どこに棄てたっけ、僕の倫理観・・・
崩壊した町中をアーマルに乗ったヨスミ達が進んでいく。
町中には所々にドロドロに溶けた真っ黒い溶岩のようなものが彼方此方点在しており、建物を熱で溶かしている。
それによりガスが生じているようで、液体状と化しているその黒い液だまりからはブクブクと気泡が生まれては破裂し、泡立っているように見えた。
「ねえ、ヨスミっち。多分あれからめっちゃヤバいもん出てるよ・・・。うちの鼻がチクチクする・・・」
ヨスミはミミアンの言葉を受け、すぐにレイラとディアネスに口元を覆うためにどこからか一枚の布切れと炭のような物を手元に出すと炭を布で巻いてそれらを2人へ渡す。
「これで口と鼻を覆うように。少し息苦しいとは思うが我慢してくれ。ディアもなるべく外すんじゃないぞ?」
「ありがとうですわ・・・。」
「ぱぁぱ、ありがと!」
そして二人が装着したのを確認し、次に他の分まで作り終えると全員に渡していく。
ヨスミの意図をくみ取ったみんなは大人しく渡された炭巻布切れを顔で覆った。
ただネレアンとハクアは人型ではないことも相まって付けづらそうにしていたのが申し訳なく感じた。
たとえドラゴンだったとしても、あれが何を発生させているか未確認な上に体にどんな影響を及ぼすかわからないからな。
あのドロドロに溶けている液だまりから発生している何かだって、ガスではなく別のものの可能性だってあるし、今こうしてみんなに配った簡易的なるフィルターマスクも意味を成さないかもしれない。
「パパの分はないの?」
フィリオラが口元を布切れで覆い終えたとこでヨスミだけしていない事を指摘する。
「僕はいいんだ。この体に毒や麻痺といったそういう状態異常は効かないみたいだから。」
「いやいや、さすがのパパでもそんなはず・・・」
「試してみるか?」
そういってヨスミはどこからか真っ赤な笠を持ち、その笠には黒い髑髏模様が飾られた明らかにもう毒キノコにしか見えない代物を手にしていた。
「あ、あなた!?そのキノコって・・・まさかソクシダケですの!?」
「待ってパパ!一体どこから取り出したかはともかく!なんでそんなものを持っているのよ!」
「<エラウト樹海>で仲良くなった精霊にな。嫌な奴がいた時はこれを食べさせてね!なんて言われてもらったんだ。これを相手の胃に直接<転移>させてやれば色々と使えそうだなと今まで取っておいたんだ。」
「だからといってそれはさすがにダメよ!精霊も精霊でなんていう物を渡してくれたのよ・・・!」
「うわぁー・・・うち、ソクシダケなんて生まれて初めてみたかもー・・・くっさ!いった!?」
憤慨するフィリオラを宥めながら笠の一部を摘まみ、そのまま捻って切り取るとそれを口へ放り込む。
その瞬間のレイラたちの表情はあまりにも絶望色に染まっており、ミミアンに至ってはこの世のものではない物をみているかのようなドン引いたような視線を向けている。
ヨスミは口の中に放り込まれたソクシダケを咀嚼しながら見ていて少し申し訳ない気持ちになりつつも、口の中に広がるピリピリとした辛さと酷い臭み、だが鼻を突き抜ける香ばしさが苦みと辛味にマッチしており、その味は松茸と同格でシャキシャキとした触感はエリンギに近いなと思いながら呑み込んだ。
あの白い神さんにお願いして用意してもらったこの健康体のおかげなんだろうが、あの白い神さんは『健康体』の定義について色々と話し合いたいところではある。
だがそのおかげで『状態異常無効』なんて副産物があることがわかった。
元々の体も、自身の体に様々な薬品を投与していたからある程度の毒に耐性はあった。
研究所を襲撃してきた一部の軍が使用する毒ガス兵器はすでに僕の体に効果は及ぼさなくなっており、油断した奴らをこの手で殺していた時にふと、僕はもう人間をやめているなーと達観していたっけか・・・。
