力の源、僕にとっては大事な家族だ。
「はははっ!これは<転移魔法>か!贅沢な奴だな!」
着いて早々、リオンハルトは盛大にヨスミの背中を叩きながら笑う。
「いや、これが僕の得意とするスキルなんだ。」
「はははっ!なるほど!だが戦う前に無駄な魔力を消費することもあるまい!さあ、受け取るがいい!」
そういってリオンハルトはエメラルドグリーンの輝きを見せるポーションを差し出してきた。
恐らくこれは己の魔力を回復させるためのものだろう。
リオンハルトは大きな勘違いをしていることは確かだ。
確か<転移魔法>は膨大な魔力を消費する上に移動しか使い道がないと言われているんだったか?
本当にリオンハルト公子はどこまでも全力で僕と平等に戦い合いたいんだな。
ならばここは・・・
「・・・いや、必要ないよ。僕の<転移>は特殊みたいでね。あの程度じゃ魔力は消費されないんだ。」
「はははっ!それがヨスミ殿の【覚醒技】というわけか!」
「あ、すまん。僕はまだEランクなんだ。」
「はははっ!そんなはずがないだろう!少なくとも俺と同じAランク・・・いや、俺の知らぬSランクという可能性もあるぞ!」
「本当にEランクなんだ。証拠に、ほら。」
そういってヨスミはギルドクリスタルを取り出し、リオンハルトへと見せる。
それを見た瞬間、先ほどまで豪快に笑っていた彼が一瞬凍り付いたかのように動かなくなり、じっと顔を近づけてクリスタルを凝視する。
そしてしばらくまた黙りこくったリオンハルトの出した答えは、
「はははっ!クリスタルランクなんか当てにはならんな!やはり俺の直感こそが全てだ!」
とギルドクリスタルへの信頼を失う事となった。
そこへハルネが捕捉するように言葉を付け加える。
「冒険者ギルドは特例とかは認めておりませんから、どれほどの実力を持とうが冒険者ギルドでの実績を積み重ねなければランクは上がりません。故にこういった低ランクにも関わらず、その実力はAランクに匹敵するような方は少なからずいる事でしょう。」
「まーなぁ。そこのメイドの言う通りだ。ギルドクリスタルは己の実力を示すもんじゃねえ。どれほど町に、人に、己の誠意を見せてきたかどうかの証だ。実績を順当に積んでいけば自ずと実力も付いてくる。【Sランク】っていう立ち位置の奴らは人々に認められた英雄みてえなもんだ。そしてそれのせいで俺様が【Sランク】に上がれねえ理由でもあるんだがなぁ。その点、リオンハルト。てめぇはこのまま順当にいけば【Sランク】になれるのも近ぇんじゃねえか?」
「はははっ!いいや、俺はまだまだ未熟者だ!父の背を今までずっと傍で見てきたからわかる!民に信頼され、仲間に信頼され、その力をより正しきことに奮う父は俺の誇りでもある!だからこそ、俺はまだまだだ!」
さすがダーウィンヘルド皇国唯一の良心・・・だったか。
リオンハルト公子の父ならば、さぞ立派な方なのだろうな。
だが確かにかなりの実力を持つ冒険者ならばすぐさま高ランクにでも上げてしまうイメージがあったが、力と信頼の二つを勝ち得て上がっていけるのならばたとえ人格破綻者を高ランクに認定するような事はないだろう。
人の道に外れた行為をした瞬間、ギルドクリスタルは赤い光を発するとのことだし、冒険者ギルドもまあまあ考えてシステムを構築しているわけか。
「ちなみにリオンハルト公子様の父君は2人目の【Sランク】冒険者ですの。別名『一撃破魂の神拳』なんて呼ばれているほどの武術家ですわ。ヴェラウス家当主であるアーカム大公様は齢50を超えていらっしゃいますけど、その実力は悔しくもわたくしのお父様を凌ぐ強さですの・・・。」
あのグスタフ公爵でさえ負けるとか・・・。
確かグスタフ公爵は今年で38歳だったか?
最年少で【Sランク】に上がったとしてもやっぱりその経験の差が露骨に差となってでているわけか。
・・・ん?
「リオンハルト公子、確か歳はレイラと同じ17歳だと言っていたな?」
「はははっ!その通りだ!」
「それで父親であるアーカム大公は50を超えているんだよな?」
「はははっ!その通りだ!」
「ちなみに他に兄弟とかは・・・」
「はははっ!俺に兄や姉、弟や妹はいないぞっ!」
・・・つまり今のグスタフ公爵の年齢に近い状態で営んでいたってわけか?
