そんな理由があったんですね・・・
「ユリア嬢、下がって!」
背後から叫ぶような声と共に、強く後ろの方へと強く引っ張られ、その勢いに思わず尻餅をついてしまった。
前を向くと必死の形相ですぐ目の前に迫ってくる業炎の塊へ剣先を向けるユトシス皇子の姿が目に映った。
「<隠蔽魔法>をかけたままなんて余裕は、ない・・・!ユリア嬢、周囲を、警戒してくれ・・・!」
ユトシスは一旦、自身とユリアへ掛けていた<隠蔽魔法>を解く。
先ほどまで自身を偽っていた獣人の姿は霧のように晴れていき、元の金髪が姿を現した。
また獣人特有の動物顔はなくなり、完全なる人の表情―――焦りや困惑、絶望に勇敢さが入り混じったなんとも言えない表情が見えた。
その瞬間、業炎の塊はピタッと動きを止める。
「と、止まった・・・?」
「なぜ・・・?」
彼女に向けられた生気のない紅の瞳はまっすぐユトシスとユリアを捉えていた。
「・・・・*******、<*****>」
聞き取れない言語で何かを呟くように顎が動き、直後業炎の塊はゆっくりと空へ浮かび上がっていくとある程度の高度にたどり着き、その場で微動だにしなくなった。
第二の太陽ともいえる光源で、真夜中であるはずなのに昼間のような明るさと日差しのような温かさが感じられる。
「・・・まさか。でもなぜここに・・・」
「ユトシス皇子殿下・・・あの者の正体を知ってるんですか・・・??」
「確証はないけど・・・、おそらく【原初の火を紡ぐ魔女】と呼ばれる【Sランク冒険者】の1人・・・だと思う。」
「・・・なんでそんな曖昧なの?」
「過去に私が調べた時の情報とあまりにも食い違いが多すぎる・・・!」
体中を腐食させ続けるあの黒い瘴気のようなもの。
あれに触れていない間は瞬時に体が再生していることから、不死であることは間違いなさそうだ。
それに加え、あの目元から感じられる肌質の良さからするに、歳も取っていない・・・。
だが、あれのどこに絶世の美女なんて要因が付け加えられているんだ・・・!!
それに夜空に打ち上げられたあの業炎の塊・・・、まるで夜空に浮かぶ太陽が如し。
そんな芸当を何事もなかったかのように・・・、なかった、かの・・・ように・・・
ふと気が付けば、彼女は右腕を持ち上げ、人差し指をこちらに向ける。
その瞬間に全身を襲う死の直感に貫かれたかのような感覚を感じ、全力で<防御魔法>を張ったがその直後に音もなく、何の前触れもなく、突発的にその骨と肉と黒いモヤが混ざり合う人差し指から赤い・・・いや、限りなく蒼白く輝く炎の光線が放たれた。
光ったと同時にすでに放たれたそれは、発射から着弾までのタイムラグは一切なく、いとも簡単に<防御魔法>を貫通し、そのままユトシスの右肩を平気で貫いた。
貫かれた傷口が焼けるような激痛に襲われつつも、一切ひるむことなく展開していた<防御魔法>に煙幕を発生させ、煙が蔓延している中ユリアを抱き上げるとそのまま駆け出した。
ユトシス皇子の右肩を貫き、地面へ着弾した彼女の炎の光線は着弾した部分を一瞬にしてガラスと化させるほどの威力を持っていた。
複雑な動きをしながらユリアを抱き抱えつつ、町の路地裏へと逃げ込んだ。
だがそんな彼の居場所はわかっているのだろうか、建物で視界を遮りながら遠ざかっているはずなのに・・・!
「うぐっ・・・!」
「ユトシス皇子殿下・・・!」
建物ごと貫き、飛んできた彼女の蒼白い光線は、必死に路地裏を駆け抜けるユトシス皇子殿下の腹部をかすめる。
しかも、狙いも正確だ・・・!
・・・ってか、町の被害なんてお構いなしに攻撃してくるとか一体何を考えてんだあのイカレ女は・・・!!
反撃する余裕なんて一切ない。
あれを防ぐなんてもってのほか。
つまり、急所に当たらない事を祈りつつ、多少の被弾を覚悟しながら逃げ惑う事しかできないなんて・・・うわっ!?
