冬曇り
三題噺もどき―ろっぴゃくなな。
「出かけてくる」
聞いているかは分からないが、キッチンへと向かてそう告げる。
今日も何かを作っていたが、アレはほんとに飽きが来ないよな。
それを食している側としては文句の言いようはないが、常に何を作っているんだろうと言う感じだ。私だって、たまにはキッチンに立ちたいのに。
「……」
あまりうるさくならないように、玄関の戸を閉める。
そのまま少し待っていると、ガチャーと内側から鍵の閉められる音がする。
鍵を持っていなければ締め出されているようなものなのに、なぜだかこの音を聞きたくなってしまう。なんだろうな。
「……」
手にはめたグローブをぐいと引っ張り、手首にできた隙間を埋める。
黒い、合成皮革のモノだが、手触りがそれなりにいいので気に入っている。
ぴったりとしているのがまたいいのだ。まぁ、そこまで温かみは感じないが。
「……」
そういえば、グローブというと、野球のあれを思い浮かぶ人の方が多いらしいが……個人的には手袋全般をそう呼ぶものだと思っていた。
今もそう呼んでしまう。郷に入っては郷に従えとは言うが。
「……」
そういえば以前、店に探しに行ったことがあるのだが……その際にグローブを探していると伝えたら、ここにはないと言われたのだ。まぁ、それなら仕方あるまいと諦めて帰ろうとしたら、入り口に纏めて置かれていたのだから驚いたものだ。季節が冬だったのもあってか、それなりにいろんな種類のものが置かれていた。
まぁ、それに気づかない私もどうかとは思うが、当時はショックを覚えた。追い出すためにあんなことを言われたのかと思って、そそくさと帰ったものだ。
「……」
そんな記憶はさておき。
今日は雲が這っているようで、いつも以上に暗い上に冷えている。
それなりに厚着をしてきたが、それでも末端から冷えていく。
……昨日ベランダに薄着で立っていたのはまぁ、寝起きで頭が回っていなかったからだ。いつもならあんなことにはならない。
「……」
冬の冷たさにやられて、痛む鼻をおさえながら、上を見上げる。
水に滲む、水彩のように、雲が空を覆っている。
こう暗いと分かりづらいものもあるが、雲のあるなしじゃ星の見え方が違う。当然だが。
月だって、時に覆われ時に現れる。それはそれで、趣の違う美しさというモノがある。
上空の方は風が強いのか、雲の流れは早い。
「……」
真っ暗な道を風に伴われながら歩いていく。
うーん今日の格好は少しミスだったかな。
動きづらいのもあまりすきではないので、上着をいつものコートではなく、ラフなジャケットを着てきてしまった。下も適当に取ってきたやつだし。
「……」
首さえ冷えなければいいだろうとマフラーだけはしてきたが、それでも今日はとことん冷えるようだ。この調子で雨でも降れば雪になるんじゃなかろうか。
それでまた風邪をひくようなへまはしたくはないが、アレはあれで楽しいし美しい景色なのだ。
「……」
さて今日はいつもと違う場所にでも行ってみようかと、少し進路を変えてみたところで。
曲がった道の先に、何かがいるのが見えた。
この時間に人はあまりいないし、いても酔っぱらいだと言うから警戒をしてみたが。
「……なんだ」
退屈そうに座る、一匹の猫だった。
金の瞳が光り、こちらに気づいたことがわかる。
真っ黒なその体は、今にも闇に溶けだすのではないかという程に、黒く暗い色だった。
「……」
その猫が、しゃなりと、こちらへと近づいてきた。こんな寒い日に外にいるのもどうかと思うが、首輪がついていないあたり、野良だろうか。そうだとしても、もっと温かい寝床にでもいるモノじゃないのだろうか。
しかしまぁ。
野良にしては、艶やかな毛並みをしている。さぞかしきれい好きなのだろう。
「……なぁ、お前さん」
「……」
「いつからついて来てたんだ」
「……はじめっからですよ」
真っ黒な猫から洩れた声は、聞き馴染みのある音だった。
普通ならば、猫がしゃべるなんてことはあり得ないのだけど……驚く方が嘘っぽい。
というか、冷たい目で見られるのが目に見えている。主人を冷めた目で見る従者なんてこの世にコイツぐらいしかいないだろう。
「……昼食ができましたよ」
そういいながら、慣れた調子で肩に乗る。
人の姿にならないのかと思ったが、まぁ、どこで誰に見られているか分からないからな。
……それなら驚く振りだけでもすべきだったか?
「もうそんな時間か」
そんなに時間が経っているような感覚はなかったが。
それならば大人しく帰路につくとしよう。
出来立てを頂けるのであれば、それに勝るものはない。
「そう言えばお前のその姿は久しぶりに見たな」
「あんまり好きじゃないんですよ」
「なんでだ、可愛いぞ」
「……だからです」
「……?」
お題:猫・グローブ・水彩