不安、だったんだろうか・・・?
「それでハクア。あなたは一体今までどこにいたんですの?」
気絶しているヨスミをベッドに乗せ、その上でヨスミに覆いかぶさるように寛ぐハクアへ問いかける。
『ママの友達と会ってたのー!』
「ママ・・・白お姉様の友達・・・となると、あの人かしら?」
「フィーちゃん、心当たりでもあるんですの?」
「ええ。といっても今この付近で活動しているのは絞られているし、微かに赤お兄様の力も感じられるから・・・おそらくね。確か今名乗ってる名前は・・・ミュア?だったかしら。」
どこか含みのある言い方をするフィリオラにレイラは更に追及する。
「今名乗ってる・・・ってことは他にも名前があるんですの?」
「ええ、もう一つあったと思うわ。確かそれが本名だって話よ。まあその名前を知ってる人はほとんどいないんだけどね。あ、ちなみに私は知らないわ。」
レイラが聞きたそうな事を粗方先に淡々と話した。
「ミュア様・・・知らない名前ですわね。」
「確か【Sランク冒険者】の1人だったはずよ。<火魔法>を得意としていたはず・・・」
「まさか・・・、【原初の火を紡ぐ魔女】のことですの??」
そういえば彼女は勇魔大戦からずっと生き続けており、不老不死とさえ恐れられている彼女ならば確かに四皇龍たちと関わり合いを持っていてもおかしくはない。
でもまさか、白皇龍と友人関係だったとは驚きですわ・・・。
彼女の情報はほとんどないといってもいい。
一貫して聞かされる彼女の情報は、
―――炎を自由自在に司る不老不死の魔女。
簡易的にまとめるとこの一言だ。
逆に言えば、この一言以外の情報は何一つわかっていない。
・・・いや、わかっているのはもう一つある。
そう、彼女の強さだ。
しかもその実力は恐ろしいモノで、大抵が国を滅ぼしただの、島全体を焦土化させただのと基本的には単体の魔物に関する武勇ではなく、魔物の集団や戦争、【魔物の氾濫】の殲滅などといった武勇、功績がほとんどだ。
わたくしのパパ・・・グスタフ公爵は単体に特化した強さと言えるなら、彼女は範囲に特化した強さと言える。
彼女を一躍有名にさせた事件は・・・、2000年前に起きたダーウィンヘルド皇国と獣帝国タイレンペラー間で起きた大戦争が挙げられるだろう。
当時、亜人への差別が強かった時代、人類側での動物愛玩という認識が未だに残っていたこともあり、獣人を奴隷化させるために攻め入ったことがあった。
獣帝国側も激しい抵抗を見せ、泥沼化し、簡単に決着はつかず、そしてついに100年目を迎え、<100年戦争>なんて呼ばれるようになった時、突如としてSランク級の魔物たちによる【氾濫】が発生した。
かつてないほどの災厄に見舞われ、長い戦争で両国とも疲弊しきったところもあって、まさに滅亡の危機を迎えていた。
だがそこへ突如として彼女が姿を現したかと思えば、たった一度の魔法の行使によって大量発生した魔物は全て消し炭となり、跡形もなく消え去った。
・・・まあその時は魔物だけじゃなく、両国の兵士たちも巻き添えになったわけだが。
ただそのことが決定打となり、両国の<100年戦争>は終わりを告げた。
そして両国を救った『英雄』として称えられる一方、両国の兵士を皆殺しにした『魔女』と忌み嫌われることとなる。
「でもどうして魔女様が近くにいるんですの?」
『んとねー、友達のためだーっていってたのー!』
「友達の、ため・・・?」
「ふーん・・・。」
そういって何か納得したフィリオラはその場を後にした。
レイラはそっとベッドで気絶しているヨスミの髪を手で解きながら、優しく微笑みかける。
「でもまあ・・・ハクアちゃん。あなたが無事でよかったですわ。」
『えへへ~・・・!』
「・・・ハクアちゃん、そろそろこの人の上からどいてあげてほしいんですの。」
