運命の赤い糸は、別に赤い糸や小指以外にも繋がれるものだと私は思います。
一方その頃・・・。
「・・・どうしよう。やる事全部やっちゃった。」
部屋で自主的に勉強をしていたユリアは暇を持て余し、椅子に座ってぼーっと窓の外を眺めていた。
今朝、パパと一緒にやっていた稽古の内容を思い返しながら、何度も何度も反省点についてのイメージをしていた。
あそこで力の制御をもう少しうまくできなかったのか、飛んでくる魔法の流れをほんのちょっと傾けていれば完璧に流せたはずなのに、とか。
最終的には死にそうな恐怖に精神が持っていかれ、魔力制御もままならず・・・。
「あの時、ヨスミお兄ちゃんがしていた目を見た時と比べれば、あんなの全然怖くなかったのに・・・。どうしてあそこで動けなくなっちゃったんだろ・・・。」
力とはなんなのか、それをとても怖くて怖くて仕方がないほどまでに恐ろしい目で話してくれていた。
でも私はその言葉を、ヨスミお兄ちゃんの目を逸らさず、まっすぐに聞くことができた。
確かにあの目はとんでもないほど怖かった。
でも、怖いだけじゃなかった・・・。
この感情を私は知らない。
胸がぎゅってなるような、ママが死んじゃった時のようなあの痛みのような思いにすごく似てる。
その二つが混じった目・・・。
「ヨスミお兄ちゃん・・・。」
とふと庭園の方に目を向けると、布に包まれた小さな赤ん坊を抱きながら散歩をしている、武装されたメイドの姿が目に映った。
「あの子は誰なんだろう?パパの家族なのかな?そしたら私がお姉ちゃん・・・。お姉ちゃん・・・!」
あんなに大事にされているんだ。
きっと家族の一員に違いない。
でも本当に会いに行っても大丈夫なのかな・・・?
今日の朝、突然ヴァレンタイン家の家族になったばかりの私が、あんな大事にされている赤ちゃんに会いに行ってもいいのかな?
そう悩んでいた時、その赤ん坊と目が合ったような気がした。
白く輝く宝石のような瞳を持った赤ん坊・・・。
「・・・綺麗。」
・・・会いに行こう。
ユリアはもはやどうでもよくなっていた。
あの子に仕える存在になりたい。
あの子を守れるような存在になりたい・・・。
なんでこんなにも胸がドキドキするのか今の私には理解できない。
でも、あの子を守るという事ははっきりとわかる。
気が付けば窓を開け、身を乗り出してその赤ん坊へと一気に跳躍した。
3階という高さのある窓から飛び降りると、地面へ着地する寸前に闇魔法を展開し、影の様に円形状に広がると、その部分の地面の強度が軟化し、まるでクッション状態となったそこへと降り立った。
無事に着地すると闇魔法を解除し、赤ん坊の所へと走り出した。
そんなユリアの気配に気づいた武装メイドが振り返り、武器に手を伸ばしかけたが止めてユリアの方へと向き直る。
「あ、あの・・・!わ、私、ユリアって言います・・・。」
「話はお伺いしております。初めましてユリアお嬢様。私はレイラお嬢様の専属メイドのハルネと申します。それでこちらの赤子様はディアネス様。ヨスミ様とレイラお嬢様の娘にございます。」
む、娘・・・!
この赤ちゃんがヨスミお兄ちゃんとレイラお姉様の赤ちゃん・・・っ!
すんごくかわいい・・・!