今度はユトシス皇子の首を掠め、血が飛び散る前に一瞬にして蒸発していく。
一瞬、体勢が崩れかけそうになるも何とか踏ん張りながら裏路地を全力で駆け抜けていく。
「・・・<追い風>!」
ユリアは急いで魔法を詠唱し、<風魔法>の中級である<追い風>を発動させた。
ユトシスの背中を押す様に風が吹き抜け、今まで以上に速度が出せているほか、足に掛かる負担が一気に消え、さらに2人のスピードはグイっと上がる。
「ユリア嬢、助かる・・・!」
「油断しないでください、まだ来ます・・・!」
問答無用で飛んでくる無数の蒼白い炎の光線を防ごうと、ユリア自身も色んな<防御魔法>を発動させてはいるが全く持って歯が立たない。
むしろ、火属性魔法の攻撃を遮断してくれるはずの<炎の盾>はいとも簡単に貫かれて消滅したと思っていたが、どうやらあの魔女の攻撃で炎を蒸発させられ、大気が強く熱せられたのか、酷い歪みのような空気の波が見える。
ってか火属性防御魔法を、逆に蒸発させるほどの炎攻撃なんて聞いたことがないんだけど・・・!!
そんな攻撃を精確に、しかも連発してくるなんて・・・。
まだユトシス皇子殿下の急所はギリギリ貫かれてはいないみたいだけど、それも時間の問題に過ぎない・・・。
打開策が一向に見つからない・・・。
一体どうすれば・・・!
なんて必死に思考を巡らせていたが、タイムリミットを迎えてしまったようで、1つの蒼白い光線はユトシスの脹脛を貫いてしまった。
あまりの激痛にユトシスはたまらず抱えていたユリアを宙へ放り出しながら転がっていく。
ユリアは空中で体を回転させ、地面を転がりながらすぐさま体勢を立て直すと今度はユトシスを担ぎ上げるとその場から走り去っていく。
「皇子殿下・・・!無事ですか・・・!?」
「足を、撃ち抜かれた・・・!おかげで、まさに” 足手まとい ”というやつかな・・・?」
「大丈夫です・・・!まだ、殺されていません・・・!・・・<ハイ・リジェネ>!」
緑と白、そして水色の粒子が浮かび上がり、傷ついた傷口に溶け込んでいくように次々と消失していく。
そしてゆっくりと傷口が塞がっていく。
ある程度回復したユトシスは担がれていたユリアの手から飛び降り、横に並走する形でにげることになった。
ユリアはユトシスへ「大丈夫ですか?」と問いかけようとするも、2人の間に割って入るように一本の蒼白い炎の光線が放たれる。
咄嗟に両者は離れたことで直撃はしなかったものの、それぞれ片方の頬と耳がその光に当てられたのか若干赤く腫れあがった。
「あっつぅい・・・!!」
「あの光線の光に当てられただけなのにこれほどとは・・・。」
だけどこのまま逃げ回っているだけじゃ・・・うおっ、あぶなっ!?
考えこもうとするとそれを阻止せんとばかりに顔面目掛けて光線が飛んでくる。
最初こそお互いの姿がすぐそこにいた距離で放たれた時とは違い、今はだいぶ離れてくる。
なので今は直感で避けることが出来るがそれも万能じゃない。
ただそれは私だからこそできる。
ユリアはまだ幼く、戦闘経験はあまりにも少ない。
故に、ユリアが実戦経験を積むにはあまりにも相手が悪すぎる・・・。
「今はとにかく避けることを意識するんだ。何かを感じ取ったらすぐに回避しろ!」
「は、はい・・・!」
こう話している間にも絶え間なく光線が建物を貫きながらユリアたちを襲う。
ユリアは間一髪のところで避けてはいるが、それもすぐに限界が来るだろう。
かといって、あの【原初の火を紡ぐ魔女】なんて言われる正真正銘化け物のような彼女に戦いを挑んでも勝算なんてあるはずもない。
・・・そもそもなぜ彼女がここにいるんだ。
あの風貌がいきなり宿に現れた時点で大騒ぎになっているはず・・・。
一体何の目的が・・・
この時、ユトシスは何か不穏な胸騒ぎを感じ、ユリアを連れて光線を避けつつ建物の屋上へと駆け上がる。
あの人工太陽によって照らされた<ムルンコール港町>を改めて見渡すと、町の大半が焦土化していることに初めて気が付いた。
「なんだ、これ・・・」
「町が・・・どう、して・・・!?」
呆気に取られていてつい光線が飛んでくることへの意識が向けられなかった。
―――だが、光線は飛んでくることはなかった。
もう少し先に逃げることになったら、焦土と化した場所に足を踏み入れていただろう。
「・・・・タダ、しにキ、タ。」
ぎこちない共用言語でそう言葉にしながらユリアの後ろに魔女が静かに降り立つ。
ただしにきた・・・正に、来た・・・ということか?
