・・・確かにこれは、中毒になりかねんほどの美味さだ。
「あら、遅かったじゃない。(・・・お母様、服がちょっと乱れてるわよっ)」
「(あっ・・・ありがとうですわ・・・!)」
あれから1時間ちょっとが経ち、ヨスミとレイラが1階の食事場へ降りると食事を並べているところだった。
恐らく・・・、フィリオラが気を利かせて時間を少しばかり引き延ばしてくれたのだろう。
フィリオラの方を見ると、こちらを見て軽くウィンクをしてくれた。
本当に気が利く愛娘だ。
後でいい子いい子してあげなきゃ・・・!
「・・・リオラっち?どしたの?」
「いや、ヨスミを助けたはずが何故か悪寒が走ったの・・・。」
「ささ、御2人とも。こちらへどうぞ。」
ハルネに通され、レイラとヨスミは席に着く。
そこへいつの間にか帰ってきたドヴァが着替え終えて部屋に入ってきた。
「おお、来たか。なんじゃ、込み入った話でもしてたのか?」
「ああ。少し熱が入ってしまったな・・・。」
「がーっはははは!そりゃあ結構!それじゃあ食べるとするか!我が妻ロニャンの作る料理は絶品だからな!是非とも堪能してくれ!」
「もー、あんたったら!さあさ、客人も・・・ほら、たーんとお食べ!」
ロニャンの声に合わせ、ヨスミたちは手を合わせて一言” いただきます ”と掛け声と共に食事を始めた。
その光景を驚愕な目で見ていたドヴァは思わずフィリオラへ問いかける。
「あ、姐さん。今のは一体なんなんです・・・?」
「え?ああ、今のこれ?」
「そうです、そうです。そのいただき・・・なんたらってやつ。」
「まー・・・いわゆる形式みたいなものよ。食事に使われた食材に感謝し、命に感謝し、こうして美味しくいただけることに感謝、敬意を示す形でやっているのよ。」
「へぇ~・・・、食材に感謝を、ねえ。そんなの考えたこともなかった・・・。えと、こうして・・・いただきます。」
「い、いただきます・・・」
「いただます!」
ドヴァに続いて妻のロニャン、チーニャもぎこちない動きで手を合わせ、いただきますと唱える。
そんな光景を見たヨスミはふと笑みを浮かべ、目の前に並べられたたくさんの肉料理に手を付ける。
たっぷりの肉汁と香辛料、そして微かに喉を通る野菜のほのかな甘み・・・。
本当にうまい。
ドワーフらしく、調理の火加減が本当に絶妙だ。
入るべきところにはきっちりと火を通し、逆に入れすぎない事で肉の繊維を崩すことなく旨味を閉じ込めたまま焼き上げられている。
・・・ほら、この通り。
ナイフを1回入れただけで簡単に肉が切れた。
「美味いな・・・。さすがだ。」
「そりゃあ結構!いやー、気に入ってもらえて何よりだ!」
「ところでこの肉は何を使ってるんだ?」
「ん?ああ、こりゃあサラマンダーの尾肉・・・ひっ!?」
「サラマンダーの、肉を・・・????」
その瞬間、ヨスミから発せられる怒りのオーラを感じ、フィリオラが急いで弁明する。
「ちょっと落ち着いてヨスミ!サラマンダーの尻尾といっても、別に殺して尻尾を切り落としているわけじゃないの!サラマンダーの習慣で、定期的に尻尾を自分で切り落としているのよ!それにサラマンダーはドワーフの最高の相棒と言っても過言ではないわ!そんな相棒を殺すような真似はしないからどうかその殺気を抑えて!!」
「・・・ふむ。」
フィリオラの懸命な釈明により、ヨスミから駄々洩れていた殺気は徐々に収まっていく。
「それで、サラマンダーとドワーフは最高の相棒・・・というのは?」
「俺らドワーフは鍛冶を生業にしている。先祖代々、火の扱いに長けたドラゴンとの協力関係がずっと続いてきたんだ。その中でも【火竜サラマンダー】とは特に長くてなぁ、何千年と続いている。この尾肉だって、自然と取れたものを使用しているんだよ。」
なるほど、それでフィリオラを見ても好意的な印象を見せていたのか。
ドヴァだけじゃなく、ドワーフ全体が同じ反応を見せていた。
「さらには火山洞窟の奥深くに眠る【炎の化身】から守ってくれるんだ。」
「【炎の化身】・・・?」
「うむ。古より生き続ける化け物さ・・・。過去に一度、【炎の化身】が復活したことがあってだな。そりゃあ酷い戦いになったものよ。だがそこに【サラマンダー】含め、多数のドラゴンたちが俺たちを助けてくれてなあ。おかげでこの火山の奥深く、地底よりも更に深い奈落に封じ込められたんだ。」
・・・ふむ。
以前に見た有名なファンタジー映画、ローグライクの代表作ともいえるゲームのボスなんかにもそんな存在を聞いたことがあるな。
だけど、ドラゴンたちがドワーフに味方したということは・・・少なくともドラゴンとは敵対関係であるということか。
これもまた近日中に似たような話を聞いたことがあるな。
【怪物】と【眷属】・・・。
奴らもまた、ドラゴンたちと強い敵対関係だったな。
【怪物】・・・とまではいかなくとも、【眷属】である線で心の隅にでも置いておいた方がいいかもしれないな。
「そこからドワーフとドラゴンたちの間に強い絆が結ばれて、お互い協力し合って生きてきた大事な家族なんでさあ。」
「・・・そうか。ならば、ありがたくいただくとするよ。」
ドラゴンの肉・・・。
いや、お肉なだけに、尾肉か・・・。
ドラゴンを愛する僕が、ドラゴンの肉を食する日が来るとは・・・。
別に殺して調理したわけではないが、なんとも複雑な気持ちだ。
とろけるほどの肉汁に歯で簡単に噛み切れるほどの柔らかすぎる肉質。
変な臭みも、独特の癖もない、まさに最高の肉とでもいえる・・・。
さすがドラゴンだ、強さだけでなく食材でも頂点と称せるとは・・・!
