ただ、僕はこの子に好意は持てない。
修)アンヌ → アンナ
「ブラックリリー・・・。真っ白に染まっている武器・・・なんだか矛盾していて、そしてとても・・・切ない名前ですわ・・・」
「うむ・・・。まあ、それが名前というならばそれでよいのじゃろう。」
黒という名を冠された、白く染まった武器最愛の花。
それを手に取り、じっくりと眺める。
「・・・ああ、僕の大事に思うモノを名前として付けた。」
儚げに武器を眺めるヨスミの表情を、レイラ公女はどこか胸が締め付けられる思いになる。
「ヨスミ様・・・。」
「あ、うん。大丈夫。ごめんね。」
「・・・、ヨスミ様、そろそろお時間ですわ。お店から出ましょう」
「そうだね。それじゃあダン。この武器ありがとう。」
「うむ。また来るといい!」
鍛冶屋から出るとすでに夕陽が辺りを差していた。
深い濃い青色とオレンジ色の空が交差し、大きさが違う2つの月が薄っすら顔を出していた。
「昼食も忘れて長居してしまったな・・・。レイラ、ここまで付き合わせてしまったお詫びに良かったら一緒に食事なんてどうかな?」
「ほぇえ?!よよ、よよよ、よろしいのですか!?」
「ああ。といっても宿屋の隣にある酒場になってしまうが。それとも庶民的な場所での・・・」
「いえいえいえいえいえいえいえ!そんなことありません!!ヨスミ様と一緒にお食事できるならどこだって大丈夫ですわぁあ!!」
どこか必死のレイラ公女に少し笑ってしまった。
「あはは。そこまで緊張しなくてもいいよ。よかった・・・、それじゃあ行こうか。」
「は、はいですの!!」
ヨスミ達は席に着き、メニュー表を開く。
レイラ公女はなんだか頼み慣れた様子で、色々と選んでいた。
「レイラはここにくるのは初めてではないんだね。」
「ええ。ここに視察しにきたときや、冒険者ギルドを利用したりしたときにね。そもそもこの村にある料理亭はここしかありませんもの。あ、アンナ~、いいかしら~?」
はーい!と食器を片付き終えたアンナがやってきて、色々と注文を取っていた。
「ヨスミ様は何を頼みますの?」
「そうだなー・・・、何度も利用しているってことはお勧めな料理も知っているって事だろうし、レイラのおすすめを頼むよ。」
「・・・!!わかりましたの!」
それから運ばれてきたのは、様々な貝を使った魚介系のスープなようだ。
確かこういう中世の世界では、港町ではない場所での魚介系の料理はあまり期待できないっていうかそもそも出てこないはずだが・・・。
この世界の流通に何か特別なモノがあるのか、それとも氷とかの魔法とかで凍らせとか・・・?いや、魔法を活発的に使っている様子は見られないからそれも違う・・・。
「うふふ」
出てきた料理を凝視していたら、レイラ公女の笑う声が聞こえてきた。
「魚を使った料理が出てきているのが不思議ですか?」
「え?あ、ああ・・・。こういった場所で肉ではなく魚が出てくるとは思ってなくてな。」
「うふふ、確かにそうですわね。漁村なわけでもないのにこんな立派な魚料理は珍しいですわよね。わたくしたちが所有している商団にちょっと特別なアイテムがありまして。それのおかげで鮮度が命の魚の流通ができているんですの。まあ、魚が取れる漁村と首都カーインデルトまでしか持ちませんけどね。」
「なるほどな。そのおかげでこうして魚料理がありつけるってことか。しかも味付けも抜群でうまい・・・。」
「それはよかったですわ!」
「ヨスミ~・・・、あ、レイラちゃんもいるじゃない」
「竜母様!」
ヨスミたちの元へフィリオラが軽快な足取りでやってくると、ヨスミの隣の席へと座る。
「フィリオラ、体調はもう大丈夫なのか?」
「ええ、魔力枯渇で具合が悪くなってただけだったし。もう問題ないわ!あ、アンナちゃーん!いつものちょうだいなー!」
「はーい!」
と持ってきたのは巨大サイズの骨付きステーキだった。
目の前まで運ばれたのをナイフとフォークを使って綺麗に切り分け、丁寧に食べていく。
「そういえばハクアたんは?」
「あの子ならまだ寝ているわ。気持ち良さそうにね。」