「うん、うまい。」
「ああああ、あなたぁあ!?」
「パパ!?本当に食べちゃった!?なにやってるの!?」
『オジナー、それおいしいのー?』
『良い子は食べちゃいけません・・・!』
「・・・おぇっ」
ヨスミは手に持っていたソクシダケを<転移>で消し、手に着いたソクシダケのカスを舌で舐めとる。
「ああああああ、もうやめてくださいですのぉ!!」
レイラが涙目になりながら指を舐めていた手を無理やり取り上げ、ハルネに差し出すとポーチからハンカチのようなものを取り出し、それに何か液体のようなものを染み込ませるとヨスミの指を一つ一つ綺麗に拭いていく。
別のアーマルに乗っていたフィリオラが顔を青ざめながら翼を顕現させてヨスミの所までやってくると口を無理やり開けて中を覗いたりヨスミの体に耳を押し当てて心臓音を聞いたり、腕を掴んで体温や脈を図ったりなどしていた。
そして何の異常も見当たらず、ヨスミの体調に一切の変化が生じていないことがわかると深いため息を吐いた。
「もぉー!パパったらどーしてあんなことするのかなー!?自分の体には状態異常が効かないからって他にも色々と試す手段はあったはずでしょーがぁ!!何の躊躇もなくソクシダケを千切って食べるとかもうほんとに・・・ほんとに・・・!!もしもの時は青お姉様が何とかしてくれるとは思っていたけど、それでも・・・それでもあれはさすがの私も生きた心地がしなかったわよぉ・・・・」
ヨスミの体に縋りついていたフィリオラは段々と涙目になり、声もどんどん震えていく。
レイラに至ってはもはやほっぺを思いっきり膨らませ、泣きながらも怒りの視線をヨスミへと向けていた。
ハルネはどこか顔を青ざめながらもしきりに指を拭きとっており、ミミアンは絶えず気持ち悪いような視線を向けていた。
「あー・・・、すまない。あのキノコはそれほどヤバいモノだったのか。」
「ヤバい、なんてものでは・・・言い表せないほどの・・・劇物ですわ・・・。」
「・・・レイラお嬢様の代わりに私が説明を。」
あまりの衝撃にうまく言葉が出てこないのか、どもっているレイラを優しく宥めているとハルネが代わりに説明をするかのように言葉を続けた。
「ヨスミ様が口にされたそのキノコはベニドクロダケ。見た目通り、そのキノコは猛毒で御座います。その毒の効果は人間はもちろん、大型の動物、魔物、ドラゴンに関わらず効果を及ぼし、まず人間や亜人らには触れた指先で傷口に触れるだけで死ぬと言われております。また目に触れれば失明はもちろん、鼻に触れれば嗅覚は死亡、口に含めば舌は壊死し、味覚はなくなるほどです。そんなものをひと齧りなんてすれば死は免れません。故に皇宮では暗殺の道具に必ず利用されるほどで、皇帝陛下はベニドクロダケに関する商売はもちろん、栽培、またそれを手に下だけでも処罰の対象にするほど、そのキノコは禁忌指定とされました。また魔物たちはその存在を必ず避けるように行動しており、ドラゴンでさえ決して手を出さないと言われております。B~Aランクのドラゴンでさえ高確率で死亡し、Sランク級のドラゴンに至っては口に含めば瀕死の重体は免れないほどの威力を持ち、その恐ろしい見た目と威力から別名『即死茸』と呼ばれるようになりました。例えあらゆる毒の抗体を持つ者であったとしても、ベニドクロダケに関してだけは決して手を出さなかったと言われております・・・。」
「・・・つまり僕はそんな代物を食べたせいで皆がこんな風になってしまったということか。」
「はい。ご自身が行ったことの重大さについてご理解いただけましたでしょうか・・・?」
ハルネは凛とした声で説明をしてくれてはいたが、その声の所々に微かな焦りの部分があった。
