ここがドワーフの町・・・
~未成年の飲酒、ダメ!絶対!~
「おーい、こっちだー!」
薄暗い洞窟の中に存在する港、ここは<機械帝国>の入口と言われる<ゴルディオン港町>。
そこでは様々な物資を運び、船に積んでは倉庫へ運び込むドワーフらの姿が見える。
だがそこへ突如として現れた巨大な正体不明の何か。
洞窟内に全てが収まりきらないほどの巨躯を持つそいつの登場に全てのドワーフたちは警報を鳴らした。
次々と警備兵と思わしきドワーフらが集まってきて陣形を組み始める。
その小さな体に似合わぬ長槍と大楯をその手に、全身はゴツゴツの鎧を着込んでおり、見た目だけでも明らかに重装甲と見られる装備であるが、ドワーフたちの足取りは軽い。
同じような装備を他の種族、人間はまず動くことすら難しく、獣人でさえ軽快な動きは出来ないだろう。
それ故にそんな全身を覆う鋼鉄製の鎧は全ての攻撃を弾き、矢さえも砕くように感じられるその装備は警備兵全員が着込んでいる。
ただし、隊長と思わしきドワーフは底に何かしらの動物の毛皮の装飾品が施されており、他の兵士とは違って槍ではなく斧と槌が片方ずつにくっ付いた長柄武器を手に持っていた。
明らかに警備兵にしてはガチガチな重装甲鎧で固められたドワーフたちだったが、その中身は明らかに目の前に現れた正体不明の巨大生物にかなりビビっていた様子だった。
「い、一体なんでぇあんあ化け物・・・!」
「オデがここに勤め始めて、初めてみただぁよ!」
「狼狽えるな!全ての入口と言われるこの場所が突破されれば、我らは滅亡まっしぐらだ!我らがドワーフの誇りを掛け、あの化け物をここで食い止めねばならぬぅ!」
見掛け倒しなのは武器の大きさだけでなく、彼等の声量は一般的な男性よりも遥かに強かった。
隊長と思わしきドワーフが部下たちの士気を高め、次々と盾を並べていく。
港で作業していた一般ドワーフたちの退避が全て済んだのを確認し、隊長の指示のもと、一歩、また一歩とファランクスのような陣形を一切崩すことなく歩みを進める。
一触即発の状態の中、突如として目の前に人間たちが姿を現した・・・。
「なーんだ、姐さんの仲間だったんかい!がーっはははは!」
港にはまたいつもの光景が戻り、せっせと港で仕事をするドワーフたちの姿で溢れかえった。
集まってきていた警備兵たちは散開し、それぞれいつもの配置へと戻った。
今目の前にいるのはその警備兵の隊長であるドヴァは兜を取り、そこらへんに投げ捨てた。
その衝撃で地面が軽く砕け、兜の重量がとんでもなく重いと認識させられる。
つまり、今彼が着ている鎧一つ一つが同じような重量であるならば・・・ドワーフはその名に違わぬ力持ちなのだろう。
それにしてもさすがドワーフだな・・・。
1m前後の低身長、その割にはずんぐりむっくりな体型。
だがそれは太っているわけではなく、それら全てが無駄のない筋肉が割合を占めている。
そしてやはり、ドワーフといえば・・・あのご自慢の髭だろう。
髪のように伸びきった髭、この場で見えるだけでもその全てのドワーフに立派な髭が生えている。
それぞれ髪型が全員違うかのように髭に結び目があり、個々によってその結び目は全員違う。
ただし、その中で法則性があることがわかった。
あそこに見えるドワーフたちの髭の結び目は1つで、警備兵らは2つだ。
このドヴァと名乗る警備隊長は3つの結び目が彼の髭にあった。
そう、これが恐らく身分を示すものと考えられる。
つまり、彼等の立派な髭についた結び目の数が多ければ多いほど、その身分は高いと思われる。
「はあ・・・。少し前にみんなで遊びに行くって連絡いれたはずなんだけど?」
「そうだったか?がーっはははは!すっかり忘れてたわい!」
「わい!じゃないわよ!全く・・・。やっと到着して<転移>で移動したと思ったらいきなり厳戒態勢で盾構えたまま槍を向けた状態でお出迎えなんて肝が冷えたわよ・・・」
そういってフィリオラはヨスミの方を見る。
身内に危害を加えられようとした場合、問答無用で誰であろうが<転移>させられる。
身分なんて一切関係ない。
