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あんなの、無理だよ・・・


「すみませーん。」

「はーい・・・おや、見ない顔だね?」


受付の奥から一人の女将がやってきた。

そんな彼女はユリアとユトシスを一瞥し、紙束を指さす。


未だに警戒心を向ける彼女の心をほぐすため、ユトシスは差し出された紙束にそれぞれの名前を書きながら語り始める。


「実は私たち、獣帝国から逃げてきたんです。理由はその、駆け落ち・・・でして。」

「あらまあっ。それはそれは!」


やはりこういった話は食いつくな。

こういったあまり人が寄り付かないような場所では娯楽が少ないのだろう。


・・・黒い噂が絶えない場所であるならばなおさら。


名前を書き終えると、女将はユトシスの前に鍵を差し出した。


「2階の突き当りを右に曲がってすぐの部屋よ~。あ、3階には行かないように~。」

「ん?理由をお聞きしてもいいか?誰か要人でも止まっているのなら失礼のない様にするが・・・」

「いやねえ・・・。まあ同じ獣人のよしみだし、いいかしらねえ。うちの3階は特別なお客しか泊めないことになっているのよぉ」


そう話す女将の口調は穏やかではあるが、どこか冷たい雰囲気を感じられる。


「特別な客・・・?」

「ええ。実はねぇ、うちの町を牛耳っている奴らがいるのよ。そんな奴らがね、事前に連絡してくることがあるの。その、あまり言いたくない方の危ない件でね。かといって奴らにはみーんな逆らえないし、逆らったりでもしたらどんな報復されるか怖いじゃない。だから言いなりになるしかないのよねぇ・・・。それに、少し前にそれのせいでいざこざもあったのよぉ。」


心底嫌と言うような雰囲気を隠さずだしてきた。


「あの忌々しい竜人たちを連れた人間たちのおかげで、奴らにも目を付けられちまったしねぇ。ほんと、厄介事しか持ち込んでこないよドラゴンって奴は。」

「・・・そうですね。」


後ろに控えていたユリアが微かに殺気を醸し出しており、彼女の手を強く握りしめることで何とか抑え込んだ。


「ま、あんたらは大丈夫でしょ。奴らからの連絡もないし。食事は日の出に1回、夕暮れに1回の計2回だよ。時間内にこれなきゃ家畜の餌にしちまうからさ。もし食べたいなら必ず時間内にきなさいな。ちなみに何泊のつもりだい?」

「これでも私たちは駆け落ちの身ですから、明日の早朝には出ようかなと・・・」

「なるほどねぇ~・・・うふふ、まあ頑張んなさい!あ、ちなみに夕食はどうするんだい?もうすぐ出来上がるけど・・・」

「そうですね・・・。いえ、私たちは長い逃避行で疲れているのでこのまま休みます。値段はおいくらですか?」

「5カールだよ~。・・・はい、確かに。それじゃ、頑張んなさい!」


お金を受け取った女将はそのまま厨房へと戻っていった。

残されたユトシスは未だに怒りを堪えきれない様子のユリアの手を引き、2階の部屋へと入る。


「ふぅ・・・」

「・・・・。」

「全く、ユリア嬢。ヴァレンタイン公爵の後を引き継ぐのであれば、感情的になってはいけない。」

「・・・ごめんなさい。」


だが無理もないだろう。

レイラ嬢から聞いた<ムルンコール港町>での襲撃。


それに関わっていた宿に今、私たちはいるのだから。


「・・・まあ、ユリア嬢の気持ちもわからなくもないけどね。今の私たちは穏便にヴァレンタイン公国に戻らねばならぬ身。ここでもし騒ぎが起きてしまえば私たちの立場上、国際問題になりかねない。次からは気を付けるように。」

