紫雷鳳鳥が戦う理由
「ねえ、フィー?あれなんなのよ・・・。」
大きな爆発雲が巻き起こる中、その上空の大きな雲の中に見えた巨大な鳥のようなシルエット。
だがそれはすぐさま強大な羽ばたきによって発生した竜巻にも似た突風で爆発雲をかき消し、中から姿を現したのは全身に紫色の雷が無数に走る巨大な魔鳥だった。
そんな光景を眺めながら冷や汗を流す女性が2人、建物の屋上に立っていた。
フィーと呼ばれた彼女は竜母と呼ばれる女性で、この世界中では知らない者はいないとされるほどの偉大なる聖人。
先ほどヨスミ達と別れて町の様子を見に来ていたが、この町の町長であるエルファスという女性に話を伺おうとした直後に起きたことだった。
彼女を連れて急いでその建物から飛んで避難した直後に、先ほどまでいた建物は紫色の電撃を帯びながら高温に熱されると巨大な爆発を生みだす。
爆風に煽られながら、なんとか別の建物の屋上へと降り立つことができた2人が状況確認できたのは巨大な爆発雲が姿を現した後だった。
「はあ・・・。ねえ、エル。あなたこの町で何やらかしたの?」
「ちょっと、私のせいにする気?私は別に何もしてないわよ!」
「本当に?じゃあなんであそこにインドラバードがいるのよ。あの子は本来、こんな場所に来るようなことはしないわ!」
竜母は明らかに怒りのような感情を露わにしていた。
インドラバード、Aランク級の魔物としては上位に存在する、まさに怪物のような魔物がこんな町中の、しかも中心地に来るようなことはほとんどない。
しかもインドラバード事態、非常に温厚で臆病な魔鳥であり、滅多な事では人前には姿を現さない。
「本当に・・・本当に私は何も知らないのよ・・・!ただ、最近ヘルマン伯爵が私の領地内で[宵闇の瞳]っていう闇ギルドと一緒に何かしらコソコソとやっている報告は受けてる。だから原因があるとしたらそっちなんだけど・・・」
「あの子、相当キレてるわ。怒りに我を忘れてるほどに・・・。あんな風に無差別に攻撃している限り、大事な卵を盗まれたわけでもなさそうだし。」
「フィー、確かあなたたちのお仲間さんがヘルマン伯爵邸に乗り込んだんでしょ?何か知らないの?」
「私がヨスミたちと合流したのは、あの子たちがヘルマン伯爵邸で用事を終わらせた後だから詳しいことは何も知らないわ。とりあえず私はあの子をなんとかするから、エルちゃんは町の住民たちの避難とヘルマン伯爵邸に人を遣わして原因を探って。」
「・・・わかったわ。」
そう言い残し、エルファスはその建物から跳躍すると別の低い建物の屋上へ飛び移り、それを何回か繰り返して地上へと降り立った。
その姿を見送った後、そのまま上空へ飛び上がり、インドラバードと相対時する。
本来であれば紫色の綺麗な瞳は赤黒く光っており、その焦点は定まっていなかった。
あの子、あそこまで怒りに支配されているなんて・・・。
一体この町にいる誰かさんはどんなことをやらかしたのよ・・・。
「まずは落ち着かせないと。じゃなきゃ話さえ通じないわね。」
そう愚痴を零しながら、胸の中に魔力を溜める。
溜まった魔力は胸から喉、喉から口へと流れ、それは白桃色の花の蕾となり、やがれその花は咲き誇る。
無数に展開された魔法陣がインドラバードに向けてまっすぐに並び、花の中心部に魔力が集まり、やがてそれは大きな球体となり、そこから圧縮された魔力の塊・・・炎線となって魔法陣へと放たれた。
「<白桃焔花>!」
並んだ魔法陣をどんどん経由していき、経由するたびに威力を増すかのように圧縮され、細長くなっていく。