それが例え王族であろうが、躊躇なく飛ばされるだろう・・・。
「ん?僕の顔に何かついているかい?」
「いーえ。それより・・・」
「ん?ああ、とりあえず我らが王には連絡は入れてあるぞい。そんで?ここに来た目的は?」
「ドラゴンに会いにっ!」
フィリオラが答える前にヨスミが全力で応えた。
「ほー、ドラゴン・・・ってことは【火竜サラマンダー】辺りがお目当ての子かも――――」
「その話、詳しく聞かせてくれ」
「ひっ!?」
ドヴァが最後まで話す前に彼に全力で詰め寄るヨスミに思わず悲鳴に近い声が彼から上がる。
フィリオラが慌てた様子で竜尾を顕現させてはヨスミを掴み、無理やり座らせた。
「ごめんなさい・・・。ドラゴンの事になるとヨスミはこんな調子なの。だから許してちょうだい。」
一応、ここではヨスミとフィリオラの関係性はなるべく伏せる事となった。
それはハクアたちも同様で、なるべく人前では父やパパなんて呼び名で呼ばないように約束した。
「え?あ、ああ・・・。姐さんの仲間とは聞いていたが、本当に奇特なヤツなんだなあ。まさかドラゴンにここまでご執心だとはな!我としても嬉しい限りだ!がーっはははは!」
「・・・ほう?ついでにその辺りの話も聞かせてくれるか?僕としては君たちドワーフとドラゴンの関係性について思う所もあったからね。」
「ほーう?まさか、ドワーフとドラゴンは敵対しているとでも思っていたか?」
「ああ。といっても僕が君たちに向ける一方的な偏見が原因なんだけどね。」
「ふーむ、こりゃあ話が長くなりそうだな。なら、俺の家に来い!そこで酒も交えて話し合おうじゃないか!一先ず俺はまだ仕事が残ってるから、先に家で待っててくれ!俺の家は・・・――――」
ドヴァは気前よくヨスミたちを誘い、それを受けたヨスミたちは教えられた家へ向かうとそこには彼の妻子が出迎えてくれた。
ドヴァの妻はロニャンといい、元々2人は冒険者だったようでとある依頼で彼女を助けたことをきっかけに結ばれたそうだ。
レイラとロニャンはすぐに意気投合し、2人は夕食に備えてハルネと共に料理の下ごしらえを手伝い、ディアネスと子のチーニャは楽しそうに遊んでいた。
そんな様子を見守るミミアンは今もなおボーっとしている。
未だに無理やり連れてきたことに不服なようだ。
ヨスミは屋上に出て初めて見るドワーフの町というものを眺めていた。
そこへお酒の瓶を片手にフィリオラがやってくると、ヨスミの前に酒が入ったコップを置く。
「どーしたの?なんだか哀愁たっぷりの姿で町なんか眺めちゃって。」
「いや、ただ考え事をしていただけだよ。初めて出会う相手の情報を知っていても、それはあくまで情報でしかないってことに気付かされただけだなと改めて感じてな・・・。改めてこうして会って話を交わしてそれは間違いだったことに気が付いたんだ・・・。」
フィリオラにそう話し、コップに入ったお酒を軽く口の中へ流し込む。
口いっぱいに広がる強烈なアルコール特有の絡みが広がり、その後に香る柑橘系独特な甘い味が舌の上に残り、その酒の確かに旨味を醸し出していた。
さすがにアルコール度数はとても高いようで、呑み込んだ際に喉にその強い辛味がまるで喉を焼くような感覚が広がる。
そんな苦しそうにするヨスミを見てフィリオラは楽しそうに微笑み、自分のコップを持ち上げてグイっと中身を喉に流し込む。
「やっぱりドワーフのお酒は強いわね~・・・。」
「全くだ・・・。喉が焼けるようだ・・・。」
「パパってお酒苦手だったっけ?」
「いや・・・これほどの強いお酒は好んで飲まないだけだよ。飲むとしてもアルコール度数が低いお酒ぐらいか。それにお酒なんて入ってたら研究に身が入らなかったからな・・・。それにお酒を飲んで嫌な事を忘れるなんて聞くが、そんなことをしたら忘れたくない事まで忘れてしまう・・・。それだけは許せなかった。」
「パパ・・・。」
こうしてきちんとお酒を飲んだのは久々だ。
別にお酒が嫌いなわけじゃない。
苦手というわけでもない。
なんせ、研究でアルコールは日常的に扱っていたからそういった臭いも嗅ぎ慣れているのだ。