『はーい!』
ハクアはレイラの言われた通り、ヨスミの体の上から降りてその傍でいつものように体を丸める。
片翼を広げ、それを布団代わりにヨスミの体を覆いかぶせる。
その隣ではエレオノーラに事情を聞いているリヴィアメリアの姿もあった。
エレオノーラもだいぶ落ち着いてきたころ、床に転がっている術者の対応をどうするか頭を悩ませていた。
「ところでレイラ様、1ついい・・・?」
「ん~?」
事情を聞いていたリヴィアメリアはひと段落したのか、ヨスミの髪で遊び始めたレイラへ話しかける。
「エレちゃんのことなんだけど・・・なぜこんなにもいきなり状態異常が治って・・・。術者が、その・・・」
「代わりに受けた・・・とでも言いたいんですの?」
「はい・・・。エレちゃんが治って術者がいきなり<石化>するだなんて・・・エレちゃんの代わりに受けたような・・・」
「んー・・・、まあそうですわね。」
これはレイラ自身も過去、同じような経験があった。
それは【眷属】との戦いで負った呪い。
あれが完全に体から抜けきるまで数か月・・・、下手すれば数年はかかる見込みだった。
だがあの時、ヨスミ様が病室に訪れた途端、体中を蝕む呪いは突然消えた。
恐らく・・・、いや確実にヨスミ様が何かしら手を加えたのだろう。
そしてこれは・・・
「わたくしの推測にはなりますが・・・、これもきっと<転移>で対象の状態異常を変えたのだと思いますわ。」
「・・・なるほど。だからエレちゃんが回復し、術者がああなっているんだ・・・。」
そういって見下した目で、部屋の隅に片づけられている<石化>した術者の方を向ける。
「でも・・・<転移>ってそんなこともできるの?移動するだけの魔法じゃなかったの・・・?」
「わたくしもそう思っておりましたわ・・・。ヨスミ様と出会うまでは、ですけど。おそらく、ヨスミ様が何度でも言う『イメージ』が大事なのですわ・・・。といっても、今のわたくしたちの『イメージ』力じゃあ限界があるとは思いますわ・・・。」
本当に、<転移>という魔法一つだけで色んな事をやってのけるんですのね。
巨大な隕石を降らせたり、怪我の治癒に・・・状態異常の回復までやるなんて・・・。
ヨスミ様・・・、あなたのその瞳に、この世界はどう映っているんですの?
その瞳に、わたくしを一体どのように見ていらっしゃるんですの・・・?
そして・・・どういう風に世界を見ていらっしゃるんですの・・・?
時刻は夜を迎え、吹き抜ける夜風にヨスミは目を覚まし、体を起こす。
その横ではレイラとハクアが共にベッドで横になっていた。
2人を起こさぬよう、静かにベッドから降りる。
音を立てぬように忍び足で歩みを進め、窓辺に置かれたテーブルに着く。
「何を見ているんだ?フィリオラ。」
テーブルにはすでにフィリオラが、お酒の瓶を片手に窓の外をじっと眺めていた。
「ん~?『あれ』を見てたの。」
「『あれ』・・・?」
フィリオラの視線の方へ見てみると、真夜中であるにも関わらず、山向こうからは何故か夕焼けが見えていた。
「・・・夕陽?」
「強ち間違ってないわ。赤お兄様の<炎魔法>の1つよ。<偽りの太陽>・・・。その炎の熱量はもう一つの太陽に匹敵するとされるほどの炎の塊を作り出す赤お兄様直伝の魔法よ。」
・・・あの子はなにやってんだ。
「他にも色々馬鹿みたいな魔法をいっぱい作ってたわ。まあ、あれが群を抜いて一番おかしい魔法よ。もう一つの太陽を生み出すとか、ほんと何考えてるのって感じね・・・。」
・・・マジであの子は本当に何やってんだ??
「でも一番おかしいのは白お姉様だと思うわ・・・。全員で襲い掛かっても一度だって勝てたことないんだから。あの強さは本当に頭がイカれてると思うわよ普通に・・・」
さすがアナスタシアだ・・・!