「す、すっごく可愛い、です・・・!」
「ええ、すっごく可愛いです。」
「ハルネー!」
とそこにレイラがやってきていた。
「あら、ユリア。あなたも来ていたんですのね。ハルネ、今からわたくしとあの人で黒い森の中心部へと向かう予定ですの。ですから、あなたも来なさい。」
「かしこまりました。ですがディアネス様は・・・」
「・・・そうだわ!ユリア、あなたこの子の面倒を見ていてもらってもいいかしら?」
「・・・え!?」
突然の申し出だった。
「これから向かう所は危険な場所だから、本当は連れて行きたいけどこの子をそんな危ない目に合わせられないの。それにこの子の存在についてはなるべく公にはしたくないから、わたくしの信頼のおける者以外には任せられない・・・。となれば、つい先ほどわたくしの可愛い妹になったあなたにならと思いましたの!」
確かに私はついさっきこの家門の養女として迎い入れられたばかりだ。
きちんとした面識だって、ヨスミお兄ちゃん以外はない。
パパに関してはドスパルタ稽古をこなしたばかりで、それ以上の関係性は未だ築けていない。
そんな私にお二人の大事な娘を、私に預けてくれようとしている・・・。
「わ、私なんかが、レイラお姉様の大事な赤ん坊を任してくれる・・・のですか?」
「ええ。あの人が連れてきた子であり、わたくしのお父様の攻撃を防ぎきるほどの実力の持ち主。そして何よりも、わたくしの可愛い妹であり、家族なのよ?他に誰に任せると言いますの?」
「・・・う、うぅ・・・。」
私はいつからこんなに泣き虫になったのだろう。
ママと一緒に逃げ続け、泣いている暇も、泣く声すら上げることを許されない生活を送っていた。
ママが死んだあの日、私はもう泣けなくなっていた。
なのに、今日で2回も泣いてしまった・・・。
「まあまあ・・・。ほら、ユリア。これをお使いなさいな。」
そういってハンカチを手渡してきた。
とてもふんわりしていて、優しい匂いのする白いハンカチ。
その匂いは今目の前で心配している、優しい目で見つめてくれているレイラお姉様と同じ優しい匂い・・・。
とても安心する・・・。
「お、お任せください!レイラお姉様!レイラお姉様たちが帰ってくるまで、私がしっかりとディアネス様をお世話します!」
「うふふ、よろしくね。それとディアネス様、じゃなくてディアって呼んであげて。」
「・・・はい!」
「ではユリア様、この子を宜しくお願いします。ゆっくりと、そう・・・腕で首を固定するように・・・。そうです、そうです。」
ハルネから渡されたディアネスを丁寧に抱くと、腕から暖かな温度が伝わってくる。
これが、赤ん坊を抱くということ・・・。
「それじゃあユリア。後は宜しくね。もし困ったことがあったら、このベルを鳴らしなさい。近くにいるわたくしが信用できる使用人がすぐにやってきますわ。」
「有難うございます!」
「それじゃあ行きましょう、ハルネ。」
「かしこまりました、レイラお嬢様。」
そういって、レイラはハルネを連れて屋敷の中へと入っていった。
残されたユリアとディアネスはそのまま散歩を続けることにした。
暖かな日差し、頬を通り過ぎる風、ちょうちょがダンスを踊るように飛び回り、草が風に揺れる音がまるで音楽を奏でているかのように聞こえる。
ディアネスは興味津々にユリアの耳へと手を伸ばす。
「うふふ、珍しいですか?私の尖ったこの長耳。私はダークエルフという種族なんですよ?闇属性の適性があるからって、エルフには嫌われているんだそうです。それに珍しいってことで、私たちを捕まえようとする人間さんもいっぱいいたんですよ?でも、ここの人たちは私の事を温かく迎い入れてくれたんです・・・。とっても優しい方々なんですよ?だからきっとね、ディア。あなたもいっぱい、皆に愛されますよ!」
「あーう!」
ユリアの語る詩に元気いっぱいに返事を返し、そこでディアネスのスノーホワイトのような瞳が真っすぐにユリアのルビーレッドの瞳を見る。
ディアネスはその赤さに見惚れているのか、キラキラと目を輝かせ、満面の笑みを浮かべて笑った。
「・・・この瞳の色を見ても怖がらないんですね。逆に嬉しそうに笑うなんて・・・。あはは、やっぱりディアは将来、大物になる予感がします!この赤い瞳はとても稀だそうで、不吉だったり忌み嫌われてしまったりもするほどの怖い色なんですよ?だから私はね、ディアのような白い瞳の色が羨ましいなって一瞬感じちゃいましたけど、今は違います。だって、この瞳の色は、あなたのパパ・・・ヨスミお兄ちゃんとお揃いなんですよ?うふふ・・・、だから今はこの赤い瞳でよかったなって思っているんです。」
あの日の夜、初めて私がヨスミお兄ちゃんと出会った時・・・。
あの時交わした目線はまるで、運命の赤い糸が結ばれるかのように私の赤い瞳とヨスミお兄ちゃんの赤い瞳が目線という糸で繋がった。
―――そんな気がした。