家族の愛おしさを、僕は理解しているつもりだ。
暴喰蟲は角を突き出して突進してくるが、黒虎はそれを人睨みすると突如として動きが制止し、身動きが一切取れなくなった。
そのまま視界を横に移動させると、シンクロしているかのように暴喰蟲も横へ吹き飛び、樹木に叩きつけられる。
そこへすかさず、黒い雷撃を地面を伝いながら伸びていき、叩きつけられた暴喰蟲に直撃し、甲高い悲鳴が上がった。
堪らずにその場から大きく飛び上がり、空中から猛毒針を無数に飛ばしていくが、黒虎に直撃する前に帯電している黒雷に触れて消し炭となった。
帯電している黒雷を槍上に形取り、宙に飛び上がっている暴喰蟲へ発射させた。
空中に居るために逃げ場がないため、黒雷槍が全て直撃し、黒い煙を上げて落ちていく。
全身が黒雷によって焦げ、満足もいかずに動かせず、痙攣が続く足を無理やり動かして体勢を立て直した。
黒虎も低く呻り、足に力を込めると一気に跳躍し、暴喰蟲もその角をかざして黒虎へと突進していく。
力強い走行で帯電させた黒雷をさらに膨張させ、まるで地面を雷が走っているかのように地面を抉っていく。
双方は互いに激突し、勝ったのは黒虎だった。
暴喰蟲はバラバラに肉塊がはじけ飛び、確実なる死を迎えたことは誰にでもわかる状態だった。
決着がついた。
そう確信したとき、ふと自らを呼ぶ暖かな、愛しい声が聞こえてきた。
「ママ・・・」
『・・・アリス。』
アリスは堪らずその場を駆け出していた。
両手を広げ、必死に黒虎に向けて走っていく。
黒虎もアリスの方へ走るのを我慢して歩いていく。
「ママァ―・・・!」
黒虎とアリスは互いに抱きしめ合い、涙を流す。
首元に抱き着き、母の感触を確かめるように、何度も、何度もその名を呼ぶ。
「ママぁ・・・!!」
『全く、お前がこんなに無理するなんてな・・・。』
「うぅ・・・だって・・・だって・・・」
『私の事は放っておいて、きちんと生まれ変わって、新たなる生を受けて、幸せに暮らしていればよかったのに・・・』
「そんなこと、できない・・・。ママが、苦しんで、わたしだけ、幸せなんて、私が、許せない・・・!」
『全く・・・私の愛しい娘・・・。』
「・・・ま、ママ・・・?ママの、身体が・・・!?」
黒虎の身体が徐々に薄く、霧散しているのに気づいた。
『そろそろ時間のようだ・・・。ありがとう、アリス・・・。私の、最後に、大切な娘の姿を、見ることができたんだからね・・・。色々思う所はあるけれど、後悔はない。』
「いやあ・・・!いやああ・・・・!」
「しろちゃん!<大いなる竜母の祈り>!!」
上空からフィリオラが飛んできてすぐさま黒虎の状態を確認すると、両手に魔力を練り上げ、それを黒虎へとかざす。
先ほどまで霧散していた身体がゆっくりとなり、これ以上薄くなることはなかった。
「え・・・?」
「今の状態なら・・・いける・・・!」
「ママを、助けられるの・・・?!」
「ええ。今までは禁忌魔術によってしろちゃんの魂と魔物と化した災害の堕落した魂が完全に融合しててどうしようもなかったけど、なぜか完全に分離されている今、酷く傷つき、壊れた魂はただ崩壊し、消滅するだけだった魂を、私の特異能力でそれを繋ぎ止め、癒し、しろちゃんの存在を確立させるの。ただ、ここまで深く傷ついていると私の全力を持ってやらないといけないの。途中で中断なんてしたら間に合わなくなっちゃう・・・!だから、成功率を上げるために、アリスちゃん。その黒鎖を、しろちゃんに巻き付けて霧散する身体を留めて・・・!」
「わ、わかった・・・!」
アリスは黒鎖を展開し、黒虎の身体中に巻き付け、ほんの少しずつ霧散していく体を押し留める。
少しずつ、少しずつ練り上げていく魔力でしろちゃんの身体が濃くなっていく。
その時、
「キィィィ・・・!!」
茂みからボロボロの暴喰蟲が姿を現した。
うそ・・・まだ死んでいない個体がいたの!?
