澄み渡る空の色
「・・・ねえ、ヨスミ様?」
未だに音楽が鳴りやまず、楽しそうに踊る人々を余所に、僕とレイラは近くのベンチに座りながら炎を見つめていた。
横を向いた時に見えた、レイラの瞳は海を照らす陽のように揺らめいていた。
その表情は年端とは思えないほど大人びた表情を浮かべ、豊穣祭のときに使われた大きな焚き木の炎に照らされたレイラの表情はとても綺麗だった。
「ん?どうした?」
「ヨスミ様は、この収穫祭、豊穣祭に参加するためにこの村にいるとお聞き致しました。つまりそれって、このお祭りが終わったら・・・その、旅に出るんでしょう?」
「そうだね。フィリオラの用事が済み次第、すぐに出発する予定だよ。」
「そうですか・・・。」
眉を細め、目が垂れさがる。
「・・・よかったら、レイラも僕たちと一緒にいくかい?」
「・・・へっ?」
目を先ほどよりもぱっと見開き、コバルトブルーの綺麗な瞳がより強調され、その瞳に自分が映っているように見える。
「実はね、君の父・・・グスタフ公爵閣下にお願いされたんだ。僕の旅路に、どうか娘を連れて行って欲しいと。娘の見聞を、広めてほしいと。僕はそれを承諾したよ。だから、後は君の意思だけだ。」
「・・・!!」
そこできちんとレイラと向き合う。
その瞳を正面からしっかりと見据え、真剣な眼差しで言葉を紡ぐ。
「レイラ、僕はとある目的のために旅をしているんだ。そのためにはこの国だけじゃない。他の国にもいくし、何よりこの大陸をも超えて、全ての大陸を訪れるつもりだ。海を統べる大陸も、太陽の恩恵を多く受ける大陸も、永遠に夜が明けぬ暗闇が支配する大陸も、冷たい死が支配する大陸も・・・そして、魔王が眠るとされている大陸も。」
「そんなに・・・。」
「この旅がどれほど危険であるのか、僕には未だに実感はないが、君はこの旅の危険性をわかっているのだろう?」
「・・・。」
「だからこの旅についてくるかどうか、まだ時間はある。出発する日が決まったら必ず伝える。だからそれまで考え」
「行きますわぁ!!」
叫ぶように立ち上がり、その声は必死さも含まれているように感じた。
「そ、即答だね・・・。もう少し悩んでも・・・」
「この問いに悩む必要なんてありません!考える余地もないです!あの時からずっと、ずっと心に決めていました。ヨスミ様が旅人だと知ってから、わたくしはヨスミ様についていくと・・・。お父様に反対されても絶対に説得して、ヨスミ様の後を追うって・・・。だから・・・」
そこまで覚悟を決めていたんだな。
本当にこの子は、芯が強い子だ。
「・・・どうしてそこまで?僕と一緒に過ごした時間は少ない。なのにどうしてなんだい?」
「・・・わたくしは、わたくしは!ヨスミ様が、ヨスミ様のことをお慕いしているからです・・・!」
はっきりとした言葉で、自分の意思を確実に伝わる言葉を、ヨスミへとはっきり告げる。
驚きはしなかった。
だって、あんなにも分かりやすい顔を見せてくるからね。
襲撃された際に助けた時も、村の中を共に散策した時も、共に訓練場にて手合わせをしている時でさえ、自分への向けられた好意に気付かないほど僕は鈍感ではないと自負はしているつもりだ。
前世の時もこの容姿で良い寄ってきた女性は何人もいた。あの時に散々向けられた目線、好意がどういうモノかある程度理解はしているつもりだ。
まあその時はドラゴンにしか興味がなく、虚無な時間が続いていたからそういったことに目を向けてはこなかったが・・・。
「僕のどこにそんな想いを抱いてくれたのかな?」
「・・・へ?あ、えと、た、確かにそれもありますが・・・」
「他に理由があるのか? レイラより強いからか?それとも・・・」
「それもありますが!」
レイラの勢いに気圧されたように、後退りする。
「わたくしは・・・、初めてお会いしたあの時に、ヨスミ様の瞳を見て、その瞳の裏に宿る陰り・・・虚しさ、切なさ、そして・・・寂しさ、それを現すような虚無の穴を心に持つような・・・。それも、とても大きな穴を・・・。わたくしはその瞳を持つ人がどんな人物なのかを知っています。」
そう話すレイラの表情は、だんだんと暗くなっていく。
「自分にとって命よりも大事な人を失った人の目だと・・・。かつての私の目と、お父様の目でした。」
目の前で母を失った娘、そして母と娘を失った父。娘は救い出せたが、母は助けられなかった。
自分の半身とも言える存在を失った悲しみは、僕は知っている。
そして僕は、未だに立ち直れていない・・・。
「故に、ヨスミ様には未だに胸に秘めた想い人がいることもわかっております。ですから・・・ヨスミ様の一番になれなくてもいいの!それでもわたくしは、ヨスミ様と・・・あなた様と共に生きたいのです!」