「逆にフィリオラはお酒を良く嗜んでいるみたいだな?」
「ええ。まー、黒お姉様の影響だけどねー。」
「メラウスが?」
「といってもこういったタイプのお酒じゃないけどね。黒お姉様はどちらかというと・・・」
「清酒あたりか?」
「お、当たり。」
そういってフィリオラは空になったコップにお酒を注ぐ。
ヨスミはちびちび飲んでいたため、まだ少量残っていたがそんなの構わずにヨスミのコップにも注ぎ入れる。
そしてまたフィリオラはぐいっとコップを持ち上げ、一気に喉へ流し込む。
「ハイペースだな。少し抑えてもいいんじゃないか?」
「別に大丈夫よー。この程度で私が酔うことはないわ。」
まあ確かにドラゴンはお酒を嗜むイメージは強い。
だが大抵、そういったエピソードには必ずドラゴンたちは簡単に酔っぱらってしまい、首を切り落とされたり、心臓を貫かれたりとろくでもない結果を迎えていた。
・・・まあ、少し前にフィリオラと話していた時にも上等なお酒を片手に遠くの方で起きていた夜空に輝く夕陽を肴に飲んでいたっけ。
その時にも彼女は一度も酔うことなく、共に朝を迎えた。
「そういうものか。」
「そういうものよー・・・。」
「あら、2人とも。ここにいらっしゃったんですのね。」
そこへエプロン姿のレイラがやってきた。
・・・こういった姿もいいな。
ここにフィリオラがいなければ恐らくこのまま抱き寄せて事に及んでいそうなほど魅力的だよ・・・。
「あら、お母様。何かあったの?」
「そろそろ晩御飯の支度が終わるから2人を呼びに来たんですのよ。」
「はーい。それじゃ、先に戻るわねー。」
そういってフィリオラは先に建物の中へと戻っていき、階段を下りて行った。
残されたヨスミはレイラと共に建物内へ入ろうと、コップに入っている残りのお酒をグイっと飲み干す。
口から喉、喉から胃へ広がるアルコールの妬けるような辛味が広がり、思わず顔をしかめる。
やっぱりこのお酒の度数は高いだろ絶対・・・。
いや、僕自身があまりお酒飲まないからこんな風になっているだけかもしれないわけだが・・・。
「あ、あなた・・・?」
心配したレイラが急いでヨスミへと駆け寄る。
「いや、大丈夫だ・・・。フィリオラが持ってきたお酒がどうにも強かったみたいでな・・・。」
全身が妙に高揚している。
洞窟内の港町ということもあって、じめじめしたような暑さを感じる。
もう酔いが回ってきたというのか・・・?
それにしたって早すぎるような・・・、そこまでアルコール耐性がなかったか僕は?
「大丈夫ですの・・・?お顔が・・・ほんのり赤いですわ。」
「目眩は、ない。足取りも・・・しっかりしている。まだ酔いが回ってすぐの状態だろう・・・。大丈夫、あまり飲み慣れていないお酒に飲まれかけたようだ。」
「肩を貸した方がいいかしら・・・?」
「・・・そうだな。せっかくだし、頼む。」
レイラは嬉しそうにヨスミの体を支え、2人一緒に歩き出した。
そんな彼女の健気な姿にヨスミは堪らず、レイラを抱き寄せる。
「あ、あなた・・・??」
あー・・・、お酒も多少入っているせいか、レイラがより魅力的に見えてしまう。
困惑しながらも若干顔を赤らめてるレイラがとても愛おしく感じる・・・・。
「レイラ・・・」
「・・・んっ」
ヨスミは我慢できず、レイラの唇に自分の唇を重ねた。
お酒の臭いもあるはずなのに、レイラは受け入れてくれた。
これが、酔いのパワー・・・。
あまり多用はしない方がいいな・・・、いつものキスなのに簡単に理性が吹き飛びそうだ。
お互いの唇を離し、いつも以上に顔を赤らめるレイラを見ると胸の鼓動が更に高まるのを感じた。
彼女もまた彼女で何かを期待するかのような瞳でヨスミを見つめる。
恐らくレイラも僕のアルコールを含んだ吐息に当てられているな。
これ以上彼女とキスを続けたらやめられなくなってしまう・・・。
それにあまりここで時間を過ごしては下で待つ皆に・・・
「あなた・・・」
・・・・うん、無理だ。
そしてヨスミはもう一度レイラと唇を重ね合わせ、そのまま優しく押し倒した・・・―――――。