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ど、どうしよう・・・、ヨスミ様との約素が守れない・・・!?


「・・・それで、ヨスミよ。これは一体何の真似じゃ?」


僕は今、ネネカの必死の説得に根負けし、マリアンヌ王女ともども<転移>で捕まえた密偵らと共に帝のいるあの神秘的な神社の境内へ訪れていた。


僕たちの突然の来訪を受け、呆れた表情を浮かべる帝の玉藻丞は、突如として現れた僕たちの様子を見て大きなため息を吐く。


無理もない、親友であるマリアンヌ王女は意気消沈しているし、ネネカに至っては頭を抱えながら唸っているし、捕まえた密偵共に至っては廃人同然で茫然としている。


まさにカオスな空間が展開されていたのだ。

そりゃあ帝でさえ頭を抱えてしまうだろう。


「お主はわきちらに非協力的だったとい思うのじゃが・・・」

「僕もそのつもりだったよ。でも事情が変わったんだ。今回は家族のみんなに心配かけまいと消極的に行動するつもりだったんだが、さすがに我慢の限界を超えてしまったよ。」

「・・・じゃからと、頭の上のたんこぶじゃった密偵の問題をこうもあっさり片づけられると、わきちらの立つ瀬がないのじゃが・・・。はあ、それでわきちらは密偵共を捉えた報酬として何を差し出せばよい・・・?」

「何もいらない・・・と言いたいところではあるけれど、それじゃあお願い事を一つ頼まれてはくれないか?」

「頼み事・・・?」


僕の言葉に呆気にとられ、一瞬ぽかんと間抜け顔を晒すもすぐに豪快に笑い始めた。


「あっはははは!報酬をわきちへの頼み事か・・・」

「だ、大丈夫です、玉藻丞!ヨスミ様は決して変なお願い事をしてきません!」

「変なお願い事・・・?」

「わきちのような存在になると、それはもう様々な取引を持ち掛けられてきたものじゃ。膨大な富、または名声・・・。中にはわきちとの熱い夜を共にしたいなどと抜かす愚か者もおったのう。」

「帝との一夜を・・・?それはなんとも奇特な奴だな。そいつはロリコンの趣味でもあったのか?」

「ロリ・・・、ぶっ・・・!わきち、これでも900年は過ごして居る長命ぞ?仙狐の奴らよりも長生きしてきたんじゃ。たかが100年ちょいしか生きられぬ者どもはわきちにとっては小童同然よ。じゃがわきちと体を重ねる栄誉を得られるものはわきちが認めた者しかあり得ぬ!」

「そんなに長く生きてきてとても乙女チックでロマンチストなんだな。」

「ふふん、当たり前じゃろうて!なんせ、体を重ねる事はつまり、子を成すという事・・・!子は宝と聞く故、その宝を手にするのであればそんじょそこらの雄の子種をわきちの腹に宿したくはないのじゃ!」


とても熱心にそう語るその思想に関しては理解できる部分もあった。

まあ普通であれば、好きな者と結ばれたいというのは誰しもが持つ感情の1つでもある。


前世の僕だってそうだった。

まあ僕から彼女に言えるとしたら1つ。


「・・・もう少し言葉を選んで話しなさい。帝とあろうものがそんなはしたない言葉を使うと他の者に威厳が示せないぞ?」

「じゃからわきちをそう子ども扱いするでないと申しておるのに・・・。それで、わきちに頼み事とはなんじゃ?まあお主のような者と一夜を共にしても別によいぞ?お主の体からはわきちと同じ神々しい何かを感じるしのう?」

「寝言は寝て言え、このマセガキが。」

「ダーレがマセガキじゃ!わきちは帝で900年以上も生きた長命の・・・」

「そこまで生きてきたのに中身はきちんと成長できていなかったようだね・・・」

「かっちーん・・・!よし、ヨスミ、今すぐにそこに直るがよい!今わきちが直々にお主の中の認識を変えて・・・やりたいのじゃが、無理じゃ・・・わきちが勝てる未来が想像できん・・・!」


