強さの秘訣、ですわ。
「はぁー・・・」
「どうしたのよ、そんなおっきなため息なんてついて。」
時刻は昼時、ティータイムに最適な時間帯を迎え、広場の一角にある白いテーブルを囲みながらフィリオラやミミアンに、ディアネスを抱いたジェシカとハルネが午後のティーパーティーに参加していた。
もっぱらハルネは少し離れた場所でじっと目を伏せて佇んでいるだけだったが。
ミミアンは、ぐでーっとしながら、ティーカップに注がれた緋色の水面を揺らし、それを眺めながら気怠そうにしていた。
「なんかさー、もう色々と自信失くしそうなんだけど」
「あら珍しいわね。あんたほどのポジティブわんこがそんな愚痴をこぼすなんて。」
「ポジティブわんこってなんなん??初めて聞いたんだけど!?」
「文字通りよ。あんたってすごい前向きな性格じゃない。でも今日は今までにないほどネガティブモードに入っているのって滅多にないことじゃない。それで?どうしたのよ。」
「・・・あのヨスミって人間は何者なの?」
「私のパパっ」
躊躇ないほどの即答。
余りにも自信たっぷりなフィリオラの返答にミミアンは堪らずため息をこぼした。
「そういうんじゃないっつーの・・・。」
「だったらなんなのよ。」
「あの人、本当に【鬣犬の牙】なの?」
「ハイエナ・・・確かそれって【Eランク】よね。確か私の記憶にある中じゃ・・・確かにそうよ?」
「絶対嘘じゃん!詐欺じゃん!あんなんでたらめじゃん!!」
ドンッと机を叩きながら、思わず立ち上がる。
ジェシカとディアネスは思わず体を震わし、それに気づいたミミアンが2人に謝罪を述べた後、深いため息をつきながら再度椅子に座り直す。
「はぁぁぁぁぁああ・・・・・」
「・・・どうしたのよ、そんなおっきいため息なんてついて。幸せが逃げちゃうわよ?」
「一体どんな表現なのよそれ!?・・・だって、うちは【百獣の王牙】なんよ?なのに、【鬣犬の牙】相手にボッコボコにされるとかさー・・・メンタルにくるっしょ・・・。」
「さすがパパね。」
「うふふ、さすがお爺様ですね。ね、ディア様。」
「あい!」
「なんでそこ息ぴったり!?・・・まあ、それだけじゃないし。」
「それだけじゃないって?」
「・・・」
何か言い淀んでいる彼女だったが、観念したかのように口を開く。
「・・・ヨスミっちと1回模擬っただけで、長年悩みだったうちの欠点を一発で言い当てるだけじゃなくって、その欠点を改善するためのアドバイスまでもらえただけじゃなく、そのアドバイス通りにやってみたら見事に解消までされたとか、もうマジでヤバいって・・。」
「もぎっ・・・ああ、模擬戦のことね。ってか、あんたにも欠点なんてあったのね。」
「あるでしょうが!誰だって一つぐらい!」
「私は別にないわよ?」
「・・・・・・・・・。」
また立ち上がるミミアンだったがフィリオラの返答を受け、笑顔のまま固まった表情がピクピクと震えながら静かに座り、そのままティーカップに注がれた紅茶をグイっと飲み干してテーブルに突っ伏した。
「もー、マジで最悪なんだけどー・・・。【百獣の王牙】としての威厳つーか?プライドっつーか?そういったもんぜーんぶ木端微塵に吹き飛ばされた感じー・・・。」
「でもよかったじゃない。欠点が克服で来たって事は更に強くなれたって事でしょ?それでパパにもう一度模擬戦を・・・」
「・・・・」
「・・・。」
「あー・・・、フィリオラ様。今はそっとしておいた方が・・・」
「ぱぁぱ、勝ったでしゅ!」
「・・・・・・ふえええぇぇぇん!」
そういってミミアンは席を立ちあがり、涙を流しながらその場から走り去っていった。
走り去っていくミミアンの後姿を見送り、また静けさが戻ってきた。
それぞれ何も見なかったことにし、何事もなかったかのようにお茶会を再開した。
「私も、強くなりたいです。」
そんな時、ふとジェシカがそうこぼした。
「アナタなら【Sランク】・・・ここだと【百獣の王牙】だっけ。それに簡単に上り詰められるほどのポテンシャルを持ってると私は思うわよ?」
「ですが事実、私はレスウィードの町での戦いではお父様のお力添えいただけたこともあってなんとかなりましたけど・・・」
『なら・・・私が教えようか?』
向こうからそう提案しながらバハムトイリアがまるで海を泳ぐようにヒレを優雅になびかせながら宙を漂ってきた。
「バハムトイリア様・・・」
『私が見るに・・・ジェシカちゃん・・・水属性の適正・・・すごいよ。それだけなら・・・私と同列じゃないかな・・・?』
「え、そうなんですか・・・!?」
『うん・・・。あの子の、大事な子供だもん・・・。しっかり・・・面倒はみるよ?』
「・・・よ、宜しくお願いします、師匠!」
『よろしくね。私の初めての・・・弟子ちゃん。』
こうしてジェシカとバハムトイリアは師弟関係を結ぶこととなり、この日から2人は毎日のように魔力操作の特訓を開始した。
なぜ魔力操作の特訓を始めたのか。
魔力の威力を上げるような物でもなく、魔法を連続して放てる底なしの保有魔力量増加でもない。
魔法を扱う技術を極める、ただそれ一点を鍛えることにした。
一撃で消し炭に出来るほどの高火力な魔法は、躱したり防いだりしてしまえばいい。
魔法を絶え間ないほどの連続使用ができるのなら、威力は知れているわけだから多少の被弾を許しながら一気に距離を詰めて、魔法使いの苦手とする近接戦へ持ち込んでしまえばいい。
