生卵とカレー
私が子供の頃は、カレーに生卵を載せるのが普通でした。
子供舌用に辛みを和らげるためです。
が、ある年からそれが耐えられなくなりました。
それは、夏休みの野外映画を見たのがきっかけでした。
昔は、小学校の校庭や団地の広場で、スクリーンと映写機を置いて映画鑑賞会をするという行事がありました。大体が三本立てになっていて、短いニュース映画、教育的な啓発映画、本編、という構成です。開始時間になると、まんじりともせずにスクリーンに見入ったものです。
さて、その日の啓発映画はサルモネラ菌についてでした。
卵の殻は殺菌されているわけではない、生卵の殻には微細な空洞が多い、卵の産道は糞と同じなので、そこを通るときに糞からサルモネラ菌が空洞に移ることがある、卵を加熱すればサルモネラ菌は死滅する、年間二千人がサルモネラ菌で亡くなっている、サルモネラ菌の症状は高熱が出て下痢に苦しみとてもつらい……
大まかに言うと、そのような内容でした。
今まで何の警戒もせずに食べていた鶏卵が、急に怖くなりました。
……二千人の中には入りたくない!
その日から、生卵を食べるのが無理になりました。
そして、カレーに生卵は載せないでほしい、と親に頼み、受け入れてもらいました。
その日、どんな映画を見たのかはすっかり記憶から飛んでいます。とにかく生卵とサルモネラ菌の話で頭がいっぱいになった日でした。
私は今でも生卵は食べません。
卵かけご飯などもってのほかです。
どうしても食べなくてはならないときは、これでこの世とおさらばする覚悟で食べています。
「年間二千人の死者」というのが、日本でだけか世界中でかは憶えていません。