と一度は怒りに震え、立ち上がるがすぐにふてくされる様に座り直した。

そんな玉藻丞と僕のやり取りを、ネネカとマリアンヌ王女はお互い抱き合いながら事の成り行きを見守っていた。


だが先に玉藻丞が折れたことで何も起こらない事が分かり、お互いに安堵し合う。


「全く、本当になんなのじゃお主は・・・。」

「家族を愛する父親だがなにか?」

「・・・それで?わきちに改めて聞くが頼みたい事はなんなのじゃ?」

「レイラたちをここ<トワエ>から出さないようにしてくれ。」

「なんじゃと?」


僕の頼み事はどうやら彼女らにとっては予想外なものだったようだ。


「それに君たちに頼んでいた支援もいらない。」

「いらない、じゃと?」

「いらないんですか!?」


わきちだけじゃなく、マリアンヌ王女までもが素っ頓狂な声を上げて問いかけてきた。


「ど、どういうことですか?!お兄・・・ガヴェルド王陛下を助けるために<タイレンペラー>に攻め込むため、少しでも多くの戦力が必要なのです!なのに、その支援の要である<トワエ>からの援軍を拒否なされるなんて、どういうことですか!」

「言っただろう?さすがに我慢の限界を迎えたって。」

「・・・お主、まさか・・・」


玉藻丞が何かを言う前に僕が言葉で遮る。


「大丈夫、無関係で無実な獣人たちはきちんと避難させるよ」

「よ、ヨスミ様・・・?」

「ただ、先に謝っておくよ。王都<タイレンペラー>は壊滅状態になると思うから、復興頑張ってね。」


僕のただならぬ気配を感じたのか、マリアンヌ王女の瞳の奥からは微かに恐怖の感情が見えた。


「ヨスミ、お主がもしその脳内に思い浮かべていることをすれば、間違いなく獣人たちの認識は変わる。それも悪い方向に変わってしまうぞ?下手をすればわきちの手に負えない状況になるやもしれぬ。マリアンヌ王女、そしてガヴェルド王でさえ収拾するのにかなりの時間が掛かるはずじゃ。それでもお主はそれをすると申すのか?」

「・・・何度も言うが、これまで獣人たちに受けてきた仕打ちにはもう我慢の限界なんだ。これまでずっと家族のために耐えてきた。耐えて耐えて、それでも家族のためにと、愛する妻の親友が住まうこの国を想い、悲しむ姿を見たくなくて只管耐えてきた。でも、あいつ等は人間共と手を組み、僕の愛する家族に手を出そうとした。それに、奴らの身勝手で蘇らせた【造竜兵】によって、妻は一度死を迎えることとなった。以前僕が上げた<即死耐性>を持つ髪飾りが無ければ、レイラとは永遠にこれから先を生きていくことはなかっただろう・・・。」


きっと僕の抱えていた我慢の限界はそこで一気に崩壊してしまったのだろう。

どんな理由があろうとも、レイラが一度死んでしまった、この事実は僕の中でどうしようもないほどの決定打となってしまった。


ムルンコール港町での竜人拉致未遂、ヴェリアドラ火山での竜滅香によってディアネスが死にかけたこと・・・。


色んなことが重なり続けた結果、僕の中で獣人たちを一度躾ける必要があるとわかった。

そのために、レイラたちを連れていくのはかえって危険に巻き込む可能性が高い。


「・・・<タイレンペラー>の獣人共に手を焼かされてきたのは確かじゃし、そ奴らを躾けてくれるという意味合いではわきちらとしても助かる。そして元々わきちの頼み事の見返りとして出すはずだった援軍の件が反故になってしまった今、別の形でヨスミを助けることとしようか。」


そういうと玉藻丞は何もない所から【神の筆】を取り出すと、玉藻丞の腰から生えている九尾のうちの一尾が【神の筆】へ移動した。


残りの1回を僕のために使うのか?と思っていたがどうやら違うらしい。


「わきちが授かった能力の1つじゃから安心せい。<闇>と<光>の複合魔法であり、更には超級を超える最高位魔法<蜃気楼>を行使する。これでヨスミの認識をずらし、別の存在へ一時的に変化させるぞ。じゃからといって、これは焼け石に水であることを忘れるでない。」


そう言いながら僕に【神の筆】を振り下ろし、その筆が僕に触れると全身を駆け巡る違和感のようなものを感じる。


それから数秒後、自分の体を見渡しても何も変化がない様に見える。


「えと、ヨスミ様・・・でいいのですよね?」

「ああ。自分で見るとどこがどう変わっているのかわからないんだが・・・」

「当たり前じゃ。自分自身が変わったことを認識してしまえば、元の姿に戻る際に支障をきたすじゃろうが・・・!今のお主は別の人物に見えておる。性別は同じじゃが、今よりも30歳ほど年を取った姿で、どこか貫禄のある姿をしておるな。」


どうやら僕にはどんな風に変わっているのかわからないようで、ネネカが急いで鏡を取り出して僕に見せてきたがそこに移る僕は僕のままだった。


だが確かに僕の存在は別の人物のように見えているようで、僕に向けてくる視線がどこか冷たく感じる。


「もう一度言うが、この<蜃気楼>の効果は眉唾物であることを忘れるでない。事が済んだら長居せず、すぐにここに帰ってこい。よいな?」

「なんだ、僕のことを心配してくれるのか?」

「あ、当たり前じゃろう!?な、なにを急に言い出すんじゃこのうつけが!」


玉藻丞は僕の言葉を受け、反射的に顔を赤くしながらそっぷを向く。


「僕の心配はいい。何度も言うが、レイラたちをこの国から出すなよ?」

「・・・なるべく引き留めておこう。じゃが愛する者の行動を止める事はわきちとしても限界があるということを忘れるでない。」

「ああ、それでいいよ。それじゃあ、後は頼んだ。」


そういって僕は指を鳴らし、<転移>を使ってその場を後にした。

残された玉藻丞たちは大きくため息を吐き、その場に座り込む。


玉藻丞が疲れたようにその場に倒れ込み、その様子を慌てたマリアンヌ王女が急いで駆け寄る。


「・・・マリアンヌ、お主の今後がとても心配じゃ。おそらく、息抜きをする暇もないほど忙しくなるじゃろう。」

「あの人と協力関係になると決めた時から覚悟の上です。それに、王都<タイレンペラー>は私やガヴェルドお兄様にとって、うんざりしていましたから良い機会かなって・・・。」

「あの国の連中はあの馬鹿猫に踊らされていたこともあって、お主ら2人にはとても当たりが強かったからのう・・・。じゃが、あの王都に待ち受けるは想像を絶する恐ろしいものが襲うじゃろう。」

「・・・玉藻丞、その魔眼で一体何が見えたんですか?」

「いう成れば、まさに―――天変地異といったところか。全ての建物は一つ残らず粉々に砕け散り、それは建物に限らず、<タイレンペラー>全体の領土は地割れが起きたかのように地面が崩壊し、マグマが溢れ、しばらくは猫の手も入らぬ土地となるじゃろう・・・。」

「そんなにひどいんですか?でも一体何をすればそんなことに・・・」

「そこまでは見えんかったのう・・・。じゃが、その方法を知らない方がわきちにとっては良きことかもしれぬ。よく言うじゃろう?知らなければ幸せでいられることもある、と・・・。ヨスミのその力の一端を見てしまえば、今後あやつと接する際のわきちの態度はがらりと変わってしまうじゃろうな・・・。せっかくあやつとは良き関係が結べるところなのじゃ、あんな良縁を逃すなんてもったいない事はできぬ!」

「もう、バカタマモ!あの人はレイラ様にぞっこんなのですよ?!あなたの入る余地がどこにあるというのですか!?」

「そんなもん、わからんではないか!生きている内ならば、何が変わってもおかしくはない。絶対なんてものはこの世には存在せぬのじゃよ。あそこにいるネネカが本来禁制とされたこの境内にいるようにのう!」


そう言いながら玉藻丞はネネカの方を見る。

そこで初めてマリアンヌ王女は帝のいるこの場所が、玉藻丞の認めし者でなければ誰も入る事が出来ないという規則があったことを思い出す。


そのせいか、終始ネネカは頭を抱えたまま呻る猫のように険しい顔をしながら隅っこで必死に存在感を消しつつ小さく縮こまっていた。


「後であの者を返すとして、マリアンヌよ、お主はこれからどうするつもりじゃ?」

「え、何がですか?」

「お主とヨスミの間に取り交わした契約に、【転移大門(ワールドゲート)】を使ってヴァレンタイン公国に帰らせようとしておるんじゃろう?じゃが今回の件で恐らく・・・その【転移大門】は破壊されるぞ?」

「・・・え?」


そして事の重大さを理解したマリアンヌ王女は何もない虚空に向かって全力で叫んだ。


「よ、ヨスミ様ぁー!!地下にある【転移大門】だけはどうか破壊しないでくださぁぁぁあああいーーー!!!」


決して届かぬマリアンヌ王女の願いはこだまするかのように境内で響き続けた・・・――――――。


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