どこかで見た展開だけど、実際にそれを迎えた時の衝撃は別物だ。
「そういえば、今まで着ていた服はとても優雅なドレスだったけど、今日はすごく綺麗な着物を着ているんだね。」
「だ、だって・・・わたくしもあなた様と同じような服を着て、一緒の服装になりたかったんですもの・・・。」
ペアルックとまではいかないけど、同じような服装をしてくれるって嬉しいな・・・。
ああ、僕の嫁がこんなに可愛いのにどうして僕の脳はこれ以上理解できないのだろうか・・・!?
「うん、やっぱりレイラは何を着ても綺麗だよ。僕をそんな風に思ってくれてすごく嬉しいよ。」
「あなた・・・。」
「レイラ・・・。」
「ねえ、私が居ることも忘れないでくれると助かるわ・・・。」
そんな雑談をしながらも何事もなく、何なら数十分とはいえ快適すぎる座り心地に若干眠ってしまうほどだった。
無事、黒い森の入口にたどり着いた竜車は停車し、ハルネが扉を開く。
先にフィリオラが降り、次にヨスミが降りると、次に降りてくるレイラへ手を差し出した。
レイラはその手を取ると優雅な佇まいを残しながら、ゆっくりと竜車を降りる。
「淑女へのエスコートもうまくなったものね、ヨスミ。」
「レイラの隣に立てる存在になろうと日々努力はしているからね。」
「あなた・・・」
「・・・あー、紅茶でもなんでも持ってくるべきだったわ。」
「今度からは持参致します。では私はこのまま竜車を道外れの良さそうな場所に止めてきますね。」
そういってハルネは扉を閉めると竜車の前方へ乗り、そのまま進みだした。
フィリオラが何かを感じ取ったのか、腰に手を当てながら森をじっと眺める。
「・・・入口にまで幻惑魔法で出来た濃霧が出ているなんて。これじゃあ森に入った時点で抜け出せないわね。」
「となると、あの時の冒険者たちはこの森に入ってすらいないってことになるな。完全にでっち上げだなこりゃあ・・・。」
「・・・帰ったらあの冒険者たちの処分を重くするようお願いするのですわ!」
それにしても千里眼で見たとはいえ、森の様子がここまで異常なものになっていたとは。
排除した情報の中に、この情報もあったのならもっといい感じに話もまとめられたのだろうか・・・。
「本来ならもう少し進んだ場所で取り出すはずだったんですけど、この様子じゃ今ここで出した方がいいですわね。」
そういって腰に付けていたアイテム袋から、グスタフ公爵より頂いた琥珀を取り出した。
最初の時よりも強く輝いており、レイラを中心に数メートルほどの薄い膜のようなものが張られる。
つまりこの中に居ればあの濃霧に惑わされずにたどり着くことができる、ということだ。
と、ここに竜車を止めてきたであろうハルネが道の向こうからやってきた。
竜車は道のはずれに止められており、その傍に竜騎馬が座り込んで眠っていた。
「あそこに留めて大丈夫なのか?」
「はい。あの竜車はこの魔道具を使わなければ開かぬ故、ある程度の攻撃にはびくとも致しません。それに、傍にはナイティアがおりますので問題ありません。」
「ほー、あのナイティアはどれほど強いんだ?」
「一般的な竜騎馬はただの石で出来た甲殻の鎧を身に纏っているので強さとしてはDランクの魔物なのですが、あのナイティアはミスリル鉱石によってできた鎧殻を身に纏っておりますので、強さとしてはAランク相当に値するかと思います。」
ランクの変動があるってことは、あの竜騎馬の甲殻がなんの材質で出来ているかで強さが決まるという事か。
つまり考えられるとしたら奴らが主食とする石、または鉱石によって甲殻の材質が変わるという事。
ということは、オリハルコン鉱石なんて伝説球の鉱石を食った竜騎馬がいる可能性もあるということか!
