さすがに今の心境では酒に酔えないな・・・
「・・・旦那ぁ、質問の意図がわからねえんですが。なんですか藪から棒に・・・。」
一呼吸おいて、張り詰めた雰囲気の中ドヴァが返答を返した。
「そのままの意味だよ。この<機械帝国>で何やらきな臭い話を聞いてね。ついでに今、君から話してくれたドラゴンとの関係性を聞いていたらどうしても気になったんだ。」
「・・・あー、なるほど。そういうことですかい。」
ドヴァは何かを納得したかのように目を細め、コップを傾け、中に入っているお酒の揺れる水面を眺める。
「旦那は本当にドラゴンの事が好きなんだなぁ・・・。もしその話が本当なら、旦那は戦争そのものより戦争に駆り出されるドラゴンたちのことを心配しているんだろう?」
「それ以外に何がある?」
「がーっはははは!即答ときたかっ!」
ドヴァは豪快に笑いながら残った酒をぐいっと飲み干す。
「くはーっ!ま、俺の立場から言えることはなんもねえ!確かに今この国はどーも嫌な感じが漂っているがなあ・・・、俺のような末端の兵士にはなーんも知らされてねえんだ。ただ、1つだけ言えることは戦争なんてくだらねえことに大事な相棒の命を危険にさらすような馬鹿ドワーフはこの国にはいねえってことだな!がーっはははは!」
「・・・そうか。」
ヨスミはその言葉を受け、ドヴァへコップを差し出した。
それを受け、ヨスミの真意を知ったドヴァは豪快な笑みを浮かべ、自分のコップを差し出す。
そして2人は互いのコップを打ち付け合い、カコーンッと音を響かせるとお互いにグイっと酒を飲み込んだ。
「くぅー・・・」
「くはーっ!今度は飲んでくれたみたいだな!」
「なんだ、バレていたか。」
「当たりめえだろう!飲んでも飲んでもコップの中の酒が減らねえんだもんなぁ!そのくせ旦那は飲んでるくせして全然酒が回ってなさそうだったしなあ!」
豪快に笑いながらロニャンへコップを差し出し、はいはいといった感じで酒を注いでいく。
その間、ヨスミの方を見て手を差し出す。
明らかにお前のコップを渡せ、酒を注ぐから!的な意味合いだ。
ヨスミは素直に空になったコップを渡した。
ドヴァは嬉しそうにコップを受け取り、ロニャンへと渡した。
彼の心意気がなんだか嬉しかった。
フィリオラやレイラもヨスミの雰囲気が一気に緩和されたことに安堵し、それぞれコップに注がれた飲み物を口に含む。
「だけどなんでそんなことになっているんだ?」
「さあな・・・。さっきも言ったが俺たちのような末端の兵士らには上層部の考えてるこたぁわからん。俺たちは軍部の上層部から下された命令に従うだけだ。だがそんな俺たちでさえ上層部がきな臭いことしてるっつーのはわかる。」
「というと・・・?」
「最近、各村の鍛冶職人らをかき集めて武具をどんどん製造しているっつー話だ。」
確かに、何の理由もなく各村にいる鍛冶職人らを集めて武器や防具を急造させたりはしない。
大きな戦いに備えて、武具を増産させていると考えれば話の辻褄は合う。
何が重要なのか・・・、それはその矛先を向ける相手がどこなのかということだ。
獣帝国か、公国か・・・それとも共和国か。
はたまたその他亜人らの築き上げた小国、集落か・・・。
それとも・・・。
まあ、今はまだ情報も少ないし、現に僕の家族にはなんら被害は出ていない。
だからといってこのまま何もしなければ間違いなく僕たちにも被害が及ぶだろう。
その前に・・・、何か手を打つべきか?
「あなた」
その瞬間、レイラに突然手を握られ、まっすぐに僕の瞳を見つめられる。
彼女に僕の考えは見透かされているようで、まるでくぎを打たれたかのようだ。
「・・・ああ、わかっているよ。」
「本当にですの?」
「うっ・・・、ほ、本当だ。」
「・・・もし無理するようなそぶりを見せたら、許しませんですわよ?」
「ア、ハイ」
ダメだ、レイラに逆らえん・・・!
「おや、旦那!さっそく旦那の嫁に尻敷かれてんだなぁ!がーっはははは!」
「僕が愛する女の尻に敷かれるなら本望だよ。」
「あ、あなた・・っ!」
どこか照れるように顔を背け、コップの中にあるハルネお手製ジュースをグイっと飲み込んだ。
だが途中で咽てしまったようで、ゲホッゲホッと咳き込み始めた。
「でも心配だよ・・・、近頃職人だけじゃなくて村人らも若い男たちを何人か連れていかれたって話だよ・・・。」
「・・・徴兵か。」
「さあ、詳しくはわからないんだけどねえ・・・。あたしの友達の息子が兵士らに連れていかれたって話してくれてねえ・・・。」
・・・間違いない。
この国は今、何かしらの大きな戦いのために準備を始めている。
だが一体なぜそんなことになっている?
資源がなくなってきたから他国へ侵略し、不足している資源の調達が主な理由だ。
その理由が当てはめられるか?と言ったら、なんとも言えない。
そもそもこの国には今日来たばかりだ。
そして僕自身、ドワーフという種族と触れ合うのはこれが初めてだ。
公国にいた時に町中で冒険者たちと共に行動するドワーフの姿を遠くの方からチラチラと見たことはあるが・・・。
ただまあこうしてドワーフという種族の成りを知れただけでもよかったのかもしれない。
・・・ん?