「わかった・・・。はあ・・・、とりあえずもう寝ます。」


そういってムスッとした顔のまま、ベッドにダイブするユリア。

そして数分経った頃、やはり長旅に疲れていたのか微かな寝息が聞こえ始めてきた。


「まあ、ユリア嬢も彼女なりに頑張っているのはわかっている。だが、だからこそ・・・」


まだ、足りない。

この残酷な世界で、当主として君臨し続けるために・・・君は、とても甘いんだ。






誰かに体を揺さぶられている。

おかげで疲れた体を休息させるために、眠りに付いていたはずの意識が無理やり呼び起こされ、体中に倦怠感を感じる。


私を起こす人物は1人だけ。

同じ部屋に泊まっている、私の師匠・・・


「・・・どうしたんですか?ユトシス皇―――」

「シッ・・・。」


口元に当てられた彼の人差し指。

その行為から、今現在音を立ててはいけない緊迫した状況であるとすぐに理解した。


ユリアはゆっくりと頷くと、それを確認したユトシスはそっと口元から人差し指を話す。

音を立てないよう、静かに体を起こし、周囲を静かに見渡した。


「・・・何かあったんですか?」


小声でユトシスへと聞いてみる。

その返答に彼は頷きで返し、握り拳を作ったまま親指を立ててドアの方を指した。


「様子がおかしい・・・。」

「・・・まさか、バレた・・・?」

「いや、おそらく標的は私たちじゃないようだ・・・。」


耳を澄ませ、聞こえてきた雑音。

その雑音に混じり、誰かの怒声や悲鳴が聞こえる。


「外で一体何が・・・」

「わからない・・・。とりあえず、<隠蔽魔法>を掛け直して―――」


ユトシスが言い終える前に、


―――ドゴオオオォォォオオオン!!!


宿全体を大きく揺らす爆発音が上階より響き渡る。

ユトシスはユリアを庇う様に覆い被さる。


そしてまたすぐ、続けざまに同じ規模の爆発音が鳴り響く。


「一体何が起きている・・・!?」

「ひとまずこの宿から出た方がいいです・・・!」

「ああ、その提案には賛成だよ・・・!」


ユリアを庇いながら、爆発で揺れる床を何とか進み、部屋から出る。

その時初めて、部屋の外は炎で埋め尽くされていることに気が付いた。


万が一の事も考え、口元を布で覆うようにユリアへ指示を出し、それを受けて自身の羽織っていたローブの裾を掴んで口元に持ってくる。


黒い煙が立ち込め、それをなるべく吸わないようにしながら着実に屋敷の出口へと近づいていく2人だったが、何度目かの爆発によって階段が吹き飛ばされてしまった。


「くっ・・・!?」

「ひぅ・・・っ」

「ユリア嬢、無事かい・・・!?」

「は、はい・・・!だけど階段が・・・!」

「仕方ない、戻るよ・・・!」


その後、ユリアたちは先ほどまでいた自室へと戻り、これ以上煙が入らないように扉を閉める。

が、下の隙間からは否応なしに少しずつではあるが煙が入ってきていた。


どうしよう・・・。

このままじゃ私たちも焼かれるか、焼け落ちた建物に押し潰されるか、それとも両方かも・・・!


「・・・失礼します、ユリア嬢!」

「へっ!?」


ユトシスはユリアの膝に腕を通してそのまま抱き上げた。

お姫様抱っこされるのは、随分と前にヨスミお兄様にされて以来・・・


・・・じゃなかった!