その上のランクはそれ以上の鉱石を食っている個体は一体どれほどの強さなのやら・・・。
ただミスリル鉱石で出来た鎧殻でAランクか。
そりゃあ並みの相手には負けないだろうな・・・。
「でも繋いでおかなくていいのか?もし危険な目に合った際に、主人であるハルネを助けるために黒い森に入ったりとか。こんな濃霧だ。入ったっきり迷って出られなくなる危険もあるが・・・」
「そこはご安心ください。この竜車の先端に備え付けられている魔道具とナイティアの装具についている魔石が繋がっているので、一定状離れることはできなくなっておりますので安心してください。」
だからナイティアには紐とかもついていないんだな。
なんとも便利なことで・・・。
「そろそろ行きましょう。あまりモタモタしていられないわ。」
「そうだな。話はこれくらいにしよう。また後程色々と聞かせてくれ。」
「かしこまりました。」
「では、いきますわよ。皆さま、この光の膜の外には出ない様に気を付けてくださいまし!」
ヨスミ達一行は、濃霧が立ち込める黒い森へと入っていった。
それから2時間が経ったころ、未だにヨスミ達は黒い森を進んでいった。
途中、魔物たちに何度か襲われたがハルネの鎖斧に叩き斬られたり、フィリオラの尾に貫かれたり、2人が取りこぼした魔物はヨスミの転移で弱点部位を転移で抜き取って倒したりと連携しつつ、レイラを護衛しながら順調に進んでいく。
「うーん、これはさすがにまずいかもしれないわね。」
「確かにこの琥珀の効果は発揮されているはずですのに・・・。」
「ここまで濃霧の影響が強いとは思いませんでした。」
そう、魔物に何度か襲われてはいるが、確かにヨスミたちは速度を止めることなく進み続けている。
なのに一向に目的地に着かないのだ。
琥珀の効果により張られている光の膜の影響で、濃霧の惑わしは効いてはいないはず。
となると道を間違えている可能性も考慮するべきか?
そんな事を考えていると突然、濃霧が晴れ、目の前の景色が空けた。
中々に広い空き地の中央、巨大な1本の黒い巨木。
その近くには萎れている苗木の姿も見える。
「・・・どうやらいつの間にか到着していたみたいですわ。」
「あれが、ヨスミの言ってた精霊樹・・・。確かにかなり弱っているわね。」
「ああ。急ごう。」
4人は早足で、古霊樹の元へと走っていく。
すると古霊樹の方でもヨスミ達の存在に気付いたようで、巨木の中央、十字に裂けている部位にある人面が浮かぶ魔核がこちらの方を向いた。
「その竜・・・まさかフィリオラ、か・・・?」
魔核に刻まれた人相はまるで老人のようで、また魔核事態も萎れているかのようにしわのような痕がいくつかついている。
先ほどの表情には暗い影を落としていたが、フィリオラの姿を見かけた瞬間、驚きと喜びに満ちた表情に包まれる。
「やっほー、おじいちゃん。久しぶりね。」
「本当に久しぶりじゃのう・・・。最後に会って何年になるか・・・。」
「50年だよ、おじいちゃん。本当に久しぶりだね~。」
そう話し合う2人はとても楽しそうで、長年の友に久々に再開できたかのように会話が弾んでいた。
とここでフィリオラ以外にも誰かが来ていることに気付いたようで、魔核が十字の下の方へと降りてくる。
「して、お主らは誰じゃ?」
「初めまして。わたくしはヴァレンタイン公爵家の娘、レイラ・フォン・ヴァレンタインでございます。」
「なんと・・・!あの黒坊の娘か。」
「え?わたくしをご存知なのですか・・・?」
どこか懐かしむような表情を浮かべる古霊樹に、レイラは驚く。
「うむ。生まれたばかりのお主を連れて、あの黒坊が自らの妻と共に紹介しに来てくれたことがあったのう・・・。そうかそうか。あれからこんなにも大きくなって・・・。して隣の者は?」
「あ、はい。こちらはわたくしの専属メイドのハルネですわ。そしてこの方が・・・わたくしの未来の旦那様ですの・・・!」
「ほー!すでに自らの婿を見つけるとはのう・・・。やはりあの黒坊にそっくりじゃ。ふぉっふぉっ」
その後、ハルネとヨスミは自らきちんとした紹介をし、古霊樹はうんうんと嬉しそうに頷いていた。
「して、フィリオラよ。長年連絡を取れず申し訳なかったのう・・・。息災じゃったか?」
「この通り私は元気よ。でもおじいちゃんには最近連絡も出来なかったし、今だって元気なさそうだし、何があったの?それにこの子はどうしたの?」
「・・・そうじゃな。ここまで主らに来てもらったのも何かの縁じゃろう。どうか、ワシの頼みを・・・いや、ワシを助けてはくれまいか?」
「もちろん!なんでも言いなさいな。おじいちゃんを助けたらまた色々と話しましょう!」
そう話す古霊樹は悲しそうな表情を浮かべていた。
そして次に話した言葉はとても信じられないような重い内容だった。
「それは出来ぬ。ワシはもうすぐ死ぬからじゃ・・・。」
「・・・え?」
そう。
今まで旅をしてきた中で初めて、フィリオラが動揺した姿を見せた瞬間だった。