「・・・だけど、やっぱり複雑だなぁ。」
「あ、あはは・・・。ま、まあ美味しければいいんじゃない??」
フィリオラの声はどこか震えている。
レイラは心配そうにこちらを見ている。
「大丈夫、ただ吃驚しただけだ。」
「なんだい、旦那ぁ。あんた、ドラゴンの肉は初めてだったんか。」
「ああ。ドラゴンをこよなく愛しているとはいえ、食べちゃいたいぐらい愛しているとはよく言うが、物理的に食べることになるなんてな・・・。だけど、いい機会だったかもしれない。」
この味を知ってしまった。
それ故に、ドラゴンの肉を食べるのはこれで最後だ。
この場所で食べるのが、最後だ。
そして生涯、この絶品なる至高の味を忘れたりはしない。
その後、食事会は終えるとそれぞれ別れて対処に当たっていた。
その一画、フィリオラはミミアンと共にぐっだりとしている。
「はあああぁぁぁ・・・・」
「どーしたの、そんなクソでかため息なんてついて。まあさっきの食事会の空気は最悪だったけどさー・・・」
「最悪なんてもんじゃないわよ・・・。この世の終わりかと思ったわ・・・。」
「まー・・・、この世で何よりも愛する存在を食卓に並べられてそれを知らずに食べたってわけでしょ?まあ、気持ちはわからないでもないけどさー・・・。」
「私たちにとってはありふれたものであっても、パパにとっては初めてのことなのよ・・・。はあああぁぁぁ・・・。」
「ちょっとやめてよ、リオラっち。うちの幸せまで逃げていきそうじゃん・・・!」
フィリオラはふとヨスミの方を見る。
今は何事もなさそうに振舞っているように見えるが、微かに感じる怒りのような殺気のような・・・何か覚悟を決めたような張り詰めた感情。
別に怒っているわけでもないし、ドラゴンの肉を食わせたことによる殺意とかもない。
ただ、こう・・・なんていったらいいのかしら。
何か強い覚悟を決めたような、そんなピリピリとした感情。
はあ、完全に忘れてたわ。
でも、何事もなくてよかった・・・。
そんなこんなで食事の後片付けも終わり、子供たちはそれぞれ別室にハルネと共に連れていかれ、残されたヨスミたちはドヴァが取り出したお酒を配られ、それを片手に話の続きをすることとなった。
レイラはまだ未成年だったこともあり、ハルネお手製のジュースなので安心してください。
「全く、ヒヤッとしたぜぇ。まさか旦那がドラゴンの肉を食ったことがないどころか、かなりの愛好家だったとは・・・。そりゃあすまんかったなぁ!」
「いや、僕にとってもいい経験だったよ。さすがドラゴンの肉だ、他の動物の肉なんて目じゃないぐらいの美味さだったよ。」
ヨスミにそう言われ、ドヴァは嬉しそうに豪快に笑いながら樽コップを持ち上げグイっと中にある酒を喉へ流し込む。
「ぷっはぁ~!やっぱうめぇなあ・・・。」
ちなみに僕はお酒を飲む振りして、少しずつ<転移>で彼のコップに送り続けている。
「そんで、旦那ぁ。ここに来た目的はドラゴンを見に来たんだったかぁ?
「ああ、そうだよ。どの大陸にも必ずその大陸固有の個体がいるはずだと思ってね。」
「そいつぁいい!ぜひ、【サラマンダー】らを見て行ってくれよ!他にも固有のドラゴンといやあ・・・騎獣代わりに乗っている【アーマル】だな。」
おお、また聞いたことのない名前のドラゴンが出てきたぞ・・・!?
「【アーマル】・・・?ちなみにどんな感じだ?」
「まー、簡単に言えばモグラに蜥蜴の要素を足したような存在だな。翼は生えてないし、立派な角なんてものは持ち合わせてない。ただしその代わりにその外皮はまるで鎧のように分厚く、またどんな足場だろうが速度を落とすことなく走ることが出来る。ここだと地熱に熱されて一部の地面は熱々だからなぁ。下手すりゃドワーフステーキの出来上がりよ。他にもマグマなども平気で流れているし、間欠泉やらアッツイ湯気も噴き出しているわけだから、そこらの騎獣だと簡単に酷い火傷を負っちまうのよ。だが【アーマル】はそんなの関係ねえ。どんな場所だろうが自由自在に移動できるってもんよ。」
ふむ、この地域ならではのドラゴンか。
聞き慣れたサラマンダーという個体と、聞いたことがないアーマルという個体。
この二つ以外にも色々と言るようだし、・・・明日が楽しみになってきたな。
・・・あ、そうだ。
「そういや、ここに来る前にある話を聞いたんだが。」
「あん?ある話って、どんな話だ?」
「ああ。なんでも、大戦争を始めるために準備を進めているとかなんとかって話をな。」
ヨスミがそう話した途端、その場の空気が一瞬にして凍り付いたのは言うまでもなかった――――――。