!
「槐多さん、鈴音の詩、覚えてる?」
「お前より推しているつもりなんだがな」
旋律はヴェルイサナの最下層にまで響き渡った。
その響きを受け、ヴェルイサナに遺された最後の航海石に灯が入った。
クレスの調律によりアルメジスティアムにブレイリスティアルを存分に満たされていた「それ」は、航海石に灯が入ったことにより目覚めた。
鈴音の詩声に呼応し、その体躯を地上に待つ彼女のもとへと向かわせた。
ボルガレアにとって、意識する必要すらないほんの微細な生命体は、それの興味の対象になっていた。
その小さな惑星の、その小さな陸地と海の間にある、その小さな湾に浮かぶ、その小さな島の、その小さな生命体が、その小さな力を越えて、宇宙を震わせる「音」を放っている。
その「音」は想像を越えた速度で、その星の生命体全般に浸透していく。
この生命体には星を渡る以上の力がある。
理解できない事態であった。
私の目の前に現れたそれは、巨大な翼をもった獅子のようだった。
初めて目にするそれを私は知っている。
ヴェルの中枢に存在し、その船体を司るシステム。
その鬣は全て航海石だ。
「クリスタライザーリオン」
私はイサナのライブラリにリンクしていた。
航海石を発動した効果だろう。
今ならイサナのアルメジスティアムを全て制御できる。
「エルド!」
事態を把握したエルドは動きを止めたままのレイドを突き放し私のもとに駆け付けた。
「最後の賭けに出るよ!」
「賭けにはならないな、お互いに信じている結果は同じだ」
「そうね」
想いも、なすべきことも一つ。
「あなたの新しい名前、考えたんだけど」
「姫の御心のままに」
「姫じゃない、」
エルドはニヤリと笑い親指を立てた。
かけがえのない互いの名を呼ぶ。
「鈴音!」「エルド!」
アルメジスティアムが輝きを増す。
「リンクライド!ブレイブハーツ!」
白磁の勇者の傷ついたボディは、イサナから受けたブレイリスティアルにより一瞬で修復され、以前より輝きを増した。
「勇者姫星リィンエルド!」
リィンエルドはリオンの背に乗り、互いのアルメジスティアムを共振させた。
やがて暗黒に包まれていた函月湾の空に星々の輝きが灯りはじめた。
まるで流星が集まるかのように。
世界中のヴェルに遺されていた航海石が集まってきたのだ。
クリスタラインはすべての航海石を持ち去ったわけではない。
そしてそれが集結した。この時を待っていたかのように。私たちの想いを受けて。
「なすべきことは一つと言ったけど、2段階あるの」
「力果てるまで全力で挑もう」
「お互い、なにが起きても後悔しない。約束だよ」
「鈴音の御心のままに!」
リィンエルドの前にレイドが立ちふさがった。
「クレス、もう少しだからね!」
黒曜の武士はその体躯に滲ませた赤黒いヒビから黒煙を吐き出している。まるで身体に浸透していた全ての霧を吐き出すように。
レイドの巨体は向きを変え、宙へと浮かび上がった。
「クレス?」
レイドの放った黒い振動波は身にまとっていたコッグガーディスの霧を完全に吹き払った。
両手から赤く鋭い振動波を放つ。
その振動波はボルガレア自体を包み込む黒い霧を晴らしていった。
そしてもう一度、今度はその胸から旋律に乗せた閃光を放った。
閃光は無数の矢となってボルガレアに突き刺さる。
「鈴音さん! やっちゃってください!」
クレスの声だ!
クレスはレイドを開放できたんだ。
あたたかな光を放つ月のハモニカに唇を乗せ旋律を入れた。
小さいが、凛とした響きだった。
イサナが再び輝きだす。
それに呼応するように共鳴した函月湾の月鯨石の柱と、街中のスクリーンが一斉に旋律を放つ。
イサナの記憶が柔らかな奔流となって溢れ出した。
「旋律のイーファ!」
湾や街中にあるスクリーンに旋律のイーファの映像が流れた。
何十年も前に刻まれたイサナの記憶である。
今や誰もが知るその少女の姿に、開港祭に集う人々から歓声が沸き上がった。
その歓声に呼応するように、湾内と街中の柱がさらに輝きを増し七色に変化する。
函月市はオーロラに包まれた。
「あの娘は?」
「イーファにそっくり」
次にスクリーンに現れたのは鈴音の姿だった。
「見たことあるよ、港七番街の宝石屋の子だ、イーファの孫っていう」
市民が沸き立つ。
続いて流れ出した旋律に佐伯ちひろも山城槐多も驚きを隠せなかった。
あの日、私がイサナ灯台で詠い奏でたそれが、まさか自分自身へのエールになるとは思ってもいなかった。
思わず苦笑してしまう。
『風のリボンは未来の翼』星琉に届けるために創った私の旋律。
イサナは全部刻んでいたんだ。
あの時、私がすべてを込めて創りだした旋律。
あの時から始まった。
いえ、ちがう、もっと前から。
あの日の想いをなぞるのではない。
今の想いを乗せて奏でよう。