「そういや、ドヴァさん。」
「俺のこたぁ、呼び捨てで構わんぜ、旦那!」
「・・・んじゃあ、俺の事もヨスミでいいよ。」
「お?おお・・・、じゃあヨスミ!なんでも聞いてくれ!」
気前のいいドヴァの返答に、どこかヨスミは嬉しそうに心が軽くなる。
どうやら僕はドヴァを・・・このドワーフという種族を気に入ったらしい。
「<機械帝国>の出入り口ってこの<ゴルディオン港町>以外にはないのか?」
「ん?いや、聞いたことねーな。<機械帝国の入口>なんて言われるぐらいに、この港町が唯一の<機械帝国>に入るための唯一の港町だ。出るときもこの港町以外はねえと思うぞ?」
「ふーん・・・、そうか。」
その時、ヨスミはどこか納得したような表情を見せる。
「なんだ、ヨスミ。心当たりでもあるのか?」
「まあ確証はないけど、確信はある。少なくとも外国への侵略行為のために軍備を備えているわけではないから安心してくれ。」
「ほーう?」
ぐいっと酒を流し込み、ヨスミへ近づいてきた。
「その根拠は?」
「そうだね・・・。僕がそう思った根拠がまず、この港町にある船の少なさだ。」
屋上でこの大きな港町を眺めていた時に見えていた漁港に付いている船の数だ。
大きな戦争に備えて軍備を急造しているとは言え、<機械帝国>の出入り口となるのはここ<ゴルディオン港町>しかないという。
その割にはこの漁港にある船のほとんどは交易のための船と、漁猟のための小型の船が数隻のみ。
外国へ侵略するために大群を乗せられるような船は一つも見当たらない。
先に武具などを揃えてからなんて考えも浮かんだが、あんな超重量級の兵士らを何人も載せられるような船を後で作るなんて非合理的なことはまずあり得ない。
そもそも武具の製造と、彼等を乗せる戦艦の製造はほぼ同時進行に進めないと熱が冷めてしまう。
戦いというのはどれだけ熱がこもっているかどうかで勝敗が決まる。
鉄は熱いうちに打て、なんて言葉があるように、いざ戦争をするぞ!という熱という名の士気が高いうちにことを進めなければならない。
途中で熱が覚めてしまった鉄の形状は歪なモノとなるように、士気を失った軍隊はまともに戦う事なんてできるはずがない。
特に武器や防具などと言った、敵を殺すための武器、身を守るための防具などの、戦争に直接関与するもの、その象徴とも言うべきものを見た兵士らには必然とその心に熱が灯っていく。
これから戦争が始まる、生存を掛けた大きな戦いが始まる。
そう連想させられるだけで、その熱はどんどん増長していく。
だが、造船の段階に入るとなると話は別だ。
移動手段で作られる船とはいえ、それは戦いとの連想が結び付きにくい。
それらを見せられ、または船が揃うまで待機させられれば、熱はどんどん冷えていくだろう。
そうなれば、もう戦争どころではない。
一度冷え切ってしまった熱を再度燃やすには時間が掛かるだろうし、それにくべるための薪の量も増やさなければならない。
だから、非合理なのだ。
今この段階で、この町にある造船場で船が新たに建造していないというのはあまりにも非合理なのだ。
「今この町で新たに船を作っているなんてことは?」
「いや、ねえな。今あそこにあるのは故障した船を修理しているために埋まっているだけだしよ。」
「そうなると、戦争という線はまずなくなる。となると次に考えられるのは内紛だが・・・」
「あ?そりゃあねえな!この国で王を決める際は己の実力だけじゃなく、それに加えて己の技術力の高さで決めるからよお。現王であるデュガスノフ・アイアン・アクスフェル王はオリハルコン鉱石で作り出した栄峰級の大斧を作り出しやがったんだ。それだけじゃなく、それを使って【アダマンタイトクラス】の魔物を同時に3頭も討伐するなんて偉業を成し遂げたんだ。ありゃあ現王が生きている内にゃー誰も王座に付けねえだろうよ。それに全国民が認めるほどの人望もあるしな。」
アダマンタイトクラス・・・。
やはりこの国にも特有のランク分け制度があるみたいだな。
アダマンタイト・・・となると、【Sランク】の魔物を3体も同時に討伐したってことか?
自ら作り出した武器で、最上級クラスの魔物を同時に3体も相手に出来るほどだ。
その武器はかなりの業物・・・いや、それ以上なんだろう。
しかも全国民にも慕われていると来た。
内紛の件も外れた、となれば・・・
「・・・【炎の化身】か。」
「へ?い、いやいや旦那!冗談きついぜ?ソイツは太古の昔に先祖とドラゴンたちによって奈落に封じ込められているんだぜ?」
「となると、おそらくその封印に綻びか、それとも緩みか・・・経年劣化か。おそらく長年続いた封印に何かしらの異常が出てきたせいで、【炎の化身】が復活の兆しを見せている可能性がある。現王は恐らくそれに気づき、奴との戦いに備えるために・・・ってのが僕の憶測だ。」
「ば、ばあか言っちゃいけねえよ旦那!さ、さすがにそれは旦那の妄想が過ぎるってもんだ・・・!」
そう話すドヴァの手は豪快に笑いながら酒をグイっと喉へ流し込んでいたが、コップを握る手は微かに震えていた。
「まあドヴァの言った通り、ざっと今ある情報を元に立てた僕の憶測にすぎないよ。もしかしたら違う理由があるかもしれない。大勢の兵士で相手をするとなれば・・・【魔物の氾濫】辺りだろうか。それが近いうちにどこかで発生する可能性があるかもしれない。だから真に受けない事だよ、ドヴァ。」
「・・・心臓に悪いぜ、旦那。」
ふふっと揶揄うようにヨスミは笑みを浮かべ、コップに注がれた酒を口に運んだ――――――。