レイラの一振り
この世界では指輪が良いのだろうか。
それともネックレスがいいのだろうか。
両方プレゼントすればいいか。
ついつい気持ちが昂って何のプレゼントもなしにプロポーズしてしまったから・・・。
「あなた?どうしたの、考え事ですの?」
「まあちょっとね。さて、それじゃあそろそろ行こうか。準備はいい?」
「ええ、問題ないですわ。」
レイラはヨスミの手を握り、笑顔を向ける。
その笑顔に愛おしさを感じ、優しく頭を撫でると先ほどヴィクトリアが向かっていった廃屋の方へと”移動”した。
移動してすぐ周囲を警戒すると、辺りには何もなかった。
ヴィクトリアとアリス、シロルティアの姿さえもなかった。
「まだ2人は出てきていないのか?苦戦しているのだろうか・・・。」
「そのようですわね。それに・・・とても静かですわ。」
下で争っているにせよ、戦闘音でも振動でも聞こえるものだが・・・。
せっかくだ、オウシュフェルからもらった魔眼を使ってみるか。
「千里眼・・・!」
ヨスミを中心に広がっていく波。
それらは瞳の中で草木を形成し、目の前の廃屋を形成し、大気、空に浮かぶ雲までもが明確に、精確に形成されていく。
千里眼・・・、これはいわゆる地図生成と生命探知、看破の3つが組み合わさったようなものだ。
しかもこれは千里眼で形成される範囲は思うが儘であり、自分を中心に作られるため、半径100mでも500mでも・・・極端に言えばこの世界全てを千里眼に映すことは可能だ。
だがその範囲を広げれば広げるほど脳への負荷が掛かり、先ほど言ったこの世界を千里眼に映すとなった場合、脳が沸騰し、はじけ飛ぶだろう。
また設定した範囲内にいるありとあらゆる全ての生命体に関する弱点部位と即死部位を看破し、その瞳に映す。
看破による攻撃は絶対的で確定的なものであり、絶対不変の事象のため、的確に射抜かれた場合、相手が誰であろうと瀕死、または死を免れない。
その瞳に映す生命体の情報の有無は脳内にて今までの情報を元に無意識に選別して映すため、脳内で無意識に弾かれた場合でも再度意識をすることで看破が発動される。
「それがあなたがもらった魔眼、千里眼・・・ですわね。・・・って、あなた!?」
「んー・・・、意外にも脳処理への負担が大きいな。少し規模を大きくし過ぎたか。」
「そんなことを言っている場合ですか!もう少し力加減を抑えてくださいまし!」
瞳が震え、頭痛が激しく、鼻血が今まで以上に多く流れ出ていく。
立っていることさえもままならず、倒れそうになるもレイラが急いで支える。
「悪い・・・、だが大体はわかった。今、ヴィクトリアとアリス、シロルティアは地下の奥深くで未だに戦闘を続けている・・。静かな理由は、戦闘が起きている場所はここからかなり離れているからだ・・・。それにしてもかなりの大規模な戦闘が行われているようだ・・・。」
「・・・助けに行った方がいいですの?」
「いや、大丈夫そうだ。互いの相棒による連携がとてもうまい。ヴィクトリアとカリエラ。アリスとシロルティア。彼らに任せれば問題なさそうだ・・・。だが・・・」
「だが・・・ほかに何か見つけましたの?」
「ああ・・・、別の厄介な奴を見つけてな。」
ここではない別の廃屋、そこに見慣れた最凶の怪物の反応を見つけた。
最強であり、最弱の存在。
それは世界によって大きく変わり、ここで懸念することは果たしてこの世界であの怪物は一体どっちに分類されるかどうかだ。
「なあ、レイラ。この世界でスライムはどういった扱いなんだ?」
「スライム・・・ですの?スライムはAランクの魔物ですわ。一切の物理攻撃も受け付けず、魔法攻撃でさえまともに効き難い。散の噴射、その大きさを持っての丸のみ、分裂など、多種多様な攻撃。弱点は体中を高速で動き回る小さな魔核、ただこの一点のみですわ。しかもその魔核事態が黒鉱石以上の堅さを持っているため、真面な武器でさえ容易に破壊することも難しいと聞きますわ。」
あー、最強の部類だこれー。
レイラに聞く限りじゃあ、本当に質が悪い方だよなー・・・。
某ゲームに出てきそうなマスコットな感じじゃないってことね。
でも、どうしてそんな奴があんな所に居るんだろうか。
Aランク級の魔物は、この世界でいくとかなりの強敵な部類に入るみたいだし、こんな町の近くに居たらすぐに騒ぎになるはず・・・。
「・・・あなた、もしかしてスライムがこの近くにいるんですの!?」