最後の魔法陣を通り過ぎた時にはキィーンという金属が擦れるような甲高い音が発生し、圧縮された炎線はまるで光線の如く一本の細い線となってインドラバードへ向けて伸びていく。
だがその攻撃はインドラバードに当たることはなかった。
その場から移動し、避けたわけではない。
文字通り、当たらなかったのだ。
インドラバードの紫雷を帯びた羽毛が、周囲に魔力を帯びた強力な静電気を発生し、それによりフィリオラから放たれた吐息は無数に枝分かれするかのように湾曲し、そこら中へと無差別に被弾していく。
当たったところから強大な魔力爆発を起こし、被害がより甚大であることに気付き、すぐさま口を閉じて吐息を止める。
インドラバードは両翼に帯電している紫雷を集めてフィリオラに向けて羽ばたくと、紫雷を帯びた竜巻が発生し、フィリオラへと浴びせかける。
その場から急いで跳躍し、間一髪でそれを交わすと両腕に龍の爪を顕現させ、インドラバードとの距離を一気に縮めると両爪で切り裂こうとした。
「キュウゥウウウウ・・・!!!」
切り裂かれる瞬間に己の羽毛を震わせ、帯電している紫雷を強めて静電気を発生させるとそれによる反発力を利用してフィリオラの爪が当たる直前に一気に吹き飛ばす。
「ったくもう、怒りで我を失っているくせにこういった戦闘事じゃあ冷静に対処するんだから・・・。あまり怪我はさせたくないんだけど、仕方ないわ。」
細長い龍尾を顕現させ、まるで鞭のようにしならせて目にもとまらぬ速さで打ち出し、強烈な一撃を打ち出す。
これにはさすがに反応できなかったのか、胴体を深く切り裂かれ、血飛沫が宙へと舞う。
「キュウウウウ・・・!?」
一瞬、体勢が崩れ、それをフィリオラは逃さずに再度距離を一瞬にして縮めると両爪による斬撃を胴体へと放つがインドラバードの両翼で防がれる。
インドラバードは窮地を脱そうとその場から更に上空へと大きく羽ばたき、羽を広げて飛行する。
その後を追いかけようとした時、インドラバードから紫雷を帯びた無数の羽根がフィリオラに向けて飛んでくる。
フィリオラもそれらを避けようとその場から急いで跳躍しながら回避行動を起こし、高速移動で羽根を振り切ろうとするがまるで吸い寄せられるように羽根はぴったりとくっついてくるため、両翼に白桃炎を宿し、飛行しながら自らを回転させると無数の火の粉が散布され、それに羽根が当たると燃え落ちていく。
全ての羽根を落としたのを確認すると、その速度を保ったままインドラバードへ向けて飛び、両手に幾つか魔力を圧縮させた白桃炎球を作り出し、腕を振るってそれらをインドラバードへ放つ。
インドラバードは帯電させていた紫雷を強め、自身を中心に強烈な雷撃を周囲に向けて無差別に放ち、放たれた白桃炎球はそれらに触れると強烈な魔力爆発を起こして四散する。
その雷撃はフィリオラに迫る勢いで伸びてきたため、一度距離を離れて攻撃範囲外へと逃げたが、それを逃がさないと言わんばかりにインドラバードが追ってきた。
背後に迫るインドラバードの口が開かれ、口内から無数に枝分かれした紫雷光線が放たれ、フィリオラは何とかそれを避けようと回避行動を取るも、そのうちの一本の紫雷が翼に直撃し、魔力爆発が起こった。
「いっったあぁぁー・・・!」
爆発に飲まれ、そのまま墜落しそうになるが何とか体勢を立て直し、再度高速飛行へと移る。
「あーもう、こっちは手加減しないと町に被害が及ぶのにそっちはそんなのお構いなしだものね・・・。やり辛いったらありゃしないわ・・・!」
インドラバードとフィリオラの戦いの余波をまともに受けているエフェストルの町は炎に包まれていた。