「そうか。まあハクアたんにも助けてもらっていたからね。」
3人は食事を堪能し、全ての皿を片付けてもらった後、お替りのミードが運ばれてきた。
それを飲みながら、談笑を交わす。
「そういえば、黒虎とアリスはどうなったんだ?」
かつてこの村の守護獣、そしてその娘であるアリス。
そしてこの村を救うために魔物になった飢鬼虎と、その封印を解こうとしたその娘のアリス・・・。
そしてフィリオラの心友でもあった存在・・・。
無下にはできないが、だからといって封印を解こうとした罪も大きい。
「そうですわね・・・、あの御2人について対応しかねているってのが正直な話ですわ。」
「あの子たちは・・・良かったら私に任せてもらえないかな?」
「・・・そうですわね。今はその方がいいのかもしれません。わかりましたわ。お父様にはわたくしの方から言っておきますわ!」
「ありがとう!レイラちゃん!」
フィリオラはレイラを抱きしめ、恥ずかしそうに顔を赤らめている。
ヨスミはそんな尊い眺めを見ながらミードを静かに飲む。
「ではそろそろわたくしはこの辺で失礼致しますわ」
「よかったら送るよ。夜遅くに一人で帰らせるのは危ないからね。」
「!? ああ、ありがとう・・・ございます・・・。」
「それじゃあ私は部屋に戻ってハクアと一緒に休んでいるわね。」
立ち上がり、お金を置いて酒場を後にする。
すでに外は予想通り、真っ暗闇になっており、女性一人で帰らせるにはさすがに危険だ。
こういった時代背景は、夜の治安はとても悪く、特に村では人攫いや襲撃なんか頻繁に起こる。
例えレイラの実力が強いといっても、複数人相手には分が悪い。それにこんな暗い中だと夜目の効く盗賊の方が有利なため、返り討ちに合う可能性も高い。
「あ、ありがとうございます・・・ヨスミ様。」
「大丈夫だよ。今日一日付き合ってくれてありがとう、レイラ。」
「ほぇぇ!?だだ、大丈夫・・なのですぅ・・・。」
「・・・そういえば、収穫祭はいつ始まるのかわかるか?」
「え?え、ええ!収穫祭は早くて明後日から始まりますわ。」
「ならもう一日暇ができるか。」
今日一日は冒険者登録と武器の制作。村の伝承についてはフィリオラから聞けたし・・・。
うーん、どうしようか。
「な・・・なら、ヨスミ様!わたくしと一緒に・・・その・・・。」
「ん?何か用事でもあるのか?」
「えと、その・・・また、わたくしとまた訓練を、お手合わせを御願いできませんか・・・?」
「また僕とか?僕は構わないが、レイラはそれでいいのか?」
「!ええ、ええ!大丈夫ですわ!(やりましたわぁあ・・・!!これでまたヨスミ様と一緒に・・・!)」
「わかった。ではまた明日、今度は僕が迎えにいくよ。」
「ほえぇええ!?わ、わかりましたわ・・・!(やったぁああ・・・!!)」
本当にこの子はわかりやすい子なんだな・・・。
僕のどこをこんなにも想ってくれているのか。あの襲撃に助けた際の吊り橋効果って可能性も少なからずあるのだろうか。
ただ、僕はこの子に好意は持てない。
これでも僕の中身は82歳の爺さんだ、こんな年端も行かぬ生娘に欲情なんてしないし・・・。
それに僕には今は亡き優里が胸に・・・。
放っておけず、ここまで構ってしまうのは、まるで孫をあやすような感じなんだろうか。
そんなことを考えていたら、村の外に建っている小さな屋敷の前までやってきた。
「お、お嬢様・・・!そちらの方は・・・」
門番だろうか。
外に立っていた2人の兵士が慌ててこちらに駆け寄ってくる。
「こちらはヨスミ様ですわ。外は危ないと、わたくしをここまで送ってくれたんですの!」
「なるほど、そうでしたか!ヨスミ殿、お嬢様をここまで送ってくれて感謝いたします!」
「いえいえ、夜も遅いし、何があるか分からないですから。では僕はここで・・・」
「よ、ヨスミ様・・・!」
と立ち去ろうとするヨスミの背後に声を掛ける。
「・・・ん?」
「あ、ありがとう、ございます・・・!ま、また・・明日・・・!」
「ああ。また明日な。それじゃあ・・・。」
その場を後にし、振り返ると未だにレイラ公女は満面の笑みで手を振っていた。