表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/517

怒りに我を忘れたとしても、愛する人の声で戻れたのなら、僕はまだ”人”のままだ。


あ、あれは木の根っこで構成されているドラゴンか?

手も足もないし、翼さえないから蛇に近いけど、顔の形状からしてドラゴンであることは間違いない。


ただ所々割れているような傷が目立つから、たぶんあの孵化だって完全ではなかったのだろう。

その割れた部分からは臓器のような物も見えないし、血液らしい体液も流れていない変わりに禍々しい霧状の何かが漏れているし、あれはきっと純粋な木の根で出来ている生物に違いない。


となると、あれはドラゴンという部類に入るのだろうか?

いや、そもそもあれを生物と仮定できるのか?


またドラゴンのような太くて長い立派な木の根が、まるでドラゴンのように動いているだけの人形って可能性もなくはない。


だからあれをドラゴンと認めるわけには・・・


とそこで顔部分の裂けた所からぎょろりと目だけが現れ、激しく視線を動かした後にヨスミ達の方を見る。


「あの魔物、こっちを視認してきましたわ・・・!」

「あれは、ドラゴン・・・なのか?」


つい言ってしまった2度目の同じセリフ。


「あれは竜樹根(ドラゴンモドキ)みたいな魔物だと思います・・・。以前、錬金術の本で見かけたような気がするのですが・・・」

竜樹根(ドラゴンモドキ)・・・。」


竜樹根・・・、モドキか。

つまりアイツはドラゴンではないということか。


ってことはただの植物系の魔物――――


「・・・あの魔物はドラゴンになることを夢見て、長い年月の末についにドラゴンの極致に至った魔樹(フォレストエント)成れの果て(ユニークモンスター)。」


・・・え?

今、なんて言った?


フィリオラは今、アイツをなんて称した?


驚いた表情を浮かべたまま、フィリオラの方を向く。

彼女はとても苦しそうな表情のまま、言葉を続けた。


「本来のドラゴンの持つ高い知性に脅威の再生能力、強靭な体、全てを切り裂く牙、そして自らを象徴する攻撃の1つである【竜の吐息(ドラゴンブレス)】。それら全てを会得した、正真正銘の樹竜種(ドラゴン)・・・。名前にモドキなんて名前は付いてるけど、あの個体はドラゴンと変わりないわ・・・。」


つまりアイツは自らドラゴンになることを、夢見て・・・ずっとそう信じて、そしてドラゴンへと至った・・・。


アイツが、あの存在が、ドラゴンに憧れて、憧れて、ずっと憧れて・・・そしてついにはドラゴンへと生まれ変わった・・・。


そう言いたいのか?


そんな、そんな馬鹿な奴が魔物の中にもいるのか?

そんな夢を持って、馬鹿みたいに突き進んだ魔物が存在したのか・・・?


「そうです、思い出しました!あの魔物は竜樹根です・・・!錬金術の素材としても至高の一品とされていて、ここ20年もの間市場にはほとんど出回っていないほどの非常に珍しい素材のため、重宝しているそうです。故に個体数もとても少ないとか・・・。」

