表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/517

旅立ちの前日


「ねえ、あなた!これなんてどうかしら!」


市女笠のような帽子をかぶリ、その場で一回転する。

笠に付いた布がヒラリと舞い、垂れ下がった装飾を形取った紐が宙を舞う。


まるでその姿は幻想的で、一瞬目を奪われてしまった。


「ああ、とても綺麗だよ・・・。なあ、ディアネス、ハクア。」

「あーう!」

『きれーい!』


ディアネスとハクア、そしてレイラを連れて町の散策に出ていた。

その先で見かけた帽子屋で、なんとも珍しくも綺麗な東洋の笠を見かけた。


実際に僕たちの衣服は東洋の着物に近い民族衣装のような服を着ている。

その上からフィリオラの体毛によって作られた体を覆い隠すローブを羽織っている。


そのローブが形を変え、まるで虫の垂衣のような姿へと変形した。

ちなみにこの笠を取ると、掛かっていた薄布がローブへと戻るギミック付きである。


ふわりと舞う様に踊るレイラの笠布の隙間から見えた、妖艶な表情がとても印象的だった。


「レイラ、これもどうかもらってくれ。」

「これ、は・・・?」


渡されたのは白く染まった彼岸花、その中心には赤い宝石が添えつけられたかんざし。


そう、このかんざしはこの町に来てから見かけ、レイラに似合うだろうと買っていたものだったが、いつ渡すべきかずっとタイミングを計っていた。

婚約を約束する指輪も、ネックレスも未だに用意できてもいない。


だからこそ、このかんざしをいつまでも眠らせておくべきではない・・・。


「気に入りましたわ。特にこの赤い宝石がまるでルビーのようで、あなたの瞳の色と同じなんですもの・・・。」

「気に入ってくれてよかった。それじゃあ次に・・・」

「ああ、待ってくださいな!わたくしもあなたにこれを・・・」


そういって渡してきたのは色々と装飾された短刀だった。


「我がヴァレンタイン家では、自分の伴侶となる殿方には己を模った、自らの半身とも言うべき短刀をお渡しするのが習わしなのですわ。我らの家系は常に戦地に身を置く、軍事の家系。故に狂気と死、血と腐肉が入り混じり、混沌と化した場所で殺しを続けていれば、いずれ化け物へとその心身は堕ち、ただひたすら殺すことしかできなくなる畜生へと成ってしまいます。この短刀はそれを断ち切り、人としての心を留めてくれる拠り所であり、お守りなのですわ。」


そう言いながら受け取った短刀の手を包み込むように両手で優しく握る。


「あなたの業はあなただけのモノではありません。人を殺した業、それをあなただけに背負わせることは決して致しません。例え、わたくしが傍に居なくても・・・あなたの業を一緒に背負っていくことをここに誓いますわ。」


とびっきりの笑顔で、まっすぐに顔を背けることなく前を見て、そう言い放つ。


「あれからずっと考えておりましたの。あなたの心に潜む闇を、どうすれば取り除けるのか。取り除けなくても、どうやって和らげられるかを・・・。結局のところ、答えは出ませんでした。でもわたくしは諦めるつもりはありませんわ。いつか、わたくしがあなたの・・・ひゃうっ!?」