「さすがアナスタシアだ・・・!」
「ちょっとパパ、思ってる事と口に出してる事どっちも同じだから。」
「だってそうだろう?優里の考えた子だからな。」
「・・・ねえ、パパ。」
遠くの方でまるで祭りのようにドンパチと騒ぐかのように蒼白いレーザーが微かに飛び交っているように見える中、フィリオラがどこか戸惑い気味ながらヨスミへ問いかける。
「その、前に・・・言ってたじゃない?白お姉様や黒お姉様はパパと、・・・ママが考え、大好きな要素をふんだんに持って生み出したって。」
「ああ。アナスタシアとネレアンは優里で、メラウスとヘリスティアは僕だ。」
「・・・じゃあ、私は?」
その時、彼女はまっすぐヨスミの瞳を見つめる。
その瞬間、彼女の心の迷い、抱えている不安が見えた気がした。
「私はどっちなの?パパ似?それともママ似・・・?白お姉様は私の出自がとても特殊だって言ってたわ。だからもしかしたら私は別の・・・」
「そんなことない。」
そういってヨスミは震える彼女の手を優しく握る。
白く細長い彼女の指、ひんやりとしながらもほんのり温かい温もりを感じる彼女の手は焦りと不安の影響で微かに手汗で濡れていた。
「お前は間違いなく、僕と優里の子供だ。というよりも一番子供に近いといってもいい。」
「・・・それってどういう?」
「他の子たちは僕と優里のそれぞれの思いを詰め込んだ子たちだ。だがお前は僕と優里、2人の思いが合わさってできた子なんだ。」
「あっ・・・」
「その桜を咲かす枝分かれした角、さらりと伸びる胴体に、その体色は白桃のような優しい色合い、他の子たちよりも細く、そして長い尻尾は優里の思いが込められている。そして、天使のような翼、体に生えた少し長めのきめ細やかなさらさらとした体毛やお前が吐く吐息にそのブレスをうまく扱いこなせるように・・・この世界で言う<魔力>に秀でているようにするための体の体質・・・。ただ、それのせいで君の孵化が思ったよりも長くなってしまったのは誤算だった。おかげでお前は僕と出会うことなくこの世に生を受けて誕生し、僕は死んでしまった・・・。それだけがずっと心残りだった。」
その時、ヨスミの手が微かに震えているのを感じた。
「初めて出会った時、君の姿に一目惚れしたんだ。ああ、なんて美しいドラゴンなんだ・・・って。心が打ち震えた気がした。そして・・・君の姿にずっと何かがちらついて見えていた。でも結局その正体は掴めずにいた。だからお前が僕の娘であるとすぐに気が付けなくて・・・本当にごめんな。」
「そんな・・・謝らないでよ、パパ。私だって、初めてパパを見つけた時、ずっと違和感を感じてた。初めて見る人間なのに目が離せないし、ずっと傍に居たくなるぐらい心地が良かった。世話を焼きたくなるし、なんなら全力で守りたい、守らなくちゃいけない存在だって認識してたから。旅の道中、散々白お姉様たちから言われたパパのイメージに近づいていったけど、それでも確信が持てなかったの。だから私もずっと話し出せずにいたのよ・・・。」
「そうだったんだな・・・。でも、君の事はずっと気に留めていた。心から愛していた。卵の姿だったとしても、僕が君に与える愛情は変わらない。他の子らと変わらぬ愛を注いできたつもりだ。」
「うん。それはわかるよ。だって、ずーっと温かかったから・・・。卵の中に一人でいても、いつもパパの声が聞こえてた。パパの体温を感じてた・・・。ありがと、パパ。」
そういってフィリオラは尻尾を顕現させ、ヨスミの腹部に巻き付けるとそのまま浮かせて自分の所まで持ってこさせた。
「別に僕から立って君の所へ向かうつもりだったのに・・・」
「いいじゃない。今までずっとパパから歩み寄ってきたんだもん。今度からは私からパパに歩み寄っていくからね。その都度、抱きしめてほしいな?」
「全く・・・わがままな子だ。」
「わがままな子は嫌い?」
「いいや、どんな子であろうとも僕はお前たちを心から愛しているよ。」
そういってフィリオラはヨスミを密着させるように付けるとそのまま抱きしめた。
ヨスミはそんな風に甘えてくるフィリオラを優しく抱きしめ返し、月光に照らさた彼女の頭を優しく撫でた――――――。