私も、アリスちゃんも一切動けないこの状況で、暴喰蟲に襲われたりしたらまずいわ。
特に私の一部を食べられて、能力を扱えるようにでもなったりしたらとんでもないことになってしまうわ・・・。
だからといってここで中断したら、しろちゃんを助けることはできない・・・。
でも、・・・でも・・、でも、でも・・・
暴喰蟲はフィリオラたちに向けて一気に跳躍し、捕食しようとその醜い口を、顎を広げて迫ってきた。
「・・・ごめん、しろちゃん・・・。ごめん・・・ごめんなさい・・・!」
全てを天秤にかけ、諦めようとしたその時、
「諦めるな、フィリオラ!」
刹那、フィリオラの前にヨスミが姿を現し、こちらに跳躍してくる暴喰蟲へ右手をかざすと、体中を転移によってバラバラに転移させ、翳した手を下へ向けると最後に残された頭は地中奥深くへと埋められた。
「家族の愛おしさを、僕は理解しているつもりだ。」
「ヨスミ・・・!」
だが、3人の前に3体の禍鬼虎が黒い球体から姿を現した。
「うそ、でしょ・・・!?」
「最悪な展開だな・・・。だが、問題ない。僕がなんとかしてみせ・・・」
と最後まで言い切る前に、背後から風切り音のような音が聞こえ、次の瞬間、3体の禍鬼虎の首がズレ落ち、地面へと落下しながら消滅していった。
「無事か?」
背後から重く低い声が聞こえてきた。
後ろを向くと、赤いマントを羽織り、両肩に鷲を象徴とする肩甲を付けた全身を漆黒の鎧に身を包み、赤い刀身が揺らめく細長い長剣を携えた黒騎士が立っていた。
ヘルメットで素性はわからないが、目が合ったような気がした。
そしてその声に聞き覚えがあった。
「はい、おかげ様で。御助力、大変感謝申し上げます。グスタフ公爵閣下。」
「うむ。大事ないようだな。して、あの黒繭はなんなのだ?」
そう言われ、視線の先には真っ黒い繭状の物体がそこに佇んでいた。
「危険性はありませんので問題ありません。」
「・・・そうか。青年よ、よくぞここまで戦い抜いた。後は我らに任せ、お前たちはゆっくり休むとよい。」
「有難うございます・・・。」
「征くぞ、我が精鋭よ、誇り高き孤高の騎士たちよ!周囲の魔物を殲滅せよ!」
「「「「はっ!」」」」
どこからか銀聖騎士団たちが現れると、周囲に飛び散っていた。
その後、6名の騎士たちが現れると、ヨスミ達を護衛するかのように周囲に待機する。
グスタフ公爵はすでに周囲に幾人かの神官と魔術師が待機しており、彼らと共に黒い球体の再封印のために奥の広場へと向かっていった。
「ヨスミ様ぁー!」
そこにドレスアーマーを着込んだレイラ公女が駆けつけてきた。
この森の惨状の中、ここまでこれたことに賞賛を送りたいほどまでに、一生懸命ここまで来てくれたレイラ公女様に尊敬の念をいただいた。
「竜母様!私に何か出来る事はありませんか?」
「そう、なら・・・魔物の、気がこない、ように・・・周囲に浄化魔法を掛けて、もらえないかしら・・・」
「任せてください! 神よ、穢れた土地を癒す、御身の力を今ここに・・・<聖域>!」
辺り一帯を包み込む暖かな光は、周囲に漂う魔物の気を追い払うだけでなく、傷ついた身体を癒す力も秘めていた。
「フィリオラ。こっちは任せてそっちの作業に集中してくれ。」
「・・・ええ!はぁぁぁああ・・・!!」
フィリオラは更に魔力を練り上げ、集中し、練度を高め、ついには黒繭にひびが入り、繭は消滅し、中から静かに横たわる黒虎が姿を現した。
「ママぁ・・・」
アリスは横たわる黒虎に近寄り、その場に倒れ込む様に意識を失った。
フィリオラも力をかなり消耗したのか、仰向けに倒れ、肩で息をするほど疲労していた。
「おわ、ったぁ・・・はあ、はあ・・・。」
「・・・ああ、終わったな。完全に。ハッピーエンドだ。」
「ええ・・・、私も・・・やっと、やっと・・・。」
横に倒れているフィリオラの傍に座り、涙を流し、声を押し殺して泣くフィリオラの頭を優しく撫でる。
ハクアがその傍に降りると体を丸める。
「よかったね・・・、フィリオラ。」
『がんばったのー!』
「ええ・・・ええ・・・!」
ふと、顔を照らす陽に眩しさを感じ、遥か向こうを見てみると、朝日が昇り、周囲を照らしていた。
それがとても心地よくて、自然と笑みがこぼれる。
これで、今回の騒動に全ての決着がついた瞬間だった。