ふっ、嫁の強い抱擁で死ねるは本望よ・・・
「話を戻すが、ワシはこの地下に封印されておる【炎の化身】の復活に備え、少しでも情報がほしかったんじゃよ。得られた情報のおかげで奴らに対抗する武器を製造できたんじゃ。まあもっとも効果があるのは奴が無尽蔵に生み出し続けておる魔物に対してのみ有効のようじゃが・・・」
「・・・ん?ということは陛下はアイツらに対して有効手段が打てる情報を解析で来たってことか?」
「そうなのじゃよ!どうじゃ?すごいじゃろう?ふはははは!」
どこか子供のように嬉しそうに笑う現王。
「そこで取引じゃ。」
「取引・・・ね。」
「ふははは!そう身構えんでもよい!そこまで高価なものは要求するつもりなぞないわ!これでもわし、王じゃからな!大抵の物はワシが作れるし、作れない物ならば買い付けることだってできるんじゃぞ!」
どこか自慢げに話す現王の態度に思わず、ヨスミの警戒心が緩む。
それはレイラたちも同じようだった。
だが次の一言でヨスミ以外の仲間たちは強い殺気を現王へ向けることとなる。
「ヨスミと申したか!主の血がほしいんじゃ!」
「血、ですの・・・!?」
「なっ・・・!」
まず真っ先に動いたのはフィリオラだった。
殺気丸出しにしながら現王へその爪を持って一気に詰め寄る。
その次にハクアが威嚇するように鋭い視線を向けながらいつでも熱線がはける体勢を取り、ネレアンは巨大な翼を顕現させてヨスミを守るかのように覆いかぶせる。
ハルネはすぐさま鎖斧を抜いてレイラとディアを守るように<鎖蛇>を展開させた。
唯一、ミミアンは何事もないかのようにテーブルに置かれた菓子を美味しそうに頬張っている。
「はいはい、まずは落ち着こうな。」
現王へ飛び掛かっていたはずのフィリオラはソファの上に座らせられており、他の面々も何事もなかったかのように元居た場所に移動させられていた。
「さすが ” 竜を統べし者 ” じゃな!いやぁ~、ヒヤッとしたわい!」
「ちょっとヨスミ!なんで止めるのよ!こいつが言った言葉は聞き捨てならないわ!」
「そうですの!あなたの血を要求したんですのよ!?そ・れ・に!わたくしの旦那様はそんな下品な名前ではございませんですわ!」
まあ確かに僕は別にドラゴンを統べる存在になりたいわけじゃないし、なりたくもない。
「確かにその呼び名は好きじゃないな。」
「ふむ、ならばドラゴンらにはどう呼ばれているんじゃ?」
「それはもちろん・・・――――」
「” 偉大なる御父 ” ですわっ!!!」
ヨスミの声を遮り、レイラは渾身の叫びをあげた。
その様子をヨスミは唖然とした表情で見つめ、フィリオラやネレアンにハクアらに至ってはそれに賛同するかのように大きく頷いており、ドヴァとエルディンは焦った様子で現王を守るように立ちふさがる。
ミミアンは相も変わらず退屈そうにお菓子を食べていた。
恐らく、ヨスミは血を要求されたことに関して何も思わず、騒ぎにしないとわかっているのだろう。
それか、そもそもレイラの突拍子な行動に呆れているだけかもしれない・・・。
「ほー、ドラゴンたちの父と来たか!ふははは!なるほどのう!確かにそっちの方が似合っておるようじゃな!」
「・・・陛下、先ほどから陛下の眼には一体どのようにわたくしの旦那様が映っておいでなのですの?」
「そうじゃのー・・・―――」
とチラッとヨスミの方へ視線を向ける。
先ほどとは打って変わり、笑顔ではなく真剣な表情を向けていた。
それを見てふぅと軽く息を吐きだした後、言葉を続ける。
「すまんが、それに関しては答えることはできないようじゃ。ただ一つ言えることは、ヨスミの周囲には彼を守らんとする無数の【ドラゴンマナ】がまるで鎧のように漂っているとだけかのう?」
「・・・それでどうして血を要求するのかしら?」
「答えぬことが出来ぬ内容の中にその原因があるとだけ申しておこうかのう。ワシじゃて正直そんなことしたくないんじゃよ?見知らぬ誰かの血を抜き取るとか、なんと悍ましい事か・・・!」
言っていることと要求していることが完全に一致していない現王の言動にヨスミは首を傾げる。