「ユトシス皇子殿下・・・!?何を・・・!」

「すまないが、我慢してくれ・・・!」


そしてユトシスは窓に向かって走り出すとユリアに自身のローブの布をなるべく被せ、窓を蹴破って飛び出した。


一応ここは2階である。

だがそれを物ともせずにユリアを抱き上げたまま宙へ飛び出すも、その勢いは強かったのか空中で2人は分離しかける。


ユトシスは全力でユリアへ手を伸ばし、ユリアもユトシスの伸ばした手を掴むと強く抱き寄せられ、そのまま頭を庇われるように胸に埋めたまま地面へ激突する。


幸い、ユリアはユトシスのおかげで大した怪我を負うことはなかったが、彼女を庇っていたユトシスは全身を地面に叩きつけられることとなった。


「殿下・・・!ユトシス皇子殿下・・・!」

「ぐっ・・・。私なら、大丈夫だ・・・!それより・・・」


ユリアは周囲を見渡し、状況を確認しようと周囲を見渡す。

目の前には業炎に包まれ、今にも焼け落ちようしている宿だった建物の成れの果てがあった。


その近くでは力無く崩れ、燃え盛る宿を見て嘆く女将の姿があった。


「いやああああ・・・!そんなぁ・・・私の宿がぁあ・・・!!」

「一体何が・・・起きているの・・・??」


次から次へと燃え盛る宿の中で何度も何度も爆発が起き、その度に何かが飛んできた。

それは蒸発し、硬質化した塵クズのような何かが顔に掛かる。


それを拭うと塵クズは粘りを持っており、ドロッとした何かが顔に付着する。


直感で分かった。

これは―――血であると。


その結果を裏付けるかのように、次に吹き飛んできたのは細切れに吹き飛ばされた獣人の肉片だった。


ユトシスに掛からぬようにローブで庇い、ユリア自身は体の所々に肉片がぶつかり、軽い打撲のような鈍い痛みが走る。


「ぐっ・・・!」

「ユリア・・・!」

「私なら平気です・・・!これって、【灰かぶりの無法者(やつら)】同士で起きた抗争・・・?内紛・・・?内輪揉め・・・ですか?」

「いや、おそらく違う・・・。奴らに炎魔法がこんな風に扱える組員はいないはずだ・・・。」

「なら一体この状況は・・・」


そしてついに宿は主柱が焼け落ちてしまったのか、轟音を立てながら爆風を巻き起こして宿は崩れ落ち、それと同時に女将の意識も落ちたかのようにその場に倒れた。


轟音と共に崩れ落ちる中、燃え盛る炎の雑音の中に、ユリアは―――歌が聞こえた。


・・・う、歌?

聞き間違え・・・?


いや、でも・・・うん。

確かに聞こえる・・・この、歌・・・聞いたこともない・・・寂し気な歌が・・・。


言葉の意味は分からない。


獣人たちが話す獣語でもなく、エルフやダークエルフたちが使っていたエルフ語でもない。

ましてや皇国や公国で使われている言語でも、世界共用言語でもない。


でもその言葉をどこかで聞いたことがあったユリアはすぐに思い出した。


「・・・フィリオラ様が使ってた、<忘れられた古代語>だ。」


その口調や訛りなんかは多少なりと違っている。

だが、その一部一部の言語が、フィリオラ様が使っていた言語と一致する。


だからといってその意味を知る由はないわけではあるが、とある確信が持てた。

この獣帝国ではない、別の誰かがこの騒ぎを起こしているのだと・・・。


ユリアの予測通り、燃え盛る爆炎をかき分け、1人の存在が姿を現した。


「・・・な、なに、あれ・・・」


ユリアは思わず息を飲む。


姿を現した存在は、全身を真っ黒なローブで身に纏っているように見えるが、実際は黒い霧のような何かを垂れ流しており、それに触れている素肌の部分は骨と化しているがその黒い霧が揺らぎ、素肌が外気に触れた瞬間、一瞬にして肉体が再生するが再び黒い霧が触れるとドロドロに腐り落ち、黒い液状となって地面へ垂れる。


それは体だけじゃなく、顔の下半分を覆い隠す様にも纏っており、鼻から顎にかけての骨が見えていた。


そしてその大きな魔女の帽子と黒い霧の間に除く生気のない赤い瞳は焦点が定まっておらず、微かに震えている。


彼女の長い赤髪の毛は黒い霧に触れる度に焼け落ちては、すぐさま再生するかのように伸びていく。

その異様な出で立ちには、ユリアの精神を恐怖で染め上げるには容易かった。


「あ・・・・、あ・・・。」

「・・・*******?」


恐怖で顎が震え、動揺で瞳が震え、腕が、足が、体が絶えず震えだした。

そんなユリアの存在を認知したのか、生気のない紅眼はユリアを映し出す。


「・・・******。」


彼女は何かを呟いた。

途端、彼女の頭上に巨大な業炎の塊が発生した。


それはどんどんと集まっていき、だがその大きさは変わってはおらず、ただその純度が、密度が高まっていく。


それ故に、すぐに分かった。

あれは、人が触れてはならないものであると・・・。


ユトシス皇子を連れて逃げる・・・いえ、そんなの無理。

あの攻撃で発生する爆発範囲は恐らくこの町一帯を飲み込むだろう。


ヨスミお兄様であるなら、<転移>で逃げたりすることはできるがあいにく<転移>に関する魔術は習得していない。


何十分と感じられたその空白も、たったの3秒も経っていなかった。


「<*****>」


そしてついに、その業炎の塊がゆっくりと動き出し、ユリアたちに向かって放たれた。


その瞬間、ユリアは確信した。

私たちは、ここで―――死んでしまうのだと。


「ヨスミ、お兄・・様・・・・。」


震える顎で、絞り出すように口から零れた彼女の囁きは迫ってくる業炎の塊にかき消された―――――。



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