いつの間にかレイラを抱き寄せていた。


完全に無意識だった。

レイラが必死に僕を思い、この心の中にあるであろう(これ)と向き合ってくれている。


僕でさえ向き合うことをやめ、ただただ成すがままにその闇に飲まれたというのに。

その結果が・・・その末路にはどんな悲惨な運命が待っていようと構わなかった。


結果的に、僕は運が良かった。

大事な子供たちを生み出すことができたのだから。


だからといって、この闇が消え去ることはなかった。

今でも僕は間違っていなかったと、僕は正しかったのだと思える。


いつか、この思いを、僕の抱えている醜い部分を、レイラ(この子)に話せる時が来ますように・・・。






あれからレイラとのデートは終わり、夜を迎えた。

この日、この町で過ごす最後の夜。


酒場のテーブルを囲み、皆で食事を取っていた。


「明日からはいよいよ首都”カーインデルト”へと向けて出発しようと思う。」

「食糧や様々な物資の調達はエルちゃんから報酬としてもらってるから問題ないわ。あ、一応金貨ももらってるから路銀も潤沢よ。」

「かといって、無駄遣いをしてはいけませんわ。かなりの余裕があるとは言っても、いつどこで何が起きるかわからないのが旅というものですわ。」

「そうだね。僕たちが訪れる場所では何かと騒動に巻き込まれっぱなしだし、カーインデルトに着いたとしてもきっと何かしらの事件に巻き込まれる可能性が高い。」


そう、僕の行く先々で何かしらの異変に見舞われている。


ヴェルウッドの森ではゴブリンと斧尾竜の襲撃に加えて、ハクアとの出会い。

その先のステウラン村では、封印された禍鬼虎封印を解こうとする怨念精霊アリスとの出会いに数万もの魔喰蟲の襲撃と暴喰蟲の出現。

ツーリン村では瀕死状態の水堕蛇と村を襲う毒霧、その首謀者である奇妙な冒険者狩りたち。そして託された水堕蛇の卵。

そしてエフェストルの町ではヴィクトリア家とヘルマン伯爵家の拉致事件、そしてインドラバードの襲撃・・・その裏に隠された真相。


間違いない。


カーインデルトに着いたらきっと何か・・・いや、必ず何かが起こる。

それだけは断言してもいい。


今まで培ってきた情報を整理して、ヴァレンタイン公爵家と関係の悪い皇族たち。

その皇族は自分の手は汚さず、その配下である家臣たちを嗾ける様に様々な悪事を働いてきた。


精神的な部分をヘルマン伯爵、実害的な部分をアファタル公爵。

カーインデルトに向かうために立ち寄った村や町では幾つもの騒動に巻き込まれた。


僕は異世界からやってきた身だ。

故にこの事件全てにおいて、僕はいないものと仮定し、その中で共通点としてあげるならばこれら全てにレイラがいるということ。


ただ、ヴェルウッドの村に関してはレイラという存在はなかった。

竜母であるフィリオラという存在が近くにいたため、さすがに手を出すことはなかったが、盗賊たちによる行動によって起こされた騒動のために、おそらくこれは僕のせいで起きた事件の1つだろう。


他の者たちは違う。

ステウラン村に行く前にレイラたちは襲われ、収穫祭前に起きた件も実際は僕がいなくてもグスタフ公爵が実際に出向いて対処してくれた。


つまりこれは僕がいてもいなくても起きた事件であり、僕が解決できなかったとしてもなんとかなった問題だ。


次にツーリン村に関しては道外れなこともあったからきっとこれはレイラには関係ないのかもしれないが、あの冒険者狩りの奴らは何かを狙っていた。


何かしら仕組まれた計画の一部に必要なものだったから、それを阻止したっていう線もある。

実際にあの水堕蛇から託された卵は客観的に見て異質だったからな。


そしてエフェストルで起きたヴィクトリアとカリエラの誘拐、それによるヴァレンタイン公爵家への責任追及。

またインドラバード襲撃によるエフェストルの壊滅と、レイラ公女抹殺未遂事件。


どれをとっても、その中心にいるのはレイラだ。


カーインデルトではきっとレイラに関する何かが起こる。

確証は一切ないが、レイラの身に危険以上のものが及ぶだろう。


「・・・なた、あなた?」

「ん?ああ、ごめん。ボーっとしてたよ。今どこまで話してた?」

「とりあえず諸々は話し終えたわ。後は明日の出発時間よ。」

「時間は前と同じ、早朝に行こう。」

「わか、った・・・。わたした、ちはこの、まま・・・部屋に戻、るね・・・。」

『いこうか、アリス。それじゃあみんな、おやすみ。』

「私も部屋に戻るわ。ハクア、おいで。一緒に寝ましょ。」

『はいなのー!』


フィリオラたちは席を立ち、自分たちの部屋へと戻っていった。

残されたヨスミとレイラ、ハルネとディアネスも席を立ち、部屋へと戻っていく。


「レイラたちは先に部屋に戻っていてくれ。」

「あなたはどうするの?」

「少し、頭を冷やしたいんだ。」


レイラはその言葉を聞いてそっとヨスミの体に寄り添う。


「大丈夫だ。少し考え事を纏めたいだけだ。」

「・・・早く来てくださいね。」

「ああ、すぐ戻るよ。」


ヨスミはレイラのおでこに軽く口づけをする。

顔を真っ赤にしたレイラは頬を両手で抑えながら、嬉しそうにハルネたちと共に部屋へと戻っていった。


「ふふ・・・、僕の嫁は可愛いな。」


さて、話を詰めるか。

これ以上、僕の望まぬ展開を向かえないために・・・。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