あの彼女でさえ動揺を隠しきれないほどのキノコを僕は何事もなく食べてしまったわけだ。
常に余裕を見せていたフィリオラも今やそんな様子は一切感じられないほどに憔悴しきったような姿となっている。
「・・・すまない。そんな劇物であったとは知らなかったとはいえ、軽率な行動だった。」
「ほんとに・・本当ですわぁ・・・!も、もうあんな真似は、例えあなたが大丈夫だったとしても・・・絶対に、絶対にやめてくださいですのぉ・・・!!」
「ああ、約束するよ・・・。本当にすまない。だから機嫌を直してくれ。」
ここまで焦ったレイラを見るのは初めてだな・・・。
『パパ・・・、私も初めて見たけど、見るだけで食べたらダメだと理解できるよ・・・。』
「あ、あはは・・・」
毒が効かないとわかってからはもうずいぶんとあからさまな毒物を見てもなんとも思わなくなったからなぁ・・・。
僕がかつて捨てた倫理観をもう一度、拾い集めていくしかなさそうだ。
「ま、まあそういうことで僕には毒が効かないってわかっただろう?だから僕には簡易フィルターマスクは必要ないんだ。」
「だからといってソクシダケを食べるとかないわー・・・。いやマジで・・・」
「ほんとよ・・・、毒が効かないことを実演するならもっと別の方法でもあったわ・・・はあ。」
少し心の距離を感じ始めたミミアンとどこか納得しない様子のフィリオラを何とか宥めながらも、徐々に爆発音が響く方へと近づいていく。
恐らく、リオンハルトとレギオンの2人が戦っているのだろう。
爆発音に混じり、生物とは思えないほどの雄叫びが度々聞こえてくる。
その後、幾人かの兵士たちの怒号まで飛び交っている音まで聞こえ始め、もうすぐそこまで来ているとわかる。
・・・あれはドヴァたちが使っていたあのボウガンか。
ヨスミは少し離れた場所に放置されているボウガンが目に付き、手元に<転移>させた。
「あなた?それって・・・」
「ああ、ドヴァたちが使用していたボウガンだ。」
「改めてみるととても不思議な形状ですわ・・・。」
よく見るとこのボウガンは連射式で、しかもボルトを直接装填するタイプじゃなく、すでにボルトが装填されたカートリッジ事態を交換しているように見えた。
こんな中世な時代でもうそんな構造の武器が作られているのか。
となるともしかしてこの世界に『銃』なんて武器が登場するのは近いのかもしれないな。
しかもこの異世界には魔法という概念がある。
それらを組み合わせた全く新しい武器が開発されていてもおかしくはない。
魔法と『銃』を組み合わせた武器・・・、名称するならば『魔銃』なんてのはありきたりだろうか。
「こういった複雑な機構を組み込めるのはやはりドワーフですわ・・・。」
「レイラ、君の兵士たちの武器はこういったものじゃないのかい?」
「ええ。ヴァレンタイン公国に従軍する兵士たちが使用している武器はもっとシンプルですわ。こんな風にボルトを何発も打てるようなものじゃなく、一発撃ったら装填するものですわね。だからこのボウガンはとても画期的ですわ・・・!これがあれば兵士たちも・・・」
レイラはボウガンを見ながら何やらブツブツと言い始めた。
「さて、そろそろ着くぞ。」
レイラが何か考え込んでいるところではあったが、気が付けばヨスミ達は目的地まですぐそこまでやってきていた。
大きく崩れた建物を迂回し、大通りに出た所で左に曲がるとそこには大きな広場があり、その先へは行かせんとばかりに分厚い巨大な壁が聳え立っていた。
その広場の中央には巨大な肉の花が咲き誇り、その花からは次々と醜悪な生物たちが繭から孵化しては次々と壁を破壊しようと集まっている魔物たちへ飛び掛かっていく。
「はははっ!ようやくきたか!」
そこへあの豪快な笑い声を響かせながら、リオンハルトがヨスミ達を出迎えた――――――。