「でも様子がおかしいですわ・・・。まるで、苦しんでいるかのよう・・・」

「きっと呪石の影響で歪められたのでしょうね・・・。瘴気で我を失っているわ。」


そんな最高の馬鹿を、あんな風に穢した奴がいる。

まるであざ笑うかのように、やっとの思いでドラゴンに至った彼の努力を踏み躙り、分不相応だと苦しそうに叫ぶ彼の泣き声を蔑むかのように・・・。


あんなに素晴らしい竜体へと至った彼という存在を許さないとでも言わんばかりに、瘴気に侵され醜い存在へと貶められた彼の心の叫びを・・・。


一体、どこのどいつが、一体どこの誰が、一体どのクソ野郎が彼をあんな風にした。


「体中の裂けた部位から瘴気が漏れ出て・・・、これじゃあ迂闊に・・・っ!?」

「な、なに・・・?この威圧感は・・・まさか・・・」

「・・・っ、あなた!?」


ヨスミは無意識に歩き出していた。


その一歩、一歩と踏み出すごとに彼を渦巻く怒りと殺気が徐々に増していく。

その重圧にハルネとレイラは耐え切れず、その場に崩れ落ちてしまった。


「よ、ヨスミ様・・・!」

「あなた・・・一体どうして・・・!?」

「・・・ヨスミはよくも悪くも、ドラゴンたちの味方なのよ・・・。あんなに・・ぶちギレているヨスミは、見たことがないわ・・・くっ!」


ついには竜母のフィリオラでさえ、片膝を付くほどにヨスミから発せられる純粋なる圧に耐えられなかった。

その圧は次第に呼吸さえも許さないほどに増していく。


あれがただの魔物であるならば、あんなにも苦しむことはなかったのだろう。

低級のワイバーンほどの知性の低さであるならば、あれほどまでに嘆くことはなかったのだろう。


彼は至高のドラゴンと肩を並べられるほどの存在に至り、高い知性を持っている。

それ故に、今の自分の醜い姿とただの殺戮だけを求む魔物に成り下がってしまったドラゴンとしてのプライドを破壊されたことに悲鳴をあげているのだ。


「だめ・・・あなた・・・っ!」

「ヨスミ様・・・っ!」


耳を澄ませば、聞こえてくる。

彼の叫びが、彼の嘆きが・・・。


「それ以上・・・近づいたら、瘴気に当たるわ・・・!ヨスミ・・・!」


苦しむように暴れる竜樹根は自らの体を鞭のようにしてヨスミへと振り下ろす。

だがそれを当たる直前ですぐ横に転移で移動して避ける。


叩きつけられた地面が割れ、飛んできた破片がヨスミの頬を切った。


僕は主人公なんかじゃない。

異世界転生なんかしたって、僕は神から与えられたのはたった一つのスキルだけだ。


剣術が特別うまいわけじゃない。

打ちあえば僕が握っている剣の方が弾かれ、手元から飛んでいく。


魔法が特別強いわけじゃない。

一度でも使ったことは無いし、そもそも魔法を打てるかどうかさえも怪しい。


力いっぱい殴っても自分の手や腕が折れて潰れるだけだし、全力で走ったって一般男性よりも少し早く走れる程度だ。


ああ、失敗したな。

こういう時にドラゴンと拳で語り合えたなら、楽しかったかもしれない。


強い剣術があれば、ドラゴンと剣を交わしたりできたかもしれない。

強い魔法を打ちあえれば、長く生きたドラゴンの知恵を借りて共に知識の探求ができたかもしれない。


「お願い、ヨスミ・・・戻って・・・!!」


でも、僕が神に望んだものは、たった一つのスキル。


「いけません、ヨスミ様・・・!!」


難度も振り下ろされる竜樹根の攻撃を全て躱しながら一歩、また一歩と近づいていく。


「あなた・・・!!」


ヨスミの背後から呼びかけられる仲間の声。

その中で、レイラの呼びかけにヨスミはぴたりと動きを止めた。


それと同時に今まで感じていた圧が途端に消え去った。

ヨスミはゆっくりと振り返り、こう呟く。


「レイラ、僕を信じて。」


ヨスミの表情はとても綺麗だった。

レイラが感じていた不安は消え、息を整えてヨスミの目を真っすぐに見てこう呟く。


「・・・はいっ!」


その言葉を受け、ヨスミは再度竜樹根と向き合う。

そしてまた一歩、また一歩と進み、全ての攻撃を転移で躱しながら、ついには竜樹根の顔前までやってきた。


周囲には瘴気が漂い、気が付くとヨスミの腕や足に瘴気が触れ、黒い斑点が浮かび上がる。