だが、逃げ遅れていた住民たちがいきなり姿が消えて行っているところを見ると、どうやらヨスミがみんなの避難を手助けしてくれているのだとわかる。
そして今度は地上の方からインドラバードへ向けて黒い雷撃が伸びてきた。
インドラバードは一度その場に制止し、防御のためかその大きな羽で自身を包み、紫雷を纏うと周囲が歪んで見えるほどまでに強力な静電気を発生させ、こっちへ向けて飛んでくる黒雷撃を湾曲させ、軌道を反らして被弾を逃れる。
だが両羽で自身を覆ったため、その間視界が閉ざされたのを狙ったのか気が付けば突如として目の前に黒い鎌を大きく振り上げたまま突っ込んでくるアリスと黒刀を構えて突撃してくるレイラの対処が一瞬遅れ、
「落ち、て・・・!」
「落ちなさい!」
それぞれの羽をアリスとレイラによって大きく切り裂かれ、
「キュウウゥウウウーー・・・!!??」
激痛が走り悲鳴を上げ、飛行維持が出来なくなったインドラバードは地上へと落ちていく。
だがインドラバードはなんとか体勢を立て直そうと再度自身の身体に紫雷を帯び始めた所、
「グルウウウウーーー!!」
どこからか疾蛇竜が竜巻をその身に宿したままインドラバードへと突っ込み、見事胴体に直撃すると地上へ向けて吹き飛ばされた。
大きな地響きと砂煙が舞い、少し経って煙が消え、そこには痛々しくも未だに戦闘意志を宿したインドラバードがゆっくりと起き上がった姿があった。
だが先ほどまでの殺気や怒りは残っていないようで、赤黒かった瞳は元の紫色へと戻っていた。
フィリオラはゆっくりとインドラバードの前に降り立ち、まっすぐにインドラバードの瞳を見た後に深く息を吐いた後、顕現させていた翼と爪、尾を消して戦闘意志が無い事を示した。
「これでようやっと話ができるわね。あなたに何があったのか、聞かせてもらえるかしら?」
インドラバードはフィリオラを強く睨み、戦闘する意志はすでにないモノの、その感情の中には深い憎しみと、そして悲しみが感じ取られた。
『・・・お前たちは、我が子を殺した。その報いを受けるために、私はここに来たのだ。』
~ 今回現れたモンスター ~
竜種:紫雷鳳鳥 インドラバード
脅威度:Aランク
生態:白紫色の羽毛を持ち、その羽毛一つ一つが紫雷を発生させる魔力が宿っている。
全長は大体15~30mほどで、頭には2本の長い白い羽毛が生えている。
基本はとても高い山の山頂に巣を作っており、周囲に自らの魔力で発生させた雷雲を利用して外敵から身を守りつつ、卵を温めている。
身体を覆う羽毛一つ一つが紫雷を作り出すため、常に全身から薄い静電気の膜のようなものが張られている。
またその紫雷で発生した静電気は魔力を帯びているため、自らに向けられた攻撃魔法の軌道を反らす効果を兼ね備えている。
また金属関連の武具も影響を受けるため、真面な装備は攻撃を弾かれてしまうため、攻撃が通りにくい。
その静電気を防御だけでなく攻撃にも転用できるため、攻守ともに非常に高い。
だがその分、正確は非常に温厚でかつ臆病なため、人前にはまず姿を現さない。
かつて紫雷鳳鳥の縄張りに迷い込んだ冒険者を町の近くまで運んだ逸話があるとされている。
ただし、一度怒らせてしまうと手が付けられなくなり、まるで雷神が如く、周囲に無差別に魔力を込めた紫雷を落として破壊の限りを尽くすとされている。
たった1羽で小国レベルなら簡単に滅ぼすほどの強さを持っているため、高い山の山頂付近に雷雲を見かけた場合、手を出さずに引き返せと注意喚起されるほどである。