だが魔力操作の技術を極めてしまえば、例え魔法攻撃の軌道が外れていたとしてもすぐに軌道修正が出来る技術があれば避けることは困難となる。
それこそ攻撃の軌道を自由に決められるようになれば百発百中の精度を誇り、回避を許さず、防御に徹するしかなくなる。
そうなったとき、相手の行動がとれる手段は限られ、逆に自分が取れる行動の幅が一気に広がれば戦況を支配できるだろう。
また近接戦に持ち込まれたとしても攻撃の幅を自由にできるが故に近、中、遠といった魔法の攻撃精度が取っ払われ、たとえ近接戦闘に持ち込まれたとしても関係なく魔法を行使できる。
例を挙げるとするなら、<初級>の<火属性魔法>である<ファイアーボール>を敵に向けて放つのではなく、自身の周囲を回転するように纏わせれば迂闊に懐に飛び込むことが出来なくなるし、また<中級>の<火属性魔法>である<ヴォルブラスト>の爆発する方向を一か所にしていするようにすれば、近距離で突っ込んできた相手に全方位という自身まで巻き込むような攻撃じゃなく、一定方向に圧縮された爆発を浴びせることができる。
つまり、魔力操作とはイメージだ。
自分がどういう風に魔法を使いたいのか、どういう風に戦いたいのかを実現してくれる。
イメージとはつまり最強だ。
『・・・パパは、そう言ってた。ジェシカちゃんの魔力操作は中々だけど・・・まだ足りない。こういうことができるようになるまで・・・頑張ってね。』
そういうと、バハムトイリアの周囲には大小さまざまな大きさの水で出来た魚のようなものが漂い始める。
さらにその水で出来た魚の体内にも別の魚の群れが存在しているようで優雅に泳いでいる姿が確認できる。
その後、一番小さな水魚が近くの岩に向かって泳いでいき、ぶつかると同時にその水魚に圧縮されていた水が一気に解き放たれるとその勢いに岩は砕け、また解き放たれた水は無数の杭のように形状を変化し、再度同じ場所へ水の杭が次々と打ち込まれていく。
小さな水魚が爆発したことで、最終的に大きなクレーターをもたらすことになった。
「あの・・・小さな水の魚一匹で、こんな・・・。」
『<水魔法>はイメージさえあれば・・・なんだってできる・・・。<水魔法>を放った後に残された水は・・・また次の<水魔法>の触媒として使える・・・。水場がない場所での<水魔法>は・・・特に重要だよ・・・。水さえあれば・・・消費される魔力量は激減するから・・・。その分・・・相手にアドバンテージを取れる・・・。だから、イメージは大事・・・。』
「なるほど・・・。」
ジェシカはバハムトイリアの講義を真剣に受けながら、魔力操作の特訓を開始する。
バハムトイリアから課された修行内容はまず大小さまざまな水の魚を作り、まるで生き物のように泳がせるようになること。
まずは大:1、中:3、小:5それぞれ作り出し、10秒維持する。
もしそれができるようになったのならば今度はこれを二倍に増やし、20秒維持する。
これを倍々に増やしていき、最終的には大:300以上、中:800以上、小に至っては1500以上作り出し、これを3日以上キープできるようになれれば次のステップへと進められる。
もし一匹でも形が崩れたり、歪んだり、それぞれの大きさの基準に達していなかったり、逆に大きさが近寄ったり、または水魚同士がぶつかったりしたらまた最初からとなる。
早速修行を開始したジェシカだったが一番最初の段階大:1、中:3、小:5を突破するまでに丸二日間使う事となったがそれはまた先の話。
窓の外でバハムトイリアとジェシカが特訓していると、そこにリヴィアメリアも合流して共に特訓し始める様を眺めているヨスミは、とても楽しそうにしているネレアンの姿を見て思わず笑みがこぼれた。
そんなヨスミの笑みに、レイラはそっと彼の手を絡めるように優しく手を握った。
「あなた、何を眺めているんですの?」
「あの子たちさ。とても楽しそうにしている様子を眺めていたんだ。」
レイラはヨスミの肩に自分の頭を乗せ、体を預けるように傾けると彼の視線の先にいる風景を微笑ましく眺める。
「あの子たちなりに頑張っているんですのね・・・。」
「ああ。何かを思い、強くなろうと努力する姿は誰だって美しいものだ。君も絶えず鍛錬を重ね、こうして僕の思考能力を超えた強さを見せてくれた。とても嬉しかったよ。」
「あなた・・・。」
2人はそっと口づけを交わす。
頬を赤く染めるレイラを優しく見つめ、2人はまた窓の外を眺めていた。
レイラは広場で寛ぐ皆の姿を、だがヨスミは海の向こうに見える島を眺めていた。
いつまでもここにいるわけにはいかないな。
そろそろエレオノーラが帰ってきてもいいころだけど、今あの子はどこにいるんだ?
未だに帰ってこないエレオノーラを心配し、ヨスミはその左目を用いて彼女の行方を追ってみた。
そして彼女の姿を捉えたヨスミだったが、どうやら彼女は1人ではなかった。
エレオノーラの周りには無数の兵士が取り囲まれていたが、取り乱す様子も見せずただじっと何かを待っているかのように兵士たちへ微笑み返していた。
「・・・なんともまあのんびりとしていることで。」
「あなた?どうしたんですの?」
「いや、なに・・・。みんなは僕の事をどこまでも信じてくれているんだなと思ってさ。」
「当たり前ですの!」
「そっか。まあ僕は、僕を信頼してくれている仲間の期待に応えようか。」
そう呟き、ヨスミはエレオノーラを静かにフィリオラたちのいる広場へと<転移>させた――――――。