噂と餌と蜥蜴の尻尾
あの後、男たちに対してヨスミは少しずつ体の一部を”移動”させるという拷問にも近い事を平気でやってのけ、ヴィクトリアの顔面が真っ青になっているのを横目に情報吐くことを約束させた。
だが、ハルネが口に詰められた布を取り除き、いざ話そうとした瞬間、男たちが急に声が出せなくなり、まるでもがき苦しむかのように喉を掻きむしった後、喉がそのままドロドロに焼け爛れ、絶命した。
「な、なんだこれは・・・」
「うーん、これは察するに一種の呪いだろうね。予想だけど、特定の言葉を言おうとすると発動し、対象の喉を潰し、声を発せさせなくし、そのまま殺す・・・そういった感じか。」
「なんと酷い・・・。」
男たちの喉が全て溶け、頭と胴体が離れる様に転がった。
呪いの効力もかなりの物と見た。
それに男たちの様子からして、この呪いを掛けられていたことも知らなかったようだし・・・。
こんな簡単に切り捨てられるぐらいだ。
こいつらは同じ仲間内の中でも下っ端か、そもそも外に依頼した業者の類か。
下っ端ならともかく、別に依頼した業者に対してこのような処置を取った場合、こいつらの仲間は黙っちゃいないと思うが・・・。
「ヴィクトリア、こいつらを知っているか?」
「・・・いや、見たことがない。この町の方々とは長い付き合いだが、こいつらの顔は見たことがない。」
ということは外に依頼した奴らか・・・、なら利用できるな。
「ヴィクトリア、ちょっとした策を思いついた。成功するかしないかは五分五分だが、上手くいけば奴らの尻尾を掴むきっかけを作れるかもしれないが、どうだ?乗るか?」
「・・・今まで私はその尻尾さえ見つけられなかったんだ。見つけるどころか掴めるかもしれないなんて、そんな機会を逃すはずはないだろう?何をすればいい?」
「・・・では、こんな噂を流してくれ。君自身でな。」
「・・・おい、聞いたか?」
酒場に座って会話を続ける男たち。
今広がっている噂を肴にミードをぐいっと飲む。
「ああ、首が溶け落ちた死体の話だろ?なんでもヴィクトリア様を襲おうとしたら逆に返り討ちに合って取っ捕まったらしい。その時に急に喉が溶けだしたんだとよ!なんでも呪いのせいだとかなんとか!」
「呪いぃ?!ひええぇ、おっかねえなあ・・・。でもなんでヴィクトリア様を襲おうとしたんだろうなあ?この辺りに住んでるなら、ヴィクトリア様に刃を向けるなんてこと絶対にしねえのによ?」
「だよなあ?もしかしたらこの町のモンじゃねえかもなあ?」
その者たちの会話に耳を傾ける、別の机に腰掛ける人物がいた。
フードを深くかぶり、静かに息を殺して自分の存在感を消していた。
男たちの会話を聞きながら、気が付けば無意識に握りこぶしを作り、自らの感情の昂りを必死に抑えているように見えた。
「・・・クソッ!」
握っていた樽ジョッキの握り部分が砕け、支えを失ったジョッキは机の上に零れ、中身が机上に広がっていく。
中に入っていた赤ワインがまるで血のように地面へ滴り落ち、その人物は席から立ちあがると銀貨を数枚地面に置き、その場を後にした。
「アジータ」
「・・・はっ、ここに。」
酒場を出た所で、誰かの名前を呼ぶと突如として影から顔だけローブを来た何かがが姿を現した。
目線だけを落とし、怒りに満ちた声でそっと呟く。
「みんなを集めて。」
「御意に。」
その人物は命を受け、影の中へと戻っていった。
目を伏せ、何かを考え直した後、ゆっくりと歩き出した。
「ヘルマン伯爵・・・・、決して許さない。」
そう呟き、人ごみの中へと姿を消した。
「ねえ、ヨスミ。あんた最近、おかしなことやってるみたいだけど。」
