向き合うもの、向き合わねばならぬもの
ハルネが作った昼食を食べ終え、のんびりとした時間を過ごした時、
「みんな~、ここにいたのね~。」
上空からフィリオラが降りてきた。
両翼を消し、ヨスミたちの元へ歩んでいく。
「竜母様!」
「フィリオラ、来たのか。」
「ええ。午前中から2人が楽しそうなことしてたからね!」
「え、じゃあ竜母様・・・!」
「私で良かったらレイラちゃん。あなたの相手をしてあげるわよ?」
「・・・ぜひ、宜しくお願いしますわ!(あの竜母様にご指導してもらえるチャンスなんて・・・絶対に逃してなるものですか・・・!)」
いつも以上に熱を出している様子のレイラだった。
フィリオラとレイラが戦い始めて1時間ほど経ったが、レイラは何度も何度もフィリオラに立ち向かっていく。
午前は休みを何回か入れたがそれでもヨスミに迫る執念はすさまじいモノだった。
それこそ、午前中の疲れを感じさせぬその動きには、どこか焦りさえも感じ取られる。
レイラが背負う焦りは相当重いと痛感せざるを得なかった。
「お嬢様は2年前にBランクに昇格致しました。ですが・・・」
「2年も停滞しているということか。」
「はい・・・。数々の依頼をこなしたり、Bランク相当の魔物を何十体も倒したりしてはいるのですがAランクに昇格するための試練を通過できないのです・・・。」
確かギルドでの説明だと、同ランクの依頼をこなし続ければギルドの証である結晶が光を帯び始め、完全に光を宿した時、ギルドに申請することで次のランクに・・・いや、あの時、申し出てくださいと言っただけで、すぐさま次のランクに進めるとは言ってなかった。
つまり・・・
「その試練に指定された魔物に勝てない・・・ということか?」
「・・・その通りでございます。」
「レイラほどの実力を持ってして、2年も停滞しているなんて・・・。それほど強力な魔物なのか。」
「はい。Aランクに昇格するための試練は共通で、誰しもが必ず受けなければならないのです。その魔物の名は、討伐ランクA級の”幻影体”。対峙した相手と全く同じ存在を成してくるとされております。それは、身なりだけでなく、その者が持つ実力も、その人が培ったモノを全てをコピーし、その上でその実力を上回る強さをもって立ち向かってくるのです。」
名前の通りの魔物だな。
自分と瓜二つの存在となって殺しにかかる。
戦術も、戦い方も、能力も、何もかもすべてが全く同じ・・・。
そんな奴が相手なのだ。
同じ考え方が故、何をするか、何をしてくるか、どう動くか、何を選択し、何を切り捨て、何を見て、何を感じ、何をもって戦うのか、全て掌握されている。
その上で強化された存在が、幻影体ってことか。
「・・・自分を超える存在になることで初めてAランクとしての実力を認められるということか。」
「その通りで御座います。自らの奥底に眠る限界を見極め、それとどう向かい、そして・・・どう超えるかが肝なので御座います。」
そりゃあ・・・辛いな。
自分の限界なんて誰もが見れるわけでもないし、見れたとしてもその壁はとても大きい。
限界を超えずして心が折れ、朽ち果てる者は多い。
誰しもが知り、誰しもがぶち当たる最難関の壁である。
「そうだな・・・。それは、手強い相手だな・・・。」
「はい・・・。」
「そういえばハルネの冒険者ランクは?」
「私めはお嬢様と同じBランクで御座います。オ恥ずかしながら・・・また、私めもお嬢様と同じ、Aランク試練に5年ほど躓いているのです・・・。多分、Bランク帯の冒険者のほとんどが同じ境遇ではないかと。」
ははっ・・・、本当に強敵なんだな。
「なら、僕と手合わせしてみるかい?」