「じゃがこれは必要な事なんじゃ。ワシの作る奴らへの対抗するための武器、その欠けた部品にヨスミの血が大いに関わっているんじゃ・・・!あ、ちなみに血以外のものは要求するつもりがないからの!ワシの情報が欲しくば、ヨスミの血を寄越すんじゃ!これは絶対じゃ!それ以外認めないんじゃぁー!」
そしてついには駄々をこね始めた。
貫禄漂わせる王がジタバタしながら駄々をこねる様子に、エルディンは見て見ぬふりをし、ドヴァは頭を抱える。
そんな様子を見て、ヨスミは本日何度目か分からないため息を吐き出した。
「・・・いいよ。僕の血なら、喜んであげよう。」
「あ、あなた!?」
「ヨスミ!!」
「大丈夫。それに彼は問題なさそうだ。邪なことに利用するつもりはないみたいだから。」
そう話すヨスミの左目が微かに光ったように見える。
それに気づいたレイラは肩を落とし、そっとヨスミの腕に抱き着いた。
「わかりましたわ・・・。あなたがそういうのなら、わたくしは信じます。ただしデュガスノフ・アイアン・アクスフェル王陛下、もしヨスミ様の血を悪用したと判明したその時、ヴァレンタイン公爵家は黙っていないとだけ覚えておいてくださいまし。」
「わかっておる。今の状況で敵なんぞ増やしとうないしのう。我が炎の如く燃え盛る心臓に誓って、この者の血は決して悪用しないことを誓おうぞ!」
そういって現王は胸に強く拳で叩いた。
すると叩いた瞬間、火花が弾け、炎が舞い上がった。
これはドワーフなりの誓いの立て方なのだろう。
時に幼稚で時にオッサンらしく、だがきちんとしたところでは王の威厳を見せる・・・。
なんとも食えないおじさんだな。
その後、ヨスミは現王が差し出した器へ自らの腕をナイフで傷を付け、血を器いっぱいに満たした。
ネレアンが急いでその傷を<ドラコ・ヒール>で回復させたが・・・あの小さな傷で<ドラコ・ヒール>はさすがにやりすぎなんじゃないか?と言ったら怒られてしまった。
その後、器に入ったヨスミのを別の容器に取り換えている最中、さすがに血を出し過ぎたせいか貧血に似た症状を起こしてしまい、一時的に客間用のベッドで横になった。
その間、ベッドの隣でずっとレイラが手を握ってくれ、ハクアとネレアンはこれ以上寒くならないようにと僕の体に覆いかぶさってくれた。
そこからは軽く目を瞑り、時間が通り過ぎるのを待った。
目を瞑っている間も意識は覚醒したまま、ただ暗闇の中で耳に入るのはレイラとフィリオラ、ハルネやミミアンたちの会話だ。
「それにしてもまさかわたくしたちの戦いを見られていたなんて思いませんでしたの・・・」
「全くよ・・・、見てるんだったら少しでも手伝ってくれてもよかったじゃない?」
会話の内容からして、おそらく<メナストフ港町>にて戦った魂に固執したとかいう【眷属】のことだろう。
【魂喰らいの黒液】、他の奴らとと分けるためにそう別名するとしよう。
それはもう王都の獣人だけじゃなく、大きな港町の獣人全ての魂を貪り喰らうほどまでの貪欲さを秘めているようだからな。
そして今回の【眷属】・・・あの広間にあった常に燃え盛る魔石、その名を指すは【炎神の心臓】であるならば・・・そうだな、【炎の化身】といったところか。
するといつもは聞き慣れないミミアンの弱々しい声が耳に入る。
「・・・うち、すぐに気を失っちゃったから全然力になれなくてごめん。」
「もう、ミミアン。あなたが謝る必要なんてありませんことよ?」
「そうそう。私にとっても初めて殺し合った相手なんだし、本当に危機一髪だったわ。」
「だって!もしあそこでうちが気絶してなければレイラが呪詛をその身に浴びることもなかったし、何よりあんな辱めを受ける・・・―――」
「辱め、だと???」
「え?」
「あ、パパ・・・??まさか起きてて・・・?」
気が付けば上半身を起こし、レイラたちの方へ顔を向けているヨスミに気が付いた。
ハクアとネレアンも突然ヨスミが上半身を起こしたことに驚き、心配そうに近寄ろうとするが彼から湧き出る殺意と怒りを感じ取ったのか、2匹仲良く抱き合って震え始めた。