『おかしなことー!』
宿屋の部屋、その中で自室にいるときに入ってきたフィリオラとハクア。
どうやら最近、レイラとハルネ、ヴィクトリアの3人で始めたことに気付いているようだ。
アリスとシロルティアは冒険者登録を無事終えたようで、さっそくFランク昇格のために薬草採集や周囲の魔物に関する調査の依頼を進んでやっているそうだ。
ただ、魔物に関する調査だけでなく、その魔物事態を狩ってくるので、E~Cまでの依頼が少なくなってきてしまい、冒険者ギルドの方も困っているようだ。
「まあちょっと思う所があってね。」
「本当に巻き込まれ体質なのやら、首つっこみ体質なのやら・・・。それで?私は何をすればいいの?」
「・・・フィリオラも協力してくれるのか?竜母という立場としてこういった人間のイザコザに介入しても大丈夫なのか?」
「そうね~・・・。今の私は竜母じゃなくてただの竜人フィリオラとしているわ。それにヨスミに思う所があうように、私も少し気になるところがあるのよ。」
フィリオラはこの町に着いてすぐに町長へあいさつしに向かった。
そこできっと何かあったのだろう。
ヘルマン伯爵が目撃されたのも、町長が住む屋敷の裏門で見かけたこともきっと偶然ではないはず・・・。
とりあえず僕はフィリオラに、ヴィクトリアとの今まで起きたことの事情をかいつまんで話した。
それを聞いて、静かに聞いていたフィリオラだったがヘルマン伯爵についての話が出た時、わずかに反応をしていた。
「フィリオラ。君には町長の屋敷について色々と調べてもらいたい。」
「ヨスミ、あんたはこの町の町長とヘルマン伯爵が何かしらの繋がりがあると踏んでいるのね?」
「幾つかある可能性の中の1つってだけなんだ。今の僕たちに出来るのはその可能性を一つ一つ試して確実なものを掴まないといけない。相手が貴族っていうなら話はなおさらだ。」
「・・・そう。わかった。とりあえず私は屋敷を調べてみるわ。」
「助かるよ。また何かあったら・・・」
「ヨスミ?!」
と気が付いたら、ヨスミの顔から鼻血が垂れていることに気が付いた。
フィリオラは急いで治癒魔法を掛け始め、鼻血が止まる。
「・・・ねえ、まさかずっと張ってるの?それ」
それと言ったモノに目線を配る。
そこには無数の転移窓が展開されており、ありとあらゆる場所。
中にはヴィクトリアの姿が映っている転移窓、外で活動しているアリスとシロルティアの姿が映っている転移窓もあった。
一体どれほど、どこまで広範囲の転移窓を展開しているのか。
「餌は撒いたから、それに釣られる獣を見つけないといけない。今は情報が少ないから、小さなチャンスも見逃したら詰みになりうるんだ。ヴィアの家族を想う気持ちに応えるためにもね。」
「ヨスミ・・・。まあ倒れないようにね。レイラちゃんにこれ以上心配はかけないように。いいわね?」
「わかっているよ。」
そう言いながらも治癒魔法は掛け続ける。
頭の痛みが柔らかくなり、先ほどの思考の鈍りもなくなり、より一層各転移窓に集中する。
「私がこうして治癒魔法かけているからって、無理できるってわけじゃないのわかっているわよね?」
「え?」
「は?」
「「・・・・」」
しばしの沈黙が流れた後、視界の隅に見えた転移窓の光景に違和感を感じる。
そこには黒いローブの怪しい集団が周囲を見渡した後、路地裏に入っていく様子が見えた。
「・・・どうやら獣が餌に食らいついたようだ。」
「どうするの?」
「暫く泳がせよう。このまま、ね。」
これでようやく、ヘルマン伯爵の尻尾が見えてくるはずだ。
ヴィクトリアにも連絡を入れておこう。