幼き少女の決意
前の話で、ユリアの会話の一部に”ヨスミお兄ちゃん”と言っておりましたが、ただの”お兄ちゃん”と修正しました。
「人としての感情を持つことをやめろ。人としての価値観を持つことをやめろ。人として成り立つための倫理観を持つことをやめろ。人として、自らを形成するありとあらゆる思い、願い、希望、夢。そういった気持ちを持つことをやめろ。
そういった人としての何かをやめることで初めて、力なんてものは簡単に手に入る。
よく言うだろう?犠牲なくして力などありえないだの、力を手にするためには犠牲が必要だの。
結局、力というのは、それを使うための”理由”が必要になり、ただその理由を認めると自我が崩壊するために、己の持つ人としての何かをやめなければ振るう事さえできない。
夢物語で良く聞く勇者と魔王のお話。
悪き魔王を打倒するため、勇者は聖なる力、聖剣を手にし、仲間と共に立ち向かう。
素敵な話だ、なんとも感動するお話だ。
だが結局、それは人の都合でしか描かれた絵空事でしかないんだ。
魔王には魔王となった理由があり、責任が生じる。
生きるために殺し、生きるために奪う。結局、人とやっていることは全く同じだ。
勇者とは、ただ都合が悪くなった魔王を殺すための道具でしかない。
魔王の生きる理由も都合も考えず、ただただ悪だと決めつけて殺す。
人として考えることをやめたことで手にした”力”で、魔王を殺すという”理由”を持ってその力を振るう。
視点を変えよう。
人間は生きるために家畜という存在を作り、生み、育て、殺し、その肉を食す。
だがそんなの、人間側の生きる理由でしかなく、家畜側の生きる理由ではない。
家畜にはもちろん育ててくれる飼い主を思う感情はあり、生きるために考える知能も持つ。
まあ、人間の持つ思考能力ほどではないが。
だがそれでも、家畜たちは生きている。
もしその体制に家畜たちが違和感を覚えればどうだ?
この人間たちに食われるために、家畜たちは生かされているなんて考えに至ればどうだ?
そんな体勢を打倒すべく、家畜の中で勇者が生まれ、家畜たちを育てる魔王を倒すための力を欲するかもしれない。
そこで家畜は自ら家畜であることをやめ、突然変異を持って人間を倒そうとするだろう。
結局、力なんてもんはそんなものなんだ。
何かを殺すために邪魔な感情をやめ、それを行う理由を持つことに邪魔な価値観を捨て、たとえそれが善人だった時に躊躇ってしまう倫理観をなくし、そして己を襲う罪悪感によって前に進めなくなる自己をやめることで、なおも前へと進めるようになる。
わかるか?
力を求めるという事は、”理由”を作るための儀式でしかないんだよ。」
故に僕は、あの時・・・人をやめた。
そうすることで、僕は計画のためにあの研究を続けることができた。
人の持つ未知の力、感情によって引き出されるような力、幽霊を見る霊感なんていう力。
誰一人として解明できないような、科学では到底理解できないエネルギーの解明。
それらはどこから生まれ、どう扱えるのか。
誰もが見つけられなかったその答えに可能性を見出しても、それを暴く為にはどうしても人を使った研究が必須だった。
だがそれは、人として決して超えてはならぬ一線でもあった。
故に僕と優里は別の視点からドラゴンを生み出す可能性を探し続けた。
過去に失われた文明や、ロストテクノロジー。
オーパーツと呼ばれた未知の遺物を僕たちは探し続けた。
そこに答えがあると信じて、何年もの歳月をかけて探し続けたが答えは見つけられず、その果てに優里を失ってしまった・・・。
故に、僕はやめたのだ。
ついに長年続けた人体実験の果てに、僕は人の内に眠るその未知なるエネルギーを解明した。
そして僕は最終目標であった、長年の夢であった龍誕計画を成功できたのだ・・・。
「力を求めるという事はそういうことだ。人を辞める覚悟ができない、今の君のように何もせず、ただ立ち止まって嘆くだけの奴らには、そんな資格すらない。それでも君は力を欲するというならば・・・、これを持ってあの城の門を叩くといい。」