『昨日言えないごめんがまた
日付変更線を 越えるように
深夜の雪が 音もなく
開かない窓を 曇らすように
ほんの小さな 不安が積もり
気づけば 大きな 後悔 背負って
星を失う 夜空 生み出していた
人混み消えた 君の
背を探す だけだったけど
思い出 小箱 開けたら
なんて たくさん
勇気 詰まっていた
僕は僕の 弱さと
向き合い 戦うよ
あの日 君に 出会えたから
あきらめずに ここまで
たどり着いたんだね
見えない わけじゃない
聞こえない わけじゃない
いつだって エールは
燦々と 降り注ぎ続ける
風に流したリボンは 未来の翼
髪を弾く その手伸ばし
君と共に つかみ取る 奇跡
遠く 遥か 星空越えて 舞い上がれ』
自分の詩声と旋律に、もう一度伴奏するなんて思ってもみなかった。
そこに過去のイーファの旋律が被る。
お互いのメロディは融合した。
イーファだけではない、クレスも旋律をのせている。
時を超えた3人のセッションが湾を包み、函月市中に響き渡った。
最後のフレーズが終わったとき、あの日込めた、そしてあまりにも小さく届けられなかったと思っていたささやきが再生された。
『あなたにささえられて、ここまで来ました。
言葉にするだけなら簡単なのに、
伝えるのがこんなに大変だなんて
思いもよらなかった。
そういうことも、全部教えてくれたあなたが
わたしは大好きです』
スクリーンの少女の告白に港中の市民から歓声が沸き上がった。
世界中の航海石が一層輝きを増す。
いまなら、全ての石の力を使いこなせる。
航海石は「繋ぎ、渡る」ためのもの。
だから星を渡るヴェルのエンジンになっていた。
だがそれは使い方の一つにすぎない。
本来、星を渡るには膨大な時間を要する。
航海石が渡るのは時間である。
それをつなぐ条件が今ここにある。
迷いはない。
イサナの奥底にあるライブラリから、その手段をダウンロードする。
私自身の体内に蓄積され、細胞と一体化したアルメジスティアムは、膨大なそれを受け止めていた。
そう、航海石の本当の使い方を知るのはレフィルだけだ。
ならばレフィルのライブラリを呼び出せばいい。
「もしも、昔の自分に会ったら、なんていうかな?」
「ああしろ、こうしろ、これはダメだと高説を説くだろうな」
「でも、絶対に聞き入れないよね」
「自分自身なのに、喧嘩でも始めてしまうかもしれないな」
「じゃぁさ、派手に喧嘩してもらいましょうか、」
無数の航海石が、函月湾の上空に巨大な円を描いた。
ゲートとなった円の向こう側に、宇宙の深淵が映し出される。
時のゲートが解放されたのだ。
冷たく、暗い、全てを飲み込むような闇に、それはいた。
あまりにも広大で希薄なために、その存在自体、人間から見たら認識することができないものだった。
宇宙空間を包むそのガス雲は、物理法則に従い、ただ広がりゆくだけだった。
人間からすれば、そこに意志があるなどと想像さえつかない。
だが、湾に浮かぶボルガレアは上空に広がるそれに呼応した。
「つながった!」
奴にとってあの深淵が過去の自分だなんて思わないでしょうけど。
そう、思い出す前に忘れてもらわなきゃね。
目的ごと全部!
その旋律を奏でた。
「『忘却の旋律』、自分が何者かさえ忘れるといいわ!」
これだけの航海石とイサナの月鯨石、そして函月湾の月鯨石の塔を持ってしても、ボルガレアの『記憶』を封じることができるか、わからなかった。
だが、それしかない。
「これが最善であり、唯一の手段だから!」
ボルガレアはその宇宙の深淵に広がる希薄な「それ」に気づき、互いの強大な悪意によって磁石のように引き寄せられた。
それが自分自身とも気づかずに。
「過去の自分と、壮大に喧嘩してらっしゃい!」
その深淵の塊は、湾に張った根を引きはがし、航海石のゲートを越え、過去の己自身に引き寄せられ宇宙の彼方へ消えた。
それが、その先で融合するのか、一方が勝利するのか、対消滅するのかわからない。
なにしろ6億年前の事なんだから。
静寂が訪れた。
あの憎悪の響きも、私の奏でる旋律もない。
だがそれは無の世界ではない。
消え去ったのだ。悪意と暗黒が。この世界から。
「鈴音!」
私に呼びかけるエルドの声はまるで星琉のようだ。
函月湾上空に浮かぶ航海石はその力を使い果たし、徐々に輝きを失いかけていた。
時のゲートは閉じ、イサナの輝きも静まり、静寂が湾を包み込む。
「鈴音さん!やりましたね!」
レイドからクレスの声が聞こえる。
黒曜の武士は、コッグガーディスの汚染を浄化し本来の輝きを取り戻していた。
「まだ、まだだよ、」
私に起こっている変化を受け入れなければ。
次にすべきこと、そして間もなく訪れることを知っている。
航海石は急速に輝きを失いつつある。