「・・・・。」
「どうしてヨスミ様がそのような目を持つのか、あの強さを持ってどうしてそのような大きな悲しみを背負っているのか、興味が出てあなた様を見ていました。ですが今ではあなた様に惹かれ、もうどうしようもないほど、あなた様を好いてしまっているのです・・・。他の誰にも異論なんて唱えさせません・・・!わたくしがあなた様を想うこの気持ちはわたくし自身で、わたくしの意志で!答えを見つけたのですわ!他の誰でもなく、わたくし自身が・・・!」
・・・本当にレイラはいい子だね。
まっすぐな言葉で、まっすぐな瞳で、まっすぐな想いで自分の気持ちをぶつけてくるなんて。
自分なりに悩んでいたのだろう。
悩んだ時間が短いか長いかなんて一切関係ない。
自分の気持ちに全力で向き合って、考えて、答えを必死に導き出そうとした。
そして答えを出して、それでもなお悩んで、それで決意した。
それが大事なことなんだ。
人は答えを出した時、思考が停止する。それで終わりだと思うからだ。
故にその先の未来を知った気でいる。
その答えを出すまでに悩むことだけで得た答えが、全てを解決できると。
故に僕は、人間が嫌いなんだ。
でも・・・。
「・・・そっか。いやあ、君のそのまっすぐすぎる気持ちには敵わないな。」
僕の胸に決して揺るがない想い人がいる。
それをレイラは感じ取り、それでもなお僕と共に生きたいと告げた。
その先に待ち構えているであろう苦難や困難も全て含めて背負い、僕と共に歩きたいと、共に生きたいとレイラの真っすぐ過ぎるコバルトブルーの瞳に宿る決意はそう語っていた。
その目を、僕はすでに一度見ている。
あの時、どうあがいても実現なんて不可能、あまりにもばかげた龍誕計画に未来を見出し、共に僕と進むことを決意した優里の瞳と全く同じだ・・・。
「レイラ・・・僕はね。もともと人間が嫌いだったんだ。」
「・・・・。」
「自分勝手で、自分と同じ”人”を差別し、比べ、自分が優位でないと満足しない愚かで醜い存在だと。だから僕は人との関わり合いを極力抑え、ただこの胸に空いた穴を埋めるために日々を生きていた。でも、ある時、そんな人間ばかりではないんだよと教えてくれた女性がいた。彼女と出会い、僕の灰色だった世界に、その時初めて彩がついたんだ。そして、僕の目に映った初めての彩が・・・
”澄み渡る空の色”
・・・君と同じ瞳なんだ。」
「え・・・っ?」
僕は年甲斐もなく、真っすぐ過ぎる彼女にいつの間にか恋をしてしまったみたいだ。
優里、君を裏切るようなことをしたくはなかった。
僕の胸には君だけだと、そう心に決めて扉を閉ざしてきた。
どこか胸の重りが抜け落ちたかのように、気持ちが軽くなる。
気が付けば頬から涙が伝っていた。
「レイラ、こんな僕でいいのならどうかよろしく頼む。」
ヨスミの瞳には一片の陰りもなく、ただただレイラの姿だけがそこに映っていた。
その時、レイラはヨスミの気持ちに気付き、胸の内から溢れ出る想いが涙となってその瞳から零れ落ちていく。
「・・・ッ! はい・・・はい・・・!あなた様・・・!わたくしこそ、不束者ですがこれからも末永く、よろしくお願いしますわぁ・・・!」
ヨスミは泣きじゃくるレイラの手を取り、引き寄せるとその身を優しく抱きしめた。
まったくもう・・・。
やっと、ようやっと開いたのね、このノロマさんってば。
しかも私が死んでから自分が死ぬまで、私だけを想い続けてきたとかほんと重すぎだから!
それにあの時言ったじゃない。
私が死んでも、決して私に縛られず、あなたの幸せを見つけてほしいって。
でもこれでようやく大丈夫なようだから、私は行くね。
ばいばい、私の愛するドラゴンちゃん・・・・・・・。
名前:竜永 優里
年齢:32歳
性別:女性
誕生日:1月11日
竜永 夜澄の妻。
大学でのサークル活動で夜澄と出会い、交際し、結婚する。
夜澄と同じドラゴンという存在を愛し、夜澄と違い、彼女はゲームではなく小説、書物、文献に出てくるドラゴンに興味を示し、世界中から集めていた。
夜澄と共に龍誕計画を立ち上げ、各地の遺跡に訪れて調査していたが、不慮な事故により32歳という若さでこの世を去ってしまった。
だが、1人残してしまった夜澄がどうしても気にかかり、成仏することはなく夜澄に憑き、彼をずっと見守り続けていた。
夜澄の魂そのものに憑いていたため、夜澄と共に転移し、動向を見守り続けていた。
だが、ヨスミが心から安寧できるときを迎え、満足したかのようにヨスミから離れて消えた。