僕にはこの子に手を下すことは出来ない。
上手く力の入らない手足による泥沼な殺し合いは30分も近く続き、残った2人がもみ合った結果として片方が両親指で目を潰しながらショック死をさせ、無事1人だけが生き残ることになった。
片目が潰れ、片頬が口から裂け、耳は捥がれ、指は幾つか折れ曲がり、体中には無数の痣。
それでもその男は生き残っていた。
「はぁ・・・はぁ・・・こ、これふぇ・・・俺ふぁ・・・」
満身創痍状態のその男に近づいていく。
俺は別に3人とも死んでくれてもよかったが・・・、そうか。生き残ったか。
―――残念だ。
振り返り、未だに目と耳を必死に塞いでいるユリアの姿を確認する。
「ああ。約束通りだ。お前だけは生きて返す。その傷じゃあ真面に動けないだろう?」
そういうと、千里眼で確認した時に見えたとある存在が近くにいるのを確かめた後、カーインデルトのに広がる平地へと男と共に転移する。
「おいで、ルーフェルース。」
そう呟くように言うと、満天の星空が広がる1点の星が動き、ヨスミへと近づいていく。
「きゅるぅー!!」
1匹の疾蛇竜がヨスミの近くまで降りると優しく頬を撫でる。
甘えた声でヨスミを自らの体でとぐろを巻くように体を丸めると、その背中も一緒に撫でていく。
「よしよし。いい子だ。」
「きゅぅ~・・・!」
「う、うそふぁ・・・・い、いふぇう、さいふぁい・・・?!」
「ルーフェルース、君にはこの国と皇国ダーウィンヘルトの国境付近にこの男を連れて行ってもらいたい。場所はわかるかな?」
「きゅう?」
ふむ、確かにそういった場所のような知識に関しては、自由気ままに飛び回ることがこのドラゴンの姿だからな。場所とかは気にしないか。
僕も詳しい場所はわからないけど皇国の人間だし、国境付近に捨てておけば男が勝手に帰ってくれるだろうし・・・。
それにそのことを誰かに見られたらそれこそ外交問題に発展しかねない・・・。
そうなるとグスタフ公爵に迷惑がかかってしまう可能性がある・・・。
だから出来るだけ国境付近にありそうな森や茂みとかに捨ててくる感じでいけばいいんだけど・・・。
少し脳への負荷が高いけど、千里眼でこの国全体を一度見てみるか。
目を開き、千里眼を発動させる。
「ぐぅ・・・!」
「きゅう!?」
「だ、大丈夫・・・。」
頭が痛い・・・。
やっぱりこの国全土の地形だけを限定に千里眼を掛けたが、それだけを視るだけでもやっぱり情報量が多いな。
・・・なんか一部違和感がある地形が幾つかあるか。
まあ今はそういうことには意識を向けるのは止めで・・・、皇国ダーウィンヘルトとの国境付近は・・・そこか。
良さそうな場所は・・・あそこがよさそうだ。
場所は決まったけど、この地形データに関して正確にどう伝えればいいんだろうか。
・・・ふむ。
そうだな、少し試してみるか。
そういってヨスミは自分の頭に手を当てる。
つい先ほど千里眼で得た知識を固め、次にルーフェルースを見るとその知識をルーフェルースに移すようなイメージで転移させる。
「・・・なんだか変な感じだな。さて、ルーフェルース。送ってほしい場所はわかってくれたかな?」
ルーフェルースは一度首を傾げた後、
「わかっ、た!」
そう喋った。
・・・え?喋った?
ハクアたんやシロルティアのような思念を飛ばすテレパシーみたいな魔法系の会話じゃなく、声を出して直接会話した?