世界中の航海石を使った。
もはや再び灯を入れることはできないはずだ。
時間がない。
「クレス、あなたのおかげで希望を保てた、ありがとう」
「鈴音さん……。私もです、鈴音さんがいなかったら私、」
「ごめんね、お別れを言う時間もなくなっちゃった」
「鈴音さん?」
航海石は時をつなぐ。
ボルガレアを過去に飛ばしたように。
航海石に残された力で、もう一度ゲートを開かなければいけない。
「その時間」へつなぐためのアンカーは私自身。
時をつなぐためには、同一の存在が時の両端に存在しなければならない。
現在と6億年前がボルガレアをアンカーとしてつながったように。
今、私の中にレフィルが存在している。
レフィルのいる時間へ、時をつなぐのだ。
それは本来、クレスのいる時間でもある。
「レフィルに逢ったら、よろしく言っといてね、あなたたちの遺産は私に希望と、かけがえのない宝物を与えてくれた。本当にありがとう、って」
「鈴音さん、何を言ってるんですか!」
「彼女の中にいるのは、レフィル。自身をアンカーにして過去のレフィルのいる時間へとゲートを開放するつもりだ」初めて聴くレイドの声だ。
「世話になったな、地球の勇者たち。語らう暇もないのが残念だが」
「鈴音さん待って!」
「ごめんクレス、時間がないみたいだから、お礼なら本物のレフィルに言ってね」
なぜだか涙があふれだした。
うれし涙だろうか。
航海石の輝きが鈍り始め、残された時間がわずかであることを告げる。
エルドとレイドが互いの拳を突き合わせた。
「結局一度も勝てなかったな」
「そうでもない」
二人の勇者もまた、互いに通じ合った。
「クレス、お別れの旋律をお願い」
「いやです!鈴音さんと一緒にいます!」
「また逢いましょう。温かい紅茶を用意して待ってるよ」笑って見せた。
互いに手を伸ばしても、もう触れることのない距離であった。
「また、かならず!」
月のハモニカが最後の旋律を奏でた。
クレスも涙をこらえきれないまま、それに応える。
最後のセッションだ。
航海石は、残された最後の輝きを放った。
「リオン、頼んだよ」
再び開かれたゲートは光に満たされ、そこへゆっくりとリオンとレイドの姿が吸い込まれてゆく。
リオンの航海石に導かれ、彼女たちを温かく迎えるだろうクリスタライン達の姿がその先にあるはずだ。
涙でその背を見ることができなかったが。
「またね、一千万年彼方の永遠の親友、」
こうして地球に残されたすべての航海石の輝きは消えた。
意識が希薄になるのを感じていた。
もうひとつだけ、やることがあったっけ。
「ねぇ、あなたにもありがとうって言わなきゃね」
「鈴音、それはこちらが先に言うべきことだ」
「ごめん、時間が無いから」
「もう、焦ることもなかろう? 航海石は沈黙したが、月鯨石と我らは共にある」
「そうだね、ありがとう」
帰るべき街は、そこにはっきり見える。
エルドが異変を察したようだった。
「まさか鈴音?」
巨大なボルガレアへ向けた忘却の旋律は、それを奏でた私自身へも跳ね返る。
そろそろ意識が保てないほどになってきた。
「ばかなことを!」
今は響き渡る彼のその声さえいとおしい。
「お互いに後悔しないって言ったでしょ」
そうだ、やるべきことは果たしたし、想いを伝えることができた。
あとはレフィルに任せよう。
私が私を忘れてもこの身体にはレフィルが残る。
エルドがそうであったように。
これだけの遺産を残してくれたんだもの、きっといい人に違いない。
「鈴音!俺は、まだお前に言うべきことがある!」
「……もう姫って呼ばないんだね」
笑顔なのにまた涙が出てしまう。
弱いままだな、私は。
もっと強くならなきゃ。
そうだ、だてに16歳じゃない、もっともっと強くなってやる。
「姫なんかじゃない!おまえは鈴音だ! 風深鈴音、俺にとって!いままでも、これからも! だから消えるな! お前を守れなかったら、こんな姿になった意味なんてない! お前だけ消えるな!」
まるで泣いているみたいじゃない、彼のそんな姿なんて想像もしていなかったな。
ちょっとした発見だね。また新しいあなたを知れた。
「いつも助けられてばかりだね、出逢えた日からずっと」
「勝手に別れの挨拶なんかするな! 俺は御影星琉!お前のことをずっと知っていた! 思い出していたんだよ! 待ってくれ!もっと話そう!! もっとお前と!」
「うん、わかってるよ、ありがとう」
ただこれだけ言いたかった。
消えゆく意識は、温かさで満たされていた。
「星琉、次に会う時は、はじめまして からだね」
こうしてひとりの少女の存在とともに、秘密の戦争は幕を閉じた。
イサナ灯台は、月あかりを受けて静かに輝いていた。
◇第10話 勇者姫星リィンエルド・おわり◇
最終話に続きます。