「え?でもヨスミ様は確かGランクでいらっしゃいましたよね?」
「ああ。だが、君の仕える公爵家の教訓に確か、”一方のみで他人を評価してはいけない。”ってのがあるんだよね。これでも僕は強い方だと思うよ。」
「・・・畏まりました。では私めのお相手を宜しくお願い致します。」
ヨスミとハルネは立ち上がり、試合場へと向かっていく。
「はあ、はあ・・・、た、確かに・・・はあ・・・、はあ・・・。とても、お強い・・・でございますね・・・。」
ハルネは肩で息をしながら、構えていた武器を下ろさず、まっすぐにヨスミの方へと向けてくる。
まあ実際、僕は身体をほとんど動かしていないからね。
「まあね。」
レイラとは違い、ハルネは24歳ほどと体の作りはしっかり作られている。
戦い方や戦術なんかもレイラよりは熟練度は高い。
ハルネの使用しているのはまるで夜空を照らす2つの満月を模られたかのような2振りの双円剣、その円剣の頭からまるで竜の尾の如く、2mも伸びた銀鎖には魔力が流されているのかハルネの動きに合わせてまるで蛇のように自由自在に蠢いている。
円剣を投擲したり、銀鎖の先を掴んで回転することでとんでもない範囲攻撃を繰り出したりと、その動きは簡単に予想できない。
また銀鎖に魔力を流すことで銀鎖同士を螺旋状に絡め、1本の柄として固定することで斧槍にすることもできる。
これはハルネの家に代々伝わる武器なのだそうだ。
名を、鎖斧というらしい。
「とても不思議な武器なんだな。」
「・・・ふう。はい、父から譲り受けたモノですが、今となっては私の一部になってますから。それでも、幻想体には届かなくて・・・。」
「幻想体相手にアドバイスなんて、自分の壁を超えるための言葉なんて言えることは何もない・・・。故に、僕ができるのはこうして手合わせすることだけ。気が済むまで手伝うよ。」
「・・・感謝致します、ヨスミ様。ではもう一度、御願い致します・・・!!」
呼吸を整え、武器を構え直すとまた再度ヨスミへと一気に距離を詰める。
あれから4時間・・・。
さすがに頭が痛くなってきたな・・・。
身体は使わないが、全神経を集中して相手の動きを見極め、どこに転移し、どう戦いを運ぶか、物事の動き、流れ、始まりと終わり、同時に考えなければならないことがいくつもあり、それを維持し続ける事は脳への負担がとても高い。
「うっ・・・」
「はあ・・はあ・・・?よ、ヨスミ、様・・・!?」
目眩がして足元がふらつく。
ふと身体を誰かに支えられたかのような感覚に、そちらの方へ顔を見やるとそこにレイラ公女が心配そうな表情でこちらを見ていた。
「よ、ヨスミ様・・・!ち、血が・・・!」
「え・・・?」
目と鼻から何か垂れるものを感じ、手でそれを拭うとどうやら目から血、そして鼻血が流れていた。
さすがに集中しすぎて本当に脳を酷使しすぎたようだ。
だが鼻血はわかるが、涙ではなく血涙とは・・・。
これもあれか、転移の課せられている数少ない制約の一つの影響か。
「あはは、さすがに疲れたようだ。」
「ヨスミ、待ってて。今治癒魔法を掛けるわ。」
フィリオラが急いで駆けつけ、治癒魔法を掛ける。
優しい光に包まれ、ヨスミを襲う頭痛が薄くなり、多少楽になった。
「・・・ふう、フィリオラ。助かったよ、ありがとう。レイラも、僕が倒れないように支えてくれてありがとう。」
「そんな・・・、とりあえずこちらでお休みになりましょう・・・、ヨスミ様。」
「ごめん、助かる・・・。」
楽になったとは言っても、上手く焦点が定まらない。
本当に課された制約がなんなのか、調べないといけないな・・・。
ヨスミはレイラとフィリオラに支えられ、馬車へと戻っていった。