でもなぜだ? 今まで可愛い鳴き声でしか意思疎通できたなかったのに、こんなにはっきりと・・・。
「なぜ、喋れるんだ・・・?今まで喋れなかったのに・・・。」
「わかんない!でも、なんか色々とわかるようになったの!だから考えてみたの!私の出す声を変えて、パパにもわかるように人間の声を真似てみたの!」
「・・・え、パパ?」
「うん!あの時、私を優しく撫でてくれた時から決めてたの!私のパパにするんだって!」
そうか、一番最初に出会ったあの子だったのか。
あの時からずっと、僕の事を思ってくれていたのか・・・。
それでもパパってどういうことだ・・・。
テイムしたわけじゃないけど、ご主人様だのマスターだの、それか友達かなとは思っていたけどまさかパパとは・・・。
一体何を基準にして僕をパパと呼称するのか・・・。
まあいいか、可愛いから問題なしだ!
「それで、この人間をこの頭に流れてきたここに送ってくればいいんだね?」
「ああ。お願いできるかな?」
「よしよしして!そしたら行ってくるよ!」
ルーフェルースはこんなに甘えん坊だったのか。
ああ、可愛いなこいつは! 最近はまたドラゴン成分の摂取が不足気味だったからなぁ・・・!
「かわいいなあもう、よしよし!」
「うへへへ~!それじゃあ、行ってくるね!」
「ああ、気を付けて行ってくるんだよ。」
「はい、パパ!」
男は終始怯えっぱなしで、ルーフェルースに咥えられた瞬間に醜い悲鳴が上がる。
「いへえぁぁぁああああ!?!?」
「それじゃあ、行ってくるねー!」
そういって、ルーフェルースは男を咥えたまま翼を広げると一気に飛び上がった。
その姿が見えなくなり、小さな星空の一部に見えた時、流れ星となって目的地へと流れていった。
その姿を見送り、ユリアが残された部屋へと転移で戻る。
未だに蹲る様に目と耳を塞いでいた。
ユリアの近くまで寄ると、小さくなった彼女の肩をそっと叩く。
「ひゃあああああああ!!!」
飛び上がる様に驚き、その場に尻餅を付いた後大きく後退りする。
だが相手がヨスミだとわかると、一安心したが怯えた表情は崩れなかった。
「お兄ちゃん・・・でしたか・・・。」
「ああ、今戻った。さて、これからの君の処遇だけど・・・。」
・・・僕にはこの子に手を下すことは出来ない。
レイラではない。
本物よりも頭一つ分小さく、胸が小さ(ギロッ)・・・・。
ん”ん”んっ・・・!
偽物であるこの子ではあるが、レイラの面影を見せるこの子を殺すなんてこと、僕にはできない。
「多分、君を攫った奴らは諦めてないと思うよ。だからこそ、このまま君を解放してもすぐにまた捕まり、その時はもっとひどい目に合う可能性がある。」
「・・・っ、なら私はどうすれば、どうすればいいっていうんですか!!私はただの小さな村の娘です。魔法も扱えないし、そもそも魔力だってありません!剣を扱った事もありません・・・。お母さんの手伝いで刺繍や畑仕事の手伝い・・・そういった村のお手伝いしか経験なんてありません・・・!そんな力のない私に選択肢なんてあるんですか!?結局、私みたいな力のない弱者は、貴族のような力ある権力者に睨まれたら弄ばれるだけの玩具にされ、逃げることもできない・・・。そんな存在になってしまう・・・。抗う力のない私は、一体どうすればよかったんですか・・・!!」
涙ながらに、叫ぶようにそう訴える。
ユリアの眼は本気であり、その震えは恐怖からではなく怒りと憎しみと、自身の置かれる境遇の嘆き・・・。
発した言葉、その一つ一つをヨスミは正面から見据え、受け止める。
かつての僕が、ユリアと同じだったからだ。
何の力のなかった僕は、権力者たちに嫁であった優里を見初められ、抵抗し、最期には守り切ることができなかった。
その時の自分が、そこに居た。
「・・・どうすればよかった、か。簡単な話だ。」
「かん、たん・・・?一体どういう・・・」
「人をやめろ。」
「・・・え?」
そう話すヨスミの眼は、あの時感じた悍ましいモノに変わりつつあった。