「ちょ、ミミアン!変な言い方はよしてくださいまし!わたくし、あんな奴に辱めなんて受けていませんですわよ!?」
「じゃあどうして戦い終わった後、レイラのフルアーマードレスが破損、衣装も溶け落ちているかのように破れて半裸状態だったの!!」
「は、半裸・・・状態・・・・!!」
ますます増長していくヨスミの怒りにフィリオラが顔を青ざめながら必死になだめに入る。
「あーあー!!そうじゃない!パパ!あなたが考えているような事は一切なかったわ!戦いの最中にアイツの攻撃を避けようとして破けたり、手足を拘束されて衣服を破かれるようなことはあったけど!それだけなの!」
「手足を、拘束・・・???その上で、衣服を破かれ・・・?????」
「フィーちゃん!?その言い方はちょっと誤解を生むのではなくて!?」
「・・・あー、ごめん。やらかしたっぽい。」
自分の言い方に語弊のある物言いであると理解したフィリオラは更に顔が青ざめていく。
「あなた!わたくしは何もされておりませんわ!あなたと体を重ねるその時までこの身は純潔でしてよ!でもさすがにあの時は死を覚悟はしましたけれども!それでもわたくしは・・・はぶ!?」
ヨスミはレイラに近づき、彼女が最後まで何かを言う前にそっと抱き寄せた。
彼からの強い抱擁に困惑と安心感が同時に押し寄せてはくるが、まずは彼の怒りをなんとかしないとという気持ちが強かったのか、必死に弁明しようにも口元がヨスミの体に埋もれてしまっているため、もごもごと言う他なかった。
だがその時、彼の体が震えていることに気が付く。
「・・・あふぁふぁ?(あなた?)」
「すまない・・・。僕が寝ている間にお前たちにそんな危険な目にあっていたなんて。呑気に寝ている場合じゃなかった・・・。僕がもう少し起きるのが早ければ・・・」
「そ、それは違うわ・・・!パパが謝る理由なんて何一つもないわよ!私たちがただ未熟だっただけ、ただそれだけなの・・・!それにあの時だって、パパが助けてくれたのはわかっているわ・・・!」
「・・・っ!」
その時、レイラは当時の光景が脳裏に蘇る。
確かにあの時、ハルネと共に渾身の一撃を叩き込み、奴の体から【竜殺しの瞳】を引き離したはずだった。
だが、わたくしの立てた作戦は一歩及ばず、あの決死の攻撃でさえ【竜殺しの瞳】を引き剥がせずに再び体内に取り込まれてしまった。
もう駄目だと諦めかけたその時、目の前で【竜殺しの瞳】が突如として消失した。
自身もまた、奴の触手に手足を拘束され、呑み込まれようとした瞬間、気が付けばフィリオラの傍で横たわっていた。
そして何よりも、完全に勝ちを確信したヤツが醜い笑みを浮かべて近づいてきたとき、奴の姿もまた突如として消失した。
まるで何者かによって<転移>させられたかのように・・・。
レイラは何とかヨスミから体を引き剥がし、まっすぐにヨスミの今にも泣きそうな顔を見つめる。
「あなた、やっぱりあの時あなたが助けてくれたんですの・・・?」
「わからない・・・。ただ夢の中でお前たちが苦しむような声が聞こえ、それの原因らしき何かが見えたから虚空へと<転移>させたんだ。」
「・・・恐らくパパは無意識にやったことだと思うわ。それに意識がない時でも度々私たちを助けるような出来事があったの。それほど私たちの事が心配だったのね・・・。」
「当たり前だろう!」
ヨスミは思わず声を荒げる。
「お前たちは僕にとって唯一無二の家族であり、心の支えであり宝物で・・・生きる希望で、理由なんだ。そんな僕の宝物を傷物にしようとするのであれば僕は・・・!」
「あなた・・・!」
そして今度はレイラから強くヨスミの首へと抱き着いた。
身長的にヨスミが頭1個分大きいため、レイラはつま先立ちになりながらも必死に強く抱きしめる。
だがその時、ヨスミの首と体から鳴ってはいけない音が鳴り響き、そして・・・
「あがぁ・・・!?」ガクッ
「あ!あなたぁ~!?」
ヨスミの言葉に感銘を受けたレイラは忘れていた。
レイラは速さだけでなく、母親譲りの怪力であることを・・・――――――