誓うべき相手、向かうべき道
「・・・おい、そこのメイド」
「はい、いかが致しましたか?」
ハルネはダナントに呼ばれ、コツコツと音を鳴らしながらゆっくりと近づく。
何が起きても大丈夫なように、腰に差してある鎖斧の柄に手を掛ける。
牢やの壁にもたれかかるように座っているダナントはやってきたハルネを目線だけ動かして見る。
「お前らは何の目的があってここに来た?」
「私の口からは申し上げられません。」
「・・・お前、相当腕は立つようだが、どこか躓いている節があるな。」
「ッ・・・」
「図星か。」
ハルネは一瞬たじろぐ。
確かに私は、幻影体・・・自分自身に打ち勝つことができない。
それもレイラお嬢様と違って、5年間もの間ずっと・・・。
挑戦してきた回数はもう数えきれないほど、何度も、何度も何度も何度も戦った。
この身が一度朽ちかけてしまうほどに飲まず食わず寝ずに7日間ずっと戦い続けた時も、自分を超えることは出来なかった。
いつからでしょう・・・私は自分自身と向き合うのをやめてしまった。
きっと、私の限界は・・・ここまでなのだろうと、諦めてしまった・・・。
でも、ヨスミ様と訓練所で手合わせをしていくうちに、あの時諦めてしまった自分の限界を見つめ直すことができた。
訓練所だけではなく、それこそ冒険の合間に何度もお願いをして手合わせをしてもらった。
その時に、ヨスミ様に私の問題点なども指摘してもらったり・・・。
まあそういうのには自信がないって仰っておりましたが、今の私にとってどれほど嬉しかったか・・・。
まだ私の内に諦めていない意志が残っていたことに気付かされてくれたこと。
「あなたには関係ないことで御座います。」
「そうか・・・。ならばこれは独り言だ。」
ダナントは目を伏せ、何かを思うような口調でゆっくり語り始める。
「強さとは、歩みを止めぬ者が得る力である。常に歩き続け、まっすぐに前だけを見続ける者に、自らが超えるべき真の壁が現れる。その壁こそ、己が見るべき問題であり、進むべき道に続く扉となるだろう。」
「・・・。」
真の壁、ですか。
まっすぐに、前だけを見続ける者・・・。
「お前の強さは、何のためにある。お前の力は、誰のために振るう。その2点、どちらかでも迷いがあるなら、一度立ち止まり、思い返してみるのもまた己の強さを超える礎となる。」
「・・・なぜ、そこまで?」
「言っただろう・・・、俺の独り言だと。」
何のため・・・?誰の、ため・・・・。
その時、脳裏に浮かんだのは幼き日のレイラお嬢様だった。
最初、出会ったときは全てに絶望し、何もかも諦めた眼を持っていた。
身体中に長年蓄積された暴力の痕が無数に残されており、風に触れるだけでも痛みを伴っているはず・・・。
それでもその表情は一切崩れず、ただ無を浮かべていた。
どれだけ声を掛けても、どれだけ愛を持って接してもその瞳は一切揺らがなかった・・・。
ある日の日が差す前の早朝、メイドとしての仕事をする前にいつものように鍛錬をしていた私の姿を見たレイラお嬢様の瞳が一瞬、揺らいだ気がした。
その日から私はレイラお嬢様に戦う術を、誰かを守る力を教えることにした。
それからのレイラお嬢様はどんどん変わられた。
どんどん、笑顔が増えていった。
そして、どんどんレイラお嬢様は強くなられた。
1年という歳月を持って、GランクからBランクに上がるほどの快挙を見せた。
ランクが上がるにつれ、その依頼や試練の難易度も格段と上がっていく。
DからCに上がるのが最初の難関と言われ、ここからDランク級の中型の魔物を30体以上の複数同時討伐依頼となる。
そして、CからBに上がるときはBランク級の大型の魔物を5体同時討伐依頼となる。
30体以上である故、50体にも100体を相手にすることもある。
同じDランクの中型ではあるがとんでもない数の魔物を相手するために、そこで自信を失うものが多く、また複数戦に慣れていないことが多いランク帯の冒険者ばかりなのでそこで命を落とすことも多い・・・。
故に、Dランクまでが初心者とされ、それを突破し、Cランクになることで初めて冒険者のスタートラインに立つことを許されると言われている。
そしてCランクに上がるために平均1年、Bランクに上がるために平均3年かかると言われているなか、レイラお嬢様はそれをたった3か月で成し遂げてしまった。
そんなお嬢様の活躍を傍でずっと見守ってきた私は、いつしか・・・
・・・そっか、私はお嬢様に嫉妬していたのか。
あの時に見せてくれたお嬢様の笑顔・・・私はその笑顔を守るって決めていたのに、いつしかその圧倒的な実力の差を見せつけられて、私の瞳は曇ってしまっていたのね・・・。
そのせいで、お嬢様を導いてきた私の姿を見てきたお嬢様も、Aランク昇級試練に躓くようになってしまって・・・。
私がもっとしっかりしていたならば、お嬢様は迷うことなくその実力を成長させられたはずなのに・・・。
「・・・良い面になったじゃねえか。」
「独り言を盗み聞きしてしまい、誠に申し訳ございません。」
「ふん、可愛げがないな・・・。」
「ちょっとあんたたちだけで勝手に盛り上がってるんじゃないわよ。」
反対側の牢屋からデリオラが声を掛けてきた。
退屈から抜け出そうとするために、からかうような口調で。
「あんた、確か”双蛇のハルネ”でしょ?あんたはすでにAランク以上に近い実力の持ち主だと聞いているわ。でもまさか、幻影体如きに苦戦するなんてねぇ。」
「確かに幻影体は強い。だが、強いということは己自身もまた強いという証でもある。それは誇るべきものだ。」
「・・・・。」
ハルネは言葉を一切発さず、ゆっくりと頭を下げる。
それを見てダナントとデリオラは静かに笑みを浮かべた。
「さて、俺はそろそろ行くとする。ここにいては俺の目的は達成できないからな」
「あたしらもいくわ。ただし、ダナント・・・あんただけは許さないから。」
「先に襲ってきたのはお前らなんだがな・・・正当防衛というやつだ。」
「それはあんたのとこがあたしらに呪術を掛けたせいでしょう?!」
牢や越しに水掛け論をし合うダナントとデリオラにどこかあきれ返るハルネとハクア。
『喧嘩ばかりなのー・・・。』
「本当は息ぴったりなのかもしれませんね・・・。あの2人は。」
「だからあれはー・・・!!!」
「そんなことを言ったらー・・・!!!」
『「・・・はあ。」』
でも、お二人のおかげで進むべき道が見えたような気がしました。
まだ迷うことはありますが、たどり着くべき場所がわかっているなら、自ずと道筋が見えてくる・・・。
レイラお嬢様。私は今度こそレイラお嬢様のためにこの身を、この剣を捧げます。