「ヨスミ・・・っ!」

「ヨスミ様!」

「・・・。」


だが、ヨスミはそんなことは気にせず、そっと両手を広げ、竜樹根の顔へと伸ばした。

そんな行動を取るヨスミに竜樹根は驚き、苦しみ、疑問に持ち、また苦しみ、苦しんで、どこか心が安らぐような感覚に襲われた。


「・・・おいで。」


ヨスミはたった一言だけ、竜樹根に囁いた。

痛みと苦しみで精神が壊れかけていた竜樹根は、その言葉だけは理解したのか、伸ばされた両手に顔を近づける。


そしてついにヨスミは竜樹根の顔に手を触れる。


一瞬の静寂―――


ヨスミはそっと竜樹根の鼻先を優しく撫でた。


「よく頑張ったな。ドラゴンとしての尊厳を失わず、必死に抗い続けたあなたにどうか安らぎを。」


ヨスミは静かに目を瞑り、そしてゆっくりと瞼を開く。

左目には千里眼が宿り、その目はとある物だけを見る。


糸のようにどこかに伸びているその先を目線で追い、目的のモノを見つけると右手を顔から離し、その方向へと向ける。


「・・・転移。」


別に言葉にしなくても発動できるその力を、無意識に口ずさんでいた。


するとその場に漂っていた全ての瘴気が消え去った。

竜樹根を侵していた瘴気も、体から漏れ出て周囲に漂っていた瘴気も、そしてヨスミ自身が瘴気に触れて侵されていた黒い斑点も。


その直後、竜樹根からは生気が消え、ズシィンと重い音を立てて地面へ倒れた。


ヨスミ自身もそこで限界になったのだろう。

目や鼻、口からも血が流れ出し、その後に激痛に襲われてついに意識を手放してその場に崩れ落ちる。


だが、倒れる寸前に駆け込んできたレイラが滑り込みながらギリギリなんとかヨスミの体を支えることができた。


「・・・・あなたのバカッ。」


ぼそりと呟き、レイラはヨスミの体をぎゅっと抱きしめ、涙する。

その涙の訳は、安堵によるものなのか、無茶をしたヨスミへの怒りのためか、それともあの時怒りに狂うヨスミが自分の言葉で我に返ってくれたことの嬉しさによるものなのか。


だが今となってはどうでもよかった。

こうして、ヨスミは無事だったのだ。


今だけは、無事であったことに神に感謝しよう・・・。



~後日談~


本日未明、とある屋敷が瘴気に飲まれ、その屋敷に住んでいたであろう貴族は呪われたそうだ。


発生したのが執務室だけだったこともはり、被害としてはその屋敷の当主と執事、そしてその部屋に訪れていた貴族たちはそのまま死亡した。


またその異常事態に駆けつけた衛兵たちとその傍にいた使用人に幾人か、合わせて35名以上もの人間が瘴気に当てられ、今もなお教会の治療院にて治療中という。


元凶となった屋敷は封鎖され、これ以上瘴気が漏れないために結界が張られることになったという。

なぜこうなったのか、一体どこから瘴気が発生したのか、誰も真実にたどり着くことができなかった。


元々、そこの屋敷の当主はあくどい事で有名であったため、神の罰があったのではないかということでオチがついたとかなんとか・・・。




~ 今回現れたモンスター ~


竜種:竜樹根(ドラゴンモドキ)

脅威度:Uランク 特異個体

生態:魔樹がドラゴンに憧れ、長い年月をかけて至った特異個体。

ドラゴンのような高い知性を持ち、人語を解することはもちろんのこと様々な魔法に精通している。

また超再生も兼ね備え、高い物理防御を誇る竜鱗のような体を持ち、全てを切り裂くドラゴンの牙が生え、そしてドラゴンを称する攻撃の1つである【竜の吐息】を吐く。

大抵、その存在になる前に冒険者に討ち取られるか、別の魔物に殺されるか、はたまた腐敗樹という魔物へと成れ果てるかがほとんどだ。

竜樹根に至る個体は1%にも満たないと言われている。

だがそれでも諦めずに進み続けた個体のみが奇跡を起こし、ドラゴンへと至るとされている。

強さのランクとしてはUランクではあるが、実際の戦闘能力はSランク寄りのAランクだ。

実際、個体数の希少性とドラゴンとほぼ同等の戦闘能力を持つが故に、近年ではSランクでいいのではないかと議論されている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