「そのようだ。ここではないが、ここからそう遠くない場所で静かに身を潜めているよ。」
「そんな・・・どこにいるんですの?詳しい場所とか・・・」
「ほら、ここに・・・」グラッ・・・・
「あなた!」
あ、千里眼展開したままだったの忘れて転移窓を展開しちまった・・・。
まずい・・・、意識が、途切れ・・・。
突如、目が充血し、その後に目と鼻から血が流れ出し、その場に倒れた。
それをレイラが何とか受け止め、ゆっくりと地面に寝かす。
「あなた、しっかりしてください!あなた・・・!」
いくら揺さぶっても反応がない。
急いで胸に耳を当てて鼓動を聞いてみるが、鼓動が弱まっている。
「これは・・・だめ、だめですの・・!ごめんなさい、あなた。とても痛みますけど、我慢してくださいまし・・・!<癒しの光>!」
淡い緑色の光がヨスミを包み込むと、急激に痛みに苦しむ様に体をよじらせる。
「があぁぁあ・・・・・!!」
一瞬の絶叫の後、再度気を失ったかのように表情が穏やかになった。
「ごめんなさい、あなた・・・。」
膝にヨスミの頭を乗せ、頭を撫でる。
首から下げていたオレンジ色の結晶を手に取り、そこに魔力を流し込む。
結晶が光り、少ししてハルネの姿が映った。
『お嬢様、いかがなされましたか?』
「ハルネ、今すぐにこの町の冒険者ギルドに連絡を。この町付近にスライムが出現したと。」
『す、スライムですか!? お嬢様たちはご無事なのですか!?』
「ええ、わたくしたちなら大丈夫ですわ!ただ今はちょっと動けない状況ですの・・・お願いできないかしら?」
『・・・かしこまりました。少しだけ持ち堪えてくださいませ。すぐに援軍と共に向かいますわ。』
「場所は西側にある廃屋を目安にしてほしいのですわ!」
静かに頭を下げ、挨拶を終えると光が消えた。
とりあえず、ここでヴィクトリア様とアリスちゃんたちを待ちながら周囲を警戒すればいいですわ。
あなた様ったら本当に、無茶ばかりして・・・。
本当に・・・何度も言ったのに・・・。
それでも、仲間のためなら・・・。きっと、わたくしのためならこれ以上の無理をするのでしょうね・・・。
「あなた・・・。っ!」
ふと殺気を感じ、後方を見るとそこには何もいなかった。
だが、ドロリとした液体のような何かがゆっくりと這ってきていた。
大きさとしては1m未満ほど。
今、襲われたらヨスミ様は・・・。
ヨスミをゆっくりと寝かせ、その場から立ち上がる。
ローブの隙間から腰に差している黒刀を露わにし、ゆっくりと柄を握る。
「・・・<疾風の鎧>。」
レイラの周囲に薄い風が渦巻き始め、まるで鎧のように纏う。
ヨスミ様はオウシュフェル様から頂いた力を戸惑う無く仲間を守るために使った。
ならば、わたくしもそれに応えて見せる・・・。
「ヨスミ様は、わたくしが、守りますわ・・・!王眼・・・!」
レイラの瞳が光り、その内に無数の魔法陣が重なり合う様に浮かび上がり、それはスライムの姿を見る。
王眼、未来を見通すだけではなく、その先の運命を手繰り寄せ、その未来を確定させられる力を持つ。
今のわたくしでは全てを扱えず、せいぜい1~3秒先の未来を知る程度しか扱えない。
でも・・・
「それで十分ですわ。」
目を閉じ、己の神経を研ぎ澄ませ、深く息を吐いた。
全てを何もかも吐き出し、脱力状態のまま姿勢を低く保つ。
ゆっくりと目を開けて黒刀に魔力を流し、スライムを再度目線に捉えると息を止め、脱力状態から一気に全身に力を込め、地面を蹴る。
風の抵抗が一切ない。私を遮るものはない。
まるで自らが風になったかのよう・・・、全てを置いて進んでいく・・・。
景色も、色でさえ置いて、力の全てをこの一振りに込める。
目に見えているスライム、その身体を動き回る小さな魔核。
どう動くか、全てが見えている。
どこをどう切ればいいのか、今ならわかる。
黒刀を抜いた手応えはない・・・まるで刀がそもそもないものとして感じられる。
まるで白い百合の花が舞っているかのよう・・・、すごく、綺麗だわ・・・。
全てを置き去りにしたその一閃、その後、スライムの後方へと移動し、黒刀を鞘へと静かに戻した。
「・・・シラユリの、一閃。」
そう言葉を呟いた後、スライムの液体状の体ごと魔核がまるでズレているかのように崩れ、また周囲の空間さえも同じように崩れたように見え、消失した。
スライムはそのまま溶け出るように広がり、完全に生命体としての活動を終えた。