この町に蔓延る悪を・・・粛清するためにきたということか?
だがなぜ今になって・・・
「正に来た・・・、一体何を正に来たんですか?」
「わらワ、ノ・・・たいせツナ、ゆうジ、ん・・・ノ、ため・・・」
わらわの、たいせつな、ゆうじん、のため・・・
大切な友人のため・・・まさか、グスタフ公爵の事を指しているのか?
だがグスタフ公爵殿下の交友関係には【原初の火を紡ぐ魔女】の名はなかった。
そもそも私自身が彼女の名前を知らないという理由もあるのだが・・・
「ずッ、と・・・さがシ、つヅケた・・・。そしテ、こノまチが・・・げンイんと、おしエて、もラッた・・・。」
ずっと探し続けた大切な友人・・・。
原因がこの町にあると教えてもらって正にきた、と。
・・・いや、きっとこれは報復なのだろう。
つまりこれは・・・、グスタフ公爵ではない。
シャイネ公爵夫人のことを指していっている・・・。
そりゃあ見つからないわけだ。
グスタフ公爵の交友関係を洗っても、出ないわけだ。
「シャイネお母様の、お友達・・・なんですか?」
「・・・・。」
彼女はこちらを見ながら何も言わなかった。
だが、ふと彼女の顔の下部を覆っていた黒いモヤが晴れ、一瞬見えた彼女の口元は優しい笑みを浮かべていた。
「じゃあ、なぜ私たちを攻撃して・・・あ、そっか。<隠蔽魔法>で獣人になってたから・・・」
「ごめン、ね・・・。まさカおまエが、いるトはオモわなかッタ・・・。おまエのコトは、ここニクるまえに・・・ハナしヲきイた。デモ・・・わらワは、あマりだれかノかお・・・みワケ、られナい。」
「だからあの人工太陽で無理やり明るくして顔を識別しようとしてたんですね・・・」
「だからってあの攻撃は殺意が高すぎる様にも見えたんだが・・・ひっ!?」
ユトシスが2人に近づこうとすると容赦なく、彼女から蒼白い光線が放たれた。
少しでも回避が遅れていたら心臓を貫いていた、本気の攻撃・・・!
「ちょ、待ってくれ・・・!私が一体、何を・・・なに、を・・・・」
「それハ、おマエがいちバン・・・わかッてイる、はず・・・ダロう・・・?」
・・・あー、これ完全に浄化される前の私だと思ってるパターンだこれ。
よくよく考えたらユリアはほんの微かな火傷程度でその大半の光線は私に飛んできたし。
なんなら私がユリアに近づこうとしたらそれを阻止するように間に光線さえ入れてきたりもしてたな・・・。
彼女の本気で軽蔑するような眼差し。
そしてユリア嬢とヨスミ殿の瞳・・・そう、あの【魔王の瞳】のような、紅の瞳・・・
すでに魔女は次の攻撃準備に入っていた。
何度も身体中に攻撃を浴びたり、その状態で無理したりしてたから限界だ。
避ける気力もない。
まあ、自業自得ともいえる。
魔女が言った言葉が、これほどまでに胸に刺さるとは思わなかった。
そして、過去の私にこれ以上ないほどまでに怒りと殺意が湧いたこともなかった。
・・・いや、それすら烏滸がましいだろうな。
結局、自分自身の意志でやってきたことだ。
どんな言葉を並べようが、フィリオラ様に浄化されたとしても私がやってきたことの事実が消えるわけじゃない。
死ぬのが怖くないと言えば、嘘にはなるが・・・まあ、すでに炎に焼かれる地獄は味わった。
「ゆ、ユトシス皇子殿下・・・!?」
「・・・いさギガ、いい。ならバ、くるシマないようニ、いちげキで、イカせヨウ・・・」
「ありがたい。」
そして魔女は躊躇なく、光線をユトシス皇子の方へ向けて放った。
その瞬間、悲痛なる彼女の声だけが、この耳に届いた・・・―――――