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その職場問題はリテラシー向上委員会にませてください?  作者: そぼろはるまき
第一章「向日葵の涙」
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第20話「もう一人いる」

 (グゴィ゙ーーンッ!! ミシッミシッ)

 聞いたことのない音を立ててブロック塀が大きく揺れた。正雄の「壁ゴン」がもう壁を倒さんばかりの勢いだ。怖い。


 駐車場の入口で、ゴンさんの取り調べが始まっていた。

 正雄がなぜこんな事をしたのか問いただすと、ゴンさんはガクガクと震えながら

「もう一人いる」と口走った。

 それは、これまでのクレバーな彼とは全く違った、追い込まれて思わず言ってしまった、という感じだった。


 想像しなかった答えに全員が言葉を失った。

 青天の霹靂とはこのことなのだろう。

 質問した正雄は想定していない答えにポカンとし、端で見守っていた俺も現実を見失って思考が宙を彷徨っていた。

 ゴンさんの言葉にいち早く反応したのは、それまで涼しい顔で「取り調べ」を静観していた涼介だった。

 突然、これまで見たことがない勢いで彼が燃えあがった。

 

涼介「『もう一人』ってなんだ!

 あいつか? あいつなんだな?!」

ゴンさん「え、あ! その ―――」 

涼介「ハッキリ言え!! リサだろ!? リサが共犯者なんだな?!」

矢継ぎ早にまくし立てる涼介に、ゴンさんは

「しまった」という顔をすると、

「いや、ちがう、俺がひとりでやった。

 共犯者はいない、いないんだ!」

 と慌てて訂正したが、そんな彼の言葉など構わず涼介はまくし立てた。

 その剣幕は住宅街に響き渡り、ゴンさんの訂正を決して許さない圧力がその場を支配した。

 

 あまりに突拍子もない展開だった。

 犯人捕獲に精一杯でその後のことを何も考えていなかった俺と正雄は、

 なぜゴンさんがそんなことを言ったのか、

 なぜ涼介が共犯者にリサの名前をだしたのか、

 ただただ突然の嵐のような展開に面食らい、二人の押し問答を見守るしかなかった。


 陽も沈み、すっかり暗くなった住宅街の駐車場は帰宅する住人たちの往来が増え、喧騒を聞きつけた主婦たちのざわめきと、窓越しに不審者の様子を伺う雰囲気が漂っていた。

 これ以上ここでの取り調べは、逆に俺たちが警察に通報されそうだった。

 ときおり激昂する涼介の剣幕を諌め、俺たちはゴンさんの車に乗せてもらい会社の敷地内の駐車場に移動することにした。

 

 車中、助手席に陣取った涼介は携帯電話を取り出すと、「今からナツに謝罪させる」と言い出し、電話でなっちゃんを呼び出していた。

 会社へは車で乗り入れ設計事務所の前の広々とした駐車場に車を停めた。午後7時を回ったばかりだったが週末とあって他に車はなかった。

 構内を歩く人はまばらで、皆帰路を急いでいた。


 なっちゃんの到着を待っている間、

「いますぐリサを呼び出せ!

 電話して、リサにも謝罪させろ!」

 と涼介はゴンさんに迫った。

 

「連絡先は知らない。本当に知らないんだ」

 と言うゴンさんに、

「そんなはずないだろ!! 嘘をつくな!」

 押し問答が数回続いたが、痺れを切らした涼介は、

「もういい!だったら俺が教えてやる!!」

 と、自分の携帯を取り出しリサの携帯番号を読み上げた。

 

 おーーい。涼介くん、君は番号知ってるんだね――。

 という空気が車内に漂ったが、涼介は意に返す素振りはない。

 ゴンさんはしぶしぶ言われた番号に電話をかけた。


「ゴンさんはゲロったんだよ!!」

 リサにつながった電話口で、涼介の決め台詞が炸裂した。語圧で3列目の窓ガラスがビリビリと震えた。

 この台詞は子供の頃流行った刑事ドラマのひと幕、毎週木曜8時45分から始まる容疑者確保後の取調室で、容疑者に自白を迫るベテラン刑事「ワ〇さん」の決め台詞だった。

 俺はしばらく存在を感じられなかった「ワ〇さん」が、ちゃんと見守ってくれていた事に安堵した。

 そして今度は涼介を助けてくれていることに感謝しながらも、彼のあまりにキレの良い巻き舌の決め台詞に、正雄と顔を見合わせて吹き出した。


 涼介はそんな俺たちの事など構うことなく詰問を続けた。俺と正雄は、涼介がいつ

「カツ丼を持って来い」と言うのか内心ドキドキしながら聞いていた。

 どうやら俺たちは皆、「ワ〇さん」の刑事魂(デカ魂)を心に宿す「〇〇る捜査線」信者(ファン)のようだった。

 

 しばらくすると、犯人を捕まえたという涼介からの知らせで一度帰宅していたなっちゃんと、先輩OLの瞳美が駆けつけた。

 時刻は午後8時を回り、常夜灯のある会社内の駐車場といえどあたりはかなり暗くなっていた。

 車内は、運転席にゴンさん。

 助手席に涼介。

 2列目には、なっちゃんと瞳美。

 俺と正雄は3列目で涼介の「取り調べ」の様子を遠巻きに聞いていた。

 

 涼介はなっちゃんが到着すると改めてゴンさんに向かって「ナツに謝罪しろ!」とガナりたてた。

 気遣い屋の涼介がいつも使う、先輩社員への、謙った(へりくだった)しゃべり方とのギャップに皆が圧倒されていた。

 

 もはや仕事をバリバリこなす設計チームのリーダーは見る影もなかった。両手に手錠がかけられている錯覚を覚えるほど重々しく体をよじると、ゴンさんは、なっちゃんの座る後ろの席に向かって頭を下げた。

 謝罪の言葉をモゴモゴと唱えたが、声に力は無く3列目まては何を言っているのか聞こえなかった。

 それに納得しなかった涼介は、

「ナツ、俺と席を替わろう」と言い、躊躇する彼女をよそに、

 「おい!彼女にちゃんと謝れよ!いいな!」

 と、取調室の刑事のようにゴンさんに命じた。

 なっちゃんは助手席に座ると震える声で言った。

「なんで、こんなことしたんですか?」

 

 しかしゴンさんは、壊れた機械のようにただ『すみませんでした』と繰り返すばかりだった。

 犯人と隣合わせに座る緊張と、異様な状態になっているゴンさんの怖さに、なったなっちゃんはそれ以上の言葉を失った。


 「ナツが聞いてるだろ!質問に答えろ!」と、涼介はゴンさんに追い打ちをかけたが、ゴンさんからも応答はなかった。

 誰にとっても地獄の時間が続いていた。


 もし、ここにドラマのような正義や悪があるなら、今俺たちはどちら側だろう?

 そんな疑問が頭をもたげていた。

俺たちの描いていた事件の解決は、こんな修羅場だったのだろうか。

 どこかでテレビドラマや探偵アニメのような、謎の解明、犯人捕獲、解決。そして爽快なエンディングをイメージしていたんじゃないだろうか。

 しかし現実は ――

 俺たちは誰も幸せにならない事件というリアルに、ただとまどっていた。

 

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