「あ、すまない!訂正するぞ!今はいないだ!」
「今はいない・・?どういうことだ?」
「はははっ!元々俺には兄と姉、そして双子の兄の3人がいたが兄は戦争の最中に負った怪我から病を発症したために死んだ!姉は修練の最中に魔物に襲われて片腕を失い、そのまま死んだ!そして双子の兄は最後の修練の際にお互いで殺し合って俺が勝った!だから死んだ!」
その時、ふと違和感を感じた。
立て続けに死に続けているリオンハルト公子の兄弟たち。
確かに彼らの死因となっているそれらの怪我や病気に関して詳しい事は言えないが、少なくともそれで死ぬほどの要因でないことだけは確かだ。
ヨスミだけじゃなく、その場にいた誰もが疑問に感じたようでレイラがリオンハルト公子へと聞き返す。
「・・・どういうことですの?確かに怪我から病に罹ったり、片腕を失うほどの重傷ではあるけど死にはしないはずですわ。なのにどうして・・・」
「はははっ!俺も詳しい事はわからん!だが家のしきたりに乗っ取り、戦えぬ体になった場合はしきたりに乗っ取り、当主の手によってその命を次に活かすために死ぬこととなっているのだ!」
「つまり・・・、アーカム大公様がリオンハルト公子の兄と姉、そしてもう一人の兄を殺した・・・ということですの?」
「はははっ!言い方は悪いが、おそらくそれで合っていると思うぞ!曖昧な言い方の理由は一つ!俺はその瞬間には立ち会えなかった!次に会えたのは安置された棺に入った状態だからな!」
「なっ・・・!?」
そこでレイラは思わずリオンハルトへ掴みかかる。
「実の兄弟を殺されているのに、どうしてそんな風に笑えられるんですの!?」
「はははっ!弱き者は淘汰される。それは自然界の摂理だ!そして皇帝を、民を守る立場の者として弱者であってはならないのだ!故に強き者を育て、戦えなく成れば次の生命に己を託す。それは当然のことだ!それ故に父は、アーカム大公は皇帝を守り、民たちを守ってきたのだ!」
「だからって・・・!!!」
「レイラ。」
ヨスミはそっとレイラに肩へ手を置き、振り向いた彼女へ首を振る。
「あなた・・・」
「これは僕たちが口を出していい話ではないみたいだ。それに同じような話を前にも聞いたことがある。それを実践したのは国全体で、数百という少数に対して数十万の相手に快勝を上げた実例があるほどだ。」
「だからってそんな惨いことを許していいはずがありませんですわ・・・!!」
「わかっている。だが、守るべきものが大きければ大きいほど何かを犠牲にしなければならないのは道理でもある。たとえそれが自分の子供であったとしても・・・。」
レイラは思わずヨスミの胸元へと顔を埋め、肩を微かに震わせる。
「だから僕は大事なモノを守るために犠牲を強いるは他ではなく自分と決めているんだ。そして自分自身が強くなれば、他に犠牲を強いる必要もないだろ?」
「あなた・・・。わかりましたわ・・・。わたくしも、もっと強くなってあなたを守ります。必ず・・・!」
そうしてヨスミから離れ、ハルネの傍へと寄る。
もう一度、リオンハルト公子を向き直った。
「リオンハルト公子、その情報は他者に話してもよかったのか?」
「はははっ!俺の知る限りだと、他者に話すなとは言われていない!今まで聞かれなかったから言わなかっただけだな!それに俺だって思う所もある!だが実際その通りだからこそ俺は受け入れることにした!」
「・・・そうか。まるで張り付けたような笑顔を一切崩さずにいるのも・・・」
「はははっ!その通りだ!あの日から泣くのは止めたのだ!そして笑顔でいれば人々は安心すると分かり、どんな時でも笑顔でいようと決めたのだ!」
本当に僕はリオンハルトという人間を真の意味で誤解していた。
彼が常に笑顔を向ける理由、そして彼が強さをひたすらに求める理由・・・。
「はははっ!だがまだ俺は未熟者だ!皇帝を守るだの、民を守るだのと言われてもしっくりこないのだ!守るというのは脅威を討ち滅ぼすのと何が違うのか!助けるというのは敵を打ち砕くのと何が違うのか!現に俺が誰かを守るたびに上がるのは父のような歓喜の声じゃなく、怯えた悲鳴だけだった!俺が誰かを助ける度に向けられるは嬉しそうな笑みではなく、恐怖の視線だけだった!父と俺がしていることに違いはないはずだ!なのにこうも向けられるモノの違いはなんなのかがわからん!故にこうして旅をしているのだ!その違いを知れば、俺はきっと父のような偉大なる存在になれる!」
「・・・そっか。ならば僕から一つアドバイスを上げるよ。」
「なぬ!」
リオンハルトはヨスミの肩をがっちりホールドしながら顔を思いっきり近づける。
興奮気味の荒れた呼吸が顔に掛かるのを感じながら、ヨスミは言葉を続けた。
「守る範囲が膨大過ぎるから見えていないんだ。だからまずは守るべきものをそんな大きいモノじゃなく、小さなものから初めて見るといい。お勧めなのは、お前がさっき言った女に現を抜かすならば~なんて言葉を撤回し、愛する女性を1人でもいいから作ってみろ。そしてその女性を何を使ってでも全力で守り抜け。」
「・・・難しいな!女に現を抜かすことでどうして強くなれるのか!俺には理解ができん!」
「はは、だろうな。だからこそ、僕と戦うことには恐らくリオンハルト公子にとっていい経験となると僕は思うよ。」
そういってヨスミはレイラへ温かな視線を向ける。
それに気づいたレイラは顔を赤らめながらも優しく微笑み返した。
「むぅ!ならばさっそく始めよう!今すぐに始めよう!俺は知らねばならない!強さの秘訣を!」
「ああ、見せてあげるよ。守るべきものがいるということがどれほどの力を与えてくれるのか。」
ヨスミはそっとブラックリリーをリオンハルトへと向ける。
それを受け、リオンハルトはその手に装着されているガントレットを強く握り、拳を合わせる。
「ではいざ!」
「尋常に勝負・・・!」
こうしてヨスミとリオンハルトの戦いが幕を開けた――――――。