そういって、かつてレイラを襲撃者たちから助けた際にもらった礼として、金印のような物をもらっていたそれをユリアへと差し出した。
先ほどまでヨスミが話していた時に見せていた悍ましい目とは打って変わり、その視線は柔らかいモノへと変貌し、どこか優し気な目でユリアを眺める。
「こ、れは・・・?」
「そうだね・・・、これは”鍵”だよ。力を求める理由。それを振るうための理由だ。君はこれからどうしたいのか、何のために力を求め、誰のために力を振るうのか。それを見出すための鍵だ。」
「これを持って、あのお城の門を叩けばいいんですか?」
「ああ。門を叩き、出てきた人にそれを渡すこと。それからどうするのかは君の覚悟次第だよ。」
渡された金印をぎゅっと胸に抱きしめ、顔を上げてまっすぐヨスミの眼を見て告げる。
「・・・私、頑張ります。頑張って、あの時のように、パパとママが目の前で殺されるのをただただ見ているだけだった無力の自分とさよならします。そして誰かを守れるような・・・そんな力を私は手に入れます・・・!」
「頑張りなさい・・・。君がどんな力を持つのか、楽しみにしておくよ。」
そういって、ヨスミはその傍にしゃがみ、ユリアと同じ目線の高さまで体を落とすと、そっと頭を撫でる。
突然撫でられて驚きはしたものの、かつて父親に撫でられた時のような温かさを感じ、すでにこの世にいない父を、家族の暖かさを思い出され、それは涙となって目から流れ出ていく。
「ううぅっ・・・、パパぁ・・・ママぁ・・・!」
気が付くとヨスミの胸へ飛び込み、胸の中で泣き出した。
その小さな体をヨスミは優しく抱きしめる。
赤子をあやすよように、背中をさすりながらユリアが泣き止むまでずっと頭を撫で続けた。
「あの、ありがとうございました・・・。」
泣き止んだユリアはどこか恥ずかしそうにヨスミへ礼を示す。
「別に構わないよ。それにまだ何も始まっていないんだ。礼を言うなら君がまずスタートラインに立ち、一人前になってからだ。」
「はい・・・!」
「それじゃあ僕は戻るよ。一応運んできたここはどうやら安全だから今日はここで過ごすといい。」
「あの・・・、お兄ちゃん!」
死んでいる男2人の死体を持って転移しようとした矢先にユリアに呼び止められ、振り向くと目をめいっぱい見開きながらルビーレッドが輝く強い瞳でヨスミを見つめる。
「また、・・・会えますか?」
「・・・君が頑張ればそのうち会えるだろうね。」
「わかりました・・・。あの、お名前は・・・?」
「僕はヨスミ、ただのヨスミだよ。」
「ヨスミ、お兄ちゃん・・・。私、強くなるから・・・!」
「あの時のビンタはとても痛かったから、すぐ強くなれると思うよ?」
「っ!もう、ヨスミお兄ちゃん・・・!!」
「ははっ。その意気だ。それじゃあお休み。またね。」
そう言い残し、男たちの亡骸を連れてその場から消え去った。
残されたユリアは一瞬驚くも、手元に残った金印を眺め、何かを決心したかのように頷くと部屋の隅に置かれたボロボロのベッドに横たわり、瞼を閉じた。
これまで起きたことを思い返す。
そして覚悟を決めた。
あの怖くて寂しそうな眼をするお兄ちゃんを助けられるような存在になると。
強く、強く心にその事を刻み、何度も心の中で繰り返し誓いながら、ゆっくりとその意識は深い眠りについた・・・。
|~人物紹介~|
名前:ユリア
種族:人間
年齢:12歳
身長:132cm
誕生日:7月11日
身体的特徴:綺麗な銀色の長髪にルビーレッドのような真紅の瞳。
年齢の割には小さな体、胸が小さく、本人はかなり気にしている様子。
皇国”ダーウィンヘルト”のホロン村に住んでいた村娘。
だが野盗たちに襲撃され、壊滅。ユリアはその騒動で拉致された。
クオンタ侯爵のとある計画のためにヴァレンタイン公国に連れてこられたが、ヨスミに救助される。