たとえ2回目でも父親への挨拶は緊張するものだ。
あれから僕は男二人が身に付けていた衣服を転移で脱がし、亡骸は近くの森にバラバラに転移させた。
これで獣か魔物にでも喰われて誰だかはわからなくなるだろう。
この血が付いた衣服や装備に関してはまるで獣か魔物に襲われたかのように装う風に見せるために、木々の枝に無理やり引っ掛けたり破いたりした後に適当な場所へと放置した。
「こんなもんか。あれからかなり時間も経ったな・・・。む、お腹も減ったしそろそろ戻ろうか。」
ヨスミは城で案内された自分の寝室へと転移する。
「ほう、戻ったかヨスミよ。」
部屋に戻ると同時に背後から重く響くような低い声が欠けられた。
その声に聞き覚えがあり、そしてヨスミにはその声の主を知っていた。
「グスタフ公爵様・・・?なぜゆえ僕の部屋に・・・?」
「いやなに、食事の時間になってもお主が姿を現さず、気になってメイドを遣わしたら部屋にも姿がなかったからな。我が娘たちが心配して探していたのでな・・・。」
そういえば部屋に通されてからすぐにユリアの件が起きたからな・・・。
「それはすまない事をした。」
「気にするでない。食事はまだであろう?すでに時間は過ぎてしまったが、使用人に言って食事を持ってくるよう手配しよう。」
「そこまでしてくれるなんて・・・。グスタフ公爵様、感謝申し上げます。」
「言うたであろう?気にするでないと。お主とは色々と話したい事がある。食事を終えたら我の元を訪ねよ。」
「わかりました。」
どこか機嫌がよさそうなグスタフ公爵はコツコツと地面を鳴らし、部屋を出て行った。
それからすぐに、食事を乗せた台車を引いてメイドが何人か入っていた。
これ、もう部屋の外ですでに待機していたんじゃないかってレベルの速さだよね?
それなのにこの料理の暖かさを見るに、僕が帰ってくるタイミングさえわかってたんじゃねえかなこれ・・・。
だがこれは・・・。
目の前に並べられたクリームシチュー、肉汁溢れる分厚いステーキ、新鮮味溢れるサラダ、ふっくら柔らかな白いパン・・・。
これは見るだけでもお腹が空いてくるな。
「これを食べたらすぐにグスタフ公爵の所に向かうとするか。・・・うん、うまいな。」
1人で取る食事はいつぶりだろうか。
この世界に転移してから、初めてとった食事はフィリオラと共に。それからはレイラとハルネ、アリスとシロルティアと増え・・・、気が付けば、誰かと食事を取ることは当たり前となっていたな。
前世でも、アナスタシアたちに食事を与えることはあっても、僕は食事を取らなくなっていた。
未知のエネルギーを解明し、それを扱えるようになってからはもはや不要となっていたからもう食事そっちのけで研究、アナスタシアたちの世話に身を捧げた。
故に、今こうして食事を取るときに感じるこの胸の寂しさはとても久しいものだ。
優里を失ってからもう諦めてはいたが・・・、皆で食べていた食事の時間が楽しいとまた感じられるようになったんだな・・・。
アナスタシアの食べる物も、僕と同じ未知のエネルギーが主だったしな。
さて、さっさとご飯を食べてグスタフ公爵の所に行くか。
コンコンコンッ
部屋に響き渡るノック音。
誰が訪ねてきたのかすぐにわかる。
「入れ。」
たった一言、そう告げる。
部屋に入ってきたヨスミはそのまま、机の上で書類を片付けているグスタフ公爵の前まで近づくと、掛けていた眼鏡を右手で外し、机の上へと置いた。
「それで、話とは?」
「うむ。レイラの件だ。あの子を、娶ってくれるとな。」
「・・・はい。」
「そうか。あの時交わした会話では、はっきりとした返事はもらえなかったからな。ここで再度、はっきりと聞いておこう。ヨスミ、我が娘・・・レイラを娶るつもりはあるか?」
最後の言葉は今まで以上に重圧をかけてきた。
はっきりと、”覚悟はあるか”と問いかけてきているようなものだ。
彼女を娶ること、きっと貴族のいざこざも付きまとってくるのは火を見るよりも明らかだ。
それら全てをひっくるめて、大事な娘を受け入れてくれるのか、と僕の覚悟を問うているのだ。
そんなもの、決まってる。
「もちろんだ。あの日、真っすぐ過ぎる気持ちを僕にぶつけて来てくれたその時から、僕は覚悟を決めたんだ。何があろうとレイラは守ると。例え、魂を穢してでも、どんなことがあっても守って見せる。」
「・・・ほう。お主のその瞳・・・、深淵を歩きし者、か。全く、娘の抱く愛よりもお主の方が重いとはな。だが、それだけの覚悟があれば十分だ。」
そういって席を立ち、ヨスミの前までゆっくり歩いていく。
正面からヨスミと対峙し、目を伏せる。
その直後、グスタフ公爵から強烈な威圧がヨスミに注がれる。
周囲を取り巻く大気が5倍以上にも重くなった感覚に襲われ、意識さえも簡単に吹き飛ばすほどの威圧に屋敷全体が包まれる。
これが、現Sランク冒険者の実力の一端。
使用人は1秒も立たずしてほぼ全員が意識を失い、城を警備していた衛兵たちは意識を失う者、動けなくなりその場に蹲る者と別れた。
フィリオラは平然とした態度で紅茶を飲み、レイラとハルネ、アリスは何とか意識は保っている程度、
シロルティアはふらついているアリスの傍で守るように蹲る。
だがヨスミは何の反応も見せず、ただその瞳には”赫き深淵”を宿し、グスタフ公爵の瞳を睨むのではなく、ただただ見るだけだった。
「・・・我が威圧を真面に受けて平然としていられるどころか、我にそのような瞳を向けられるほどの余裕があるとは。」
「その程度の威圧に耐えられなければ、守りたいものも守れないとわかっているからな。」
その言葉を受け、威圧をやめた。
そしてグスタフ公爵は静かに肩を震わせる。
「この程度の威圧、か。ははは、ははははははははははは!いや、良きかな!気に入った。気に入ったぞ、ヨスミ。お主の事を認めよう!我が娘の婿として、お主を我がヴァレンタイン公爵家に受け入れよう!」
・・・ふう、よし。
すでに相手側の親への挨拶を経験するのはこれで2度目だからな。
一番最初にあの2人から受けた威圧と比べれば、この程度の威圧なんて僕にとってはなんともなかったな。
まあそれでもやっぱり緊張はするよな・・・。
相手に取って宝物をいただくんだからな。
誠心誠意をもって、全身全霊を持って対応することが相手に対しての誠意となるからな。
「全力でレイラを守り、2人で共に幸せになることをヴァレンタイン公爵家当主であるグスタフ・フォン・ヴァレンタイン公爵様に誓う。」
「・・・ああ、我が娘を・・・我の全てを捧げた宝であるあの子を、どうかよろしく頼む。」
グスタフ公爵は頭を静かに下げる。
その姿には公爵家とか貴族とかそういったものは関係なく、ただそこにはレイラを大事に大事に育てたたった一人の父親としての姿がそこにあった。
「その願い、確かに受け取った。」
ヨスミもグスタフ公爵の願いを受け、その父親としての誓